【第五十四話】昔話

 時を遡ること、今から凡そ8000年前、当時、竜人族は「月の都」と呼ばれる「月の世界」に築いた巨大な都に住んでいたが、未知の種族から度重なる侵略を受けていた。


 長年奮戦するも次第に劣勢になっていく竜人族を見かねて、世界魚は最終手段として自身の力を全て解き放って、侵略側を殲滅した。しかし、皮肉なことに、「月の都」は世界魚によって支えられており、力を使い果たした世界魚は都を維持できなくなり、「月の都」は崩壊してしまった。


 故郷を無くした竜人族は「月の世界」に留まることなく、世界魚とともに、この世界へと堕ちてきたのだという。そして、世界各地へ堕ちた竜人族たちは己らの弱さに反省しつつ、いつか「月の世界」へ帰ることを願い、自身の力を高めていったのだと。



 数千年の時を経て、世界各地に散った同族を集めながら、存分に力を付けた竜人族は世界魚の居場所を突き止め、「月の都」の再建を願った。しかし、世界魚にはもはや竜人族を「月の世界」へ連れて行くだけの力はない。


 竜人族たちが絶望する中、世界魚は竜人族だけでも「月の世界」へ戻る方法があることを伝えた。それは、かつての世界魚と同等の力を身につけ、「月の世界」への道を開くというものである。


 当然、「月の都」を維持していた頃の世界魚の力は、一人の竜人族では到底達することはできず、当時の竜人族の中でも一際優れていた、いくつかの家系の者たちが、更に数千年の年月をかけ力を高めていき、最終的に、20名余りの選ばれし者たちが、世界魚の代わりを務めることになる。


 その選ばれし者の中には、若きルナも含まれており、彼女は竜人族の中でも奇跡と呼ばれるほどの力を持った存在であった。そのルナという名前も「月」に因んで彼女の両親が世界魚から授かったものである。



 解決しなければならない問題はまだある。それは容器であり、触媒となるものである。


 膨大な力を一点に集める関係で、その容器の容量は全盛期の世界魚の力を全て受け入れられるほどのもので、尚且つそれ相応の強度も持ち合わせていなければならない。そんな条件を満たすものはかなり限られている。


 結果的に、それら条件を満たす素材として、世界魚は鱗の中で最も強度があり、実際に力を蓄えるのに使用していた、一枚限りの「光鱗(力が蓄えられていくと光を発する鱗)」を竜人族に与えた。


 世界魚の鱗の中でも一際巨大な「光鱗」は扱いも難しく、これを触媒に錬成するには多くの研究を要するものだ。そこで、竜人族が目を付けたのが人間族である。


 人間族は寿命が短く、且つ肉体的な強さという面においては、この世界で最弱の部類に属するが、飽く無き探究心や野心は他の種族よりも高く、それ故に限られた命の中で何かを成し遂げようとする姿勢は他種族の追随を許さぬレベルである。


 竜人族は研究の協力の見返りに、人間族に力と知識を与えた。また、研究を行うにあたり、他の種族に勘づかれないために、多くの種族たちが暮らす大陸から最も離れた大陸、つまり、ウェントゥスたちが暮らす大陸へ多くの人間族を連れて渡って来たので、それが虹の大陸における人間族の始まりである。因みに、次元指輪や転移門の技術は竜人族たちの協力のもとに見出した技術だという。



 それから百余年、今から凡そ3000年前。竜人族は人間族の力を借りて、ついに触媒を完成させた。それが「月影」である。


 条件はこれで全て整ったが、一つ残酷な現実が待ち受けていた。それは、「月の世界」への道を開く者たちは、最終的にそれを閉じる役があるため、同族たちと一緒に帰れないということである。


 選ばれし者たちも薄々それに勘づいていおり、皆心を決めていたのか、家族と最後とも言うべき別れを惜しんだ後で、「月の世界」への道を開くための儀式を執り行うことにした。



 選ばれし者たちは世界魚の指示に従って、今の虹の大陸の中心に位置する平原(現在の七星学院が位置する場所)に巨大な魔法陣を描くと、その中心に「月影」を突き刺した。


 彼らが手順に従って魔法陣に力の源を注ぎ込み始めると、それらは中心に位置する「月影」へと集結していき、その力を解放させた。世界魚の呼び方によれば、最初の状態は「新月」、一段階解放した状態を「三日月」、二段階解放した状態を「上弦の月」、三段階解放した状態を「十三夜」、そして最終解放状態を「満月」と呼ぶのだそうだ。


 やがて、「満月」状態まで力を解放した「月影」は、魔法陣を埋め尽くす大きさの蒼白い光柱を出現させた。それが「月の世界」へと続く道である。


 竜人族たちは、その神秘的な光柱に見惚れつつも、必ず都を再建すると誓いながら、光柱の中へと入っていった。一方、選ばれし者たち以外の全員光柱の中へ消えた後、彼らは再び世界魚の指示に従って道を閉じた。これが大勢の竜人族が姿を消したことの真相である。


 話を聞いていたウェントゥスとリディアは、「月の世界」などという遠くかけ離れた世界は現実味がなく、疑問が湧く湧かない以前の問題だったが、比較的身近な出来事について多くの疑問が湧いた。


 例えば、何故ルナはそのことを覚えていないのか、何故人間族はこれらのことに関する記録を一切残していないのか、である。


 実際口に出して伺ってみると、世界魚は続きを話してくれた。


 大勢の竜人族が「月の世界」へ帰ったものの、世界魚には懸念があった。それは、「月の世界」へ通ずる道を開く「鍵」がこの世界に残されたままということである。

いつの日か、この世界の種族たちが秘密を知り、「月の世界」へ侵攻する可能性がないとは言い切れない。最も手っ取り早い方法は、「鍵」と儀式を見た者たちを全て消すことだが、そんな鬼畜的所業はできるはずもない。


 悩んだ末、世界魚は「月詠」と呼ばれる幻術を応用して、選ばれし者たちと人間族の記憶を塗り替えることにした。それにより、選ばれし者たちは自分自身が「鍵」の一部であることを忘れさせられ、適度に世界各地へ分散させられた。幸か不幸か、力の源を使い果たした彼らは、自分がまだ修行の身として世界各地で鍛錬していると思い込んだ。


 一方の人間族は、儀式を行なった地を神聖な地として畏れさせる記憶を植え付けられた。好都合なことに、「月の世界」への道を開いた強大な力は、魔法陣が掛かった箇所に収まらず、今の央の国がある島の大きさまで浸透したせいで、広大な土地が「傷付かぬ地」と化したため、より一層人々の畏れに現実味を持たせた。因みに、古文書によれば、央の国を囲う湖は、神聖な地へ容易に踏み込まないように、太古の人々が作ったものらしい。


 その後、世界魚は念には念を入れ、虹の大陸を囲う海域に輪廻する海の魔物たちを生み出し、他大陸と虹の大陸との往来を容易にできないようにした。これが所謂デッドゾーンの誕生である。


 そして最後、世界魚は自分の存在も秘密を解く鍵になると考え、自身の力の殆どをとある孤島、つまり、ルナがいた島に封じ込めると、永い眠りに就いたのだという。これが島に眠る強大な力脈の正体である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る