【第五十五話】門出(前編)

 世界魚の話を聞き終えたウェントゥスとリディアは、俄かには信じ難いその内容に戸惑っていたが、それ以上に、自分たちが学んだ太古の歴史には多くの真実が記載されていないことに落胆した。それを察してか、

「歴史とは造られるものだ。」

世界魚は優しく語りかけた。


 一方のルナは、約3000年越しに真実を知ってなんとも言えない気持ちになっていた。長い年月、同族を探していたのは自分の記憶が塗り替えられていたからなのだから無理もない。その傍ら、自分の家族が「月の世界」で無事に暮らしているのであれば、それでも良いという思いも浮かんだ。少なくとも、当時の自分は納得したのだからと。


 ここでふとウェントゥスに素朴な疑問が生じる。何故あれほどの力を注いでようやく解放できた「月影」を、自身は「十三夜」まで解放できたのかということだ。


 そのことを世界魚に尋ねると、世界魚は彼から解放の経緯を聞いた上で、

「おそらく月影はその性質上、長い年月に渡って莫大な力を溜め込み続けていたのだろう。それらは簡単には引き出せないようになっていたが、島の力脈、つまり、私の力が何らかの形で働きかけたせいで解放するきっかけが生じて、それが最初の解放に繋がったのは間違いない。」

と答えた。ただ、それ以降の解放の理由に皆は驚きながらも納得した。それは、ウェントゥスがあたかも「月影」と一心同体のようなものだからと言うのである。



 竜人族が人間族に属性の力を教えた際に、竜人族にのみ伝わる特殊な力、つまり「星々の力」も伝授しようとしたことがあったのだという。しかし、人間族にその力を使いこなすことが到底できなかったため、彼らは力を制御する「力の源」という形で体内にごく僅かに蓄えることにした。


 それに対して、ウェントゥスの力は「星々の力」そのものであり、これほど純粋なものは当時のルナにも勝るレベルだそうだ。こうした理由により、ウェントゥスは「月影」と非常に相性が良く、最初の解放は島に眠る世界魚の力を借りてだが、それ以降は「月影」がウェントゥスに開放させたか、又はウェントゥスに応答して自ら解放したものだと言った。


 最後に、世界魚はウェントゥスが自由自在に「月影」の解放をすることができることを挙げ、

「お前は生まれながら月影に選ばれし素質を持ち、そしてそれを開花させた。」

と締め括った。


 そのセリフにウェントゥスは思わず身震いする。これまでに起きた出来事を思い返せば、一度は呪った自身の生まれ持った体質も、「月影」と繋がるためのもののように思えた。彼は上手く言い表せない不思議な感情を抱きながら、両手の掌に乗せた「月影」に向けて、

「そうだったのか、月影。いや、相棒!」

と語りかけた。すると、「月影」は自ら第三段階まで解放したかと思うと、ウェントゥスの周囲を舞い始めた。どうやら賛同してくれているようだ。


 こうして、「月影」による見事な剣舞に皆が見惚れる中、ウェントゥスが頃合いを見て再び本題へと話を戻す。

「世界魚様が今回目を覚ましたのは、やはり月影が十三夜まで解放したのを察知したからであり、攻めてきたのも、何者かが月の世界への侵略を企んでいるのではないかと考えたからでしょうか。」

ウェントゥスが世界魚に尋ねると、世界魚は肯定し、

「ただ、この語らいを通して、決して私が想定していたような悪い状況ではなかったようだ。」

と答えた。そこへ、ルナが気になっていることを恐る恐る尋ねる。

「それでも秘密を明かしたからには、私たちの記憶をもう一度塗り替えるのでしょうか…?」

「いや。そこの二人ならうまく他の人間族たちに説明してくれるだろう。…それに、月詠でまたお前を苦しめたくはないからな。今まで辛い思いさせてすまなかったな、ルナ。」

世界魚は優しく彼女に語りかけた。


 その瞬間、失われていた過去の記憶がまるで走馬灯のようにルナの脳裏を駆け巡っていく。同時に、彼女が長年心の奥底に仕舞い込んでいた様々な感情も涙となって溢れ出てきた。リディアとウェントゥスがそっと彼女を抱きしめる。


 暫しの時が流れた。


「それで、月影に認められし者よ。月影が其方とともにいることを望んだのであれば、きっと何か意味があると思うのだが、何か考えはあるか?」

世界魚は頃合いを見計らって尋ねてきた。ウェントゥスは少し考えて、

「アルフレッド・シーザーという者を探しに行こうと思います。」

と答えた。リディアは練気塔の第十層の石碑でその名前を見ていたので、

「もしかして…!?」

とまで話すと、ウェントゥスは頷いて、

「世界魚様の話を聞いて、ある可能性が出てきたのでね。」

と、リディアに返すとニヤリと笑った。


 相変わらず俄には信じられない表情のリディアをよそに、ウェントゥスは引き続き、

「練気塔を建てたのも、伝説級の神器を出現させるスフィアを残したのも初代学長だ。その初代学長の出自は不明だし、世界魚様が話してくれたことを踏まえると、おそらく、その人物は竜人族なんじゃないかと思っている。」

と答えた。

「なるほど、それほどの力を持つ者に心当たりはあるな。アルファリード。最初の選ばれし者だ。それに彼は…そうか、そういうことか…。」

世界魚が話に割り込んできたかと思うと、何か一人で納得している。


「けど、本当に彼は竜人族かな?だってアルイクシル学長は…」

リディアがウェントゥスに確認するように呟く。彼女が何を疑問に思っているのかを察したウェントゥスは、

「竜人族と人間族の間に子供ができるかどうかは分からないが、その人物についての情報がもっとないか、アルイクシル学長に聞いてみようと思う。」


「何を企んでいるの?」

今度はルナが冗談まじりに尋ねてきた。

「弟子入りしたいのさ。…という冗談半分は置いといて。」

と、ウェントゥスは言いながら、ルナの方に顔を向け、

「アルファリードさんは虹の大陸に多大な恩恵を残してくれた。だから、その恩返しをしたいと考えてる。まあ、とりあえず世界の色んなところを回って、彼の軌跡を探すとともに、見聞を広めようかな。」

と続けた。


 その発言に、ルナやリディアが納得したかのように微笑む中、

「ふむ。確かに、月影も其方に世界を旅するよう願っているようだ。」

世界魚が「月影」と意思疎通ができたのか、その意思を伝えてくれた。まさか「月影」からお願いされるとは思いも寄らなかったのか、

「ああ!共に行こう、相棒!」

ウェントゥスが嬉しそうに「月影」にそう応えると、「月影」は再び宙を舞った。

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