【第五十八話】命運(中)
*
彼女(守り人)はダアナという名前で、もともと
本来の同化術は、霊獣や魔獣と契りを結び、一心同体になるのを可能にする術であり、必要な手順を踏んで初めて、彼女のような正しい姿、つまり、人型と獣型を自由に行き来できるのだという。因みに、先ほどの独特な容姿のキメラは元々通常のキメラであったが、同化術によって彼女と共存してきた結果、キングキメラというランクにまで進化した姿だそうだ。
十数年前。
それ自体に問題はなかったが、すぐにでも玄血族を強化したいという思惑があった帝は、その同化術の最も重要且つ時間を要する「霊獣や魔獣に認めてもらう」という過程を飛ばすように、彼女に改変を命じたことが一連の大惨事の源となったとダアナは考えている。
勿論、ダアナはその過程の重要さを説いたが、帝は聞く耳持たず、逆に彼女を解任し、別の人物をその改変に当てがわせたという。
改変の結果、同化術は霊獣や魔獣の意思に関係無く乗っ取ることで、同化させることを可能にしたが、代わりに大きな代償を払うことになったという。
無理矢理乗っ取り、同化しようとすることで、短期間に膨大な力を消費する必要があり、当然、一般的な玄血族はそのような力を持っているはずもなく、彼らは強引に力を取り込み続けたことによって、自身の肉体と精神の破壊を招いた。
体の破壊は殆どの場合、死という結末を迎えることになり、実際に試験段階で、多くの玄血族が同化半ばで命を落としたとのことだ。
結局、最終的には帝が己の力の一部を分け与えることで力を制御し、そのおかげで、大半を占める並の者たちも同化を成功させることができたらしい。尤も、その場合でも精神をやられた者たちは少なくなかったという。
彼女を除く四天王の3人と、改変を行なった術者はもともと強力だったこともあり、帝の力によって様々な種類の霊獣と魔獣を掛け合わせることに成功したそうだ。
ただ、術を改変した本人はそれだけでは飽き足らず、もっと多くの、もっと強力な霊獣や魔獣を取り込み、究極個体となることを企んでいたようで、彼女に協力を求めてきたという。
しかし、霊獣や魔獣との繋がりを大事にしていた彼女からすれば、同化術を無断で改悪しただけでも言語道断であり、協力なんていうのは論外である。一方、当然とも言うべきか、その者はそれで引き下がるような輩なはずもなく、帝に何を吹聴したのか、結果として、彼女は帝より四天王の座を剥奪され、代わりにかの者がその座に就いたという。
それからというものの、帝は勅命の名の下に、彼女のこれまでの研究資料を全て彼女から奪い上げていったそうで、ついには命の危険を感じた彼女は、彼女に賛同する者たちを連れてこの地へ逃げて来たのだという。
やがて、玄血族が大軍を作り上げ、新天地を求めて人間族を攻めたものの、圧倒的に強い一人の人間族と1匹の飛竜によって壊滅まで追い込まれたという話を敗走兵から聞いたと、彼女は話を締めくくった。
*
ウェントゥスたちは、彼女が苦難の道を歩んできたことに同情せずにはいられなかった。
「貴女をこの状況に追い込んだ輩は苦しんだ挙句、私にトドメ刺されましたよ。悲惨な最期でした。」
まずウェントゥスがダアナに慰めの言葉をかけると、
「帝亡き今、貴女のような存在がいて本当に良かったと思うわ。残された者たちの希望になっているのだから。」
そこにルナが続き、他の皆もそれに賛同する。
ダアナは少し吹っ切れたような表情を浮かべた。
「帝は…どのように亡くなったのですか?」
「跡形もなく消し去られました。」
ウェントゥスのあまりにもあっさりとした回答にダアナは少し面食らったような反応をしたが、
「儚いもの…ですね。」
とだけ呟いた。
それは帝に対してのみではなく、同化術で玄血族が驕れたのも束の間、儚く滅んでゆく様に対しての、彼女の思いの表れなのだろう。暫し大きな雨音だけが鳴り響いた。
やがて、気持ちの整理がついたのか、
「あ、いけません。そろそろ部屋に案内しますね。その…明日改めてお話がございますので、どうぞよろしくお願い致します。」
