【第五十六話】門出(後編)
ウェントゥスが世界魚のもとへ向かってから半日ほど経った。
虹の国側は、ウェントゥスたちが帰って来る気配がないことを心配していたが、海の魔物や世界魚にも何ら動きが見られないので、ひとまず状況を注視する他ない。
そんな友軍の心情を察してか、ウェントゥスとリディアは陽が傾き始めたのを理由に、ひとまず待っている皆のもとへと戻る旨を世界魚に伝えたところ、
「私も一旦海に戻るとしよう。用がある時はルナに私の名前を呼ばせると良い。」
世界魚は快諾してくれただけでなく、今後の連絡手段も提示してくれた。
大きな案件がひと段落ついたからか、急に全員が空腹感を感じ始めた。誰かのお腹が鳴る音をきっかけに笑いが溢れる中、待ち侘びていたかのようにミオがウェントゥスたちを背中に乗せると、火の州の海岸へと駆けて行った。どうやら犯人はミオだったようだ。
その頃、火州の海岸にて。風雲たちが世界魚と海の魔物たちが海へと帰っていくのを見て、どうやらウェントゥスたちの話し合いは功を奏したのだと察した。そして、九尾の狐が軽やかに天駆けて来るのが見えると、皆して安堵の声を漏らし始めた。
翌日、ウェントゥスは彼なりに解釈を付けて、世界魚と交わした話の一部始終を報告した。
無論、その内容を聞いた全員が耳を疑ったのは言うまでもない。ただ、ウェントゥスと世界魚との話し合いの結果、戦闘が終結したことは間違いないので、皆はひとまず安心した。そんな中、アルイクシル学長は、ウェントゥスが話した初代学長の件について、もう一度何か記録が残っていないか、すぐに探してみると言ってくれた。
その日の晩、学長は何か凄いものを発見したようで、興奮した様子で自らウェントゥスたちを自宅へ招いてくれた。
話を聞くに、一家総出で書物庫をひっくり返さんとばかりに、一族に関する記録を改めて探した結果、厳重に施錠された古びた箱の中に曾曾曾祖母の手記を見つけたのだという。因みに、鍵はどこにも見当たらなかったので、アルイクシル学長が水の秘術で四苦八苦してその箱を解錠したそうだ。
話を戻すと、その手記の中には、曾曾曾祖父が特殊な力で曾曾曾祖母に宿した子が曾曾祖父である旨のことが書かれていたらしい。どうやら曾曾曾祖母は曾曾曾祖父の正体を知っていたようで、彼女はどうしても曾曾曾祖父との間に子供が欲しかったらしく、そのような方法をとったとのことだ。
アルイクシル学長は詳しくは話してくれなかったが、曾曾曾祖母はいつか子孫らがシーザー家の出自等について疑問を持ったときに、この手記を残したようだと補足した。
ウェントゥスたちはその女性(曾曾曾祖母)についても興味を持ったが、他家の者が根掘り葉掘り尋ねることでもないので、それ以上は遠慮した。
ひとまず、予想は間違ってなさそうだということがわかったウェントゥスたちは、アルイクシル学長一家に厚くお礼を言うとともに、改めて初代学長を探す旅に出たい旨を伝えた。
学長一家は、祖先が竜人族だということに俄か信じ難いながらも、もし、本当に曾曾曾祖父がまだ生きているのであれば、是非一度会ってみたいという気持ちが強かったので、近日中、ウェントゥスたちの旅の件についての打ち合わせをすることにした。
ウェントゥスと共に旅に出るメンバーとして、妻のリディアは言うまでも無く、親友である風雲と、その妻である遥も参加を申し出た。一方、へリオスとシルフィも参加したがっていたが、出産を控えているゆえに、二人とも動けずにいた。尤も、この二人が残ることからこそ、ある意味ウェントゥスたちが安心して大陸を離れることができるとも捉えられるが。
ルナはウェントゥスに呼ばれれば、瞬時に駆けつけられるので同行も何もないが、ミオが一緒に行きたそうにルナに訴えかけるので、その通訳として旅に同行することにした。
打ち合わせの会議では、七王会の全員が、唯一無二の人材たちが国を離れてしまうことに対して心寂しい気持ちを抱いたが、以前の開拓調査隊のようなものだと自分たちに言い聞かせた。
それに、ウェントゥスたちが既に多くの基盤を形成してくれていたのもあり、会議に参加した他の者たちは、いつまでもウェントゥスたちに頼ってばかりではなく、彼らが安心して旅立てるように、自分たちだけで精進していかなくてはならないと決心したようだ。
結果として、一週間後、水州(旧水の国)の開拓調査派遣機関から高速飛行艇(技術革新の賜物の一つ)を飛ばして、かつて開拓調査隊が上陸した新大陸へ向かうことが決定された。
ウェントゥスたちだけであれば、飛行艇なんかよりもヒュッケバインや麒麟などに乗った方が手っ取り早いのは言うまでもないが、これには、新大陸での開拓を再開したい政府の思惑があってのことである。
これだけ聞くと、単なる便乗のように思えるが、実際のところ、七王会はウェントゥスたちがその大陸で何らかの援助等が必要となった場合、拠点を介して迅速に対応できるようにと考えていた。そして実際に、この決定が後々、ウェントゥスたちの行動を少なからずサポートすることになる。
出発までの間、ウェントゥスたちはそれぞれの実家をはじめ、いろいろな関係者の所を訪れ、旅出の挨拶をして回った。勿論、彼は世界魚への挨拶も忘れておらず、その序で、烏滸がましいながらも、彼らが旅に出ている間、虹の大陸の守護のお願いまでした。
意外にも、世界魚はすんなりと承諾してくれただけでなく、もう海の魔物たちの襲撃を受けることはないという約束までしてくれた。
この結果にウェントゥスは驚きを隠せずにいたが、実は、それは数日前に、これまでのウェントゥスとの出来事の一部始終をルナが世界魚に言い聞かせたからだということを彼本人は知らない。
世界魚はルナの話を通して、ウェントゥスの遥かに卓越した能力と行動力、そして人柄に感心して、彼に協力することを決めていたようだ。それと、先の戦いを経て、世界魚が知っている人間族からは想像もできないほど強くなっていた彼らに何か希望を見出したのも大きい。
こうして憂いを残すことなく、ウェントゥスたち一行は予定通りに旅立つことができた。奇しくもその日の晩、シルフィが赤子を産んだ。へリオス譲りの強力な火と、シルフィ譲りの強力な風の祝福の両方を受けた元気な男の子で、エスリオスと名づけられた。
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