ダアナはそう言うと、ウェントゥスたちを寝室のあるところへと案内した。
彼女一人が住むにしてはあまりにも多すぎる寝室の数にウェントゥスたちが不思議に思っていると、ダアナは微笑みながら、
「ここは私の家ではございません。ここは集会所であり、且つ新たに迎え入れた者たちのツリーハウスが完成するまでの間、泊まって頂いている場所です。」
と説明した。そして、
「私は、先ほど皆さんがいた広間で狐様と朝まで一緒にいますので、何かございましたら、遠慮なく声をおかけてください。」
と言い終えると、ミオのいる広間へと戻っていった。
ウェントゥスとリディア、風雲と遥でそれぞれ部屋を使うことにしたが、ルナは守り人のことが気になるのと、(大きすぎて部屋に入って来られない)ミオをダアナと二人きりにするのも何だかと思って、広間へ戻ることにした。
広間へ戻ってくるルナにダアナはどうされたのかと尋ねたところ、
「ミオがここにいるし。それに、私はまだ貴女を信用したわけではないですから、ね。」
ルナが意味深に答える。ダアナは一瞬吃驚した表情を浮かべるも、すぐに半分冗談だと理解して優しく笑みを浮かべた。ルナも微笑み返す。
「私の勘が間違っていなければ、ルナさんは人間族ではないですよね。」
ダアナはずっと気になっていたのか、そのことをルナに尋ねた。
「ええ。私が敗走兵たちの話に出てきた飛竜よ。」
思わずダアナが目を大きく見開き、
「飛竜が人の姿…。っもしかして貴女は!?」
と、驚きを隠せない様子で問いかけると、ルナは黙って頷いた。
「驚きです!この目で竜人族を見ることができるとは…!けど…」
ダアナはそこまで言うと、何かを考え込むように黙ってしまった。
「何故人間族に手を貸しているのか、不思議なんでしょ。」
ダアナはルナに考えを読まれたことに驚きつつも頷いた。
「彼に心から服したからよ。」
ルナは簡潔に答えた。
伝承で聞いた通りであれば、竜人族ともあろう存在が他種族に心服するなどということは到底信じられないが、ダアナは食い下がることもなく、
「そうだったのですね。実は、私もウェントゥス様から不思議な力を感じ取りました。今夜出会ったばかりなのに、皆さんを集落へ招き入れようと考えたのは、彼の持つ不思議な力に惹かれたからかもしれません。」
と返した。どこか自分に似ているところをダアナから感じ取ったのか、ルナが再び優しく笑みを浮かべる。
二人して不思議な雰囲気に浸っている中、それを囲っていたミオが眠そうに鳴き声をあげた。
「言い忘れたけど、この子は、例の貴方を貶め、苦しめた者の遺した力から生まれたのよ。」
ルナはそう言ってミオの頭を優しく撫でながら、ウェントゥスが例の四天王を倒すとこからミオが成長したとこまでの話をダアナに聞かせた。
ダアナは改めてウェントゥスの凄さに感服しながら、
「犠牲になった霊獣や魔獣たちがこのような形で生まれ変わったのでしょう。この狐様が初めからウェントゥス様に懐いたのは、きっと解放された霊獣や魔獣たちの力と一緒に、その心がこの子の中に宿ったからなのかもしれませんね。」
と語った。
変わった考え方だとルナは思ったが、彼女の言う霊獣や魔獣と一心同体になることに何か通じるものがあるのだろうと考え、何となく納得した。
気が付くと外の雨も止んでおり、再び夜の生き物たちによる心地よい歌声がしている。ミオが気持ちよさそうに寝息を立てているのを見たルナは、
「ところで、明日お話があるって言っていたけど、何かしら。」
と、静かな声でダアナに尋ねた。
「私たちの処断についてです。」
どうやら彼女の中ではまだきちんと許否を得ていないという認識のようだ。
ルナは、ウェントゥスたちが厳しい処断を下すとは思えなかったが、竜人族の自分が代弁して良いものでもないので、
「そっか。」
とだけ返した。
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