【第五十一話】世界魚(上)

 「十年之約」が果たされてから程なくして、ウェントゥスとリディアは結婚した。それは、へリオスとシルフィ、風雲と遥の結婚以上に、虹の国で盛大に祝賀されたものとなった。尤も、主役の二人はそんな大々的に行うつもりも盛大に祝ってもらう意図もなかったが。というのも、二人とも再び多忙な毎日を過ごすことになっていたからである。



 ここ数年、「三人衆」の指導のおかげもあってか、多くの若き芽がついに花を咲かせるまでに至り、練気塔の第七〜第九層へはかつてないほど、多くの者が到達できるようになっていた。


 こうした人材の中から虹の国軍(旧連合軍)に参加する者も少なからず出て来たことから、国の上層部も軍の質を更に高めるために、ウェントゥスとリディアに三顧の礼にも劣らぬ対応を以て、全軍の指導顧問に就いてもらった。楽来から継がれた一部の特殊部隊を風雲が担当していたこともあり、再び「三人衆」が集結する形となった。


 風雲とリディアは主に戦闘実技を担当し、ウェントゥスは戦闘そのものには携わることなく、というより、彼の強さの次元が違いすぎて参考にならないためだが、これまでの数々の出来事で見せたカリスマ性と異才を活かして、主にメンターや戦術方面を担当した。


 「三人衆」効果は抜群で、軍の中には学生・訓練生時代に彼らから教えを受けた者が少なからずおり、その者たちは言うまでもなく、指導を受けたことがない者たちも彼ら3人を尊敬していたため、その技能と士気は凄まじいものとなっていた。


 また、島で定期的に開催した召喚獣契約を経て、虹の国は多くの強力な召喚獣を獲得し、「十年之約」で使用した広大な空間での召喚獣を交えた訓練を通して、彼らとの信頼や戦術が構築されたことで、かつて玄血族との戦った頃とは見違えるほどまでに、虹の大陸の軍事力は増強した。


 一方、ウェントゥス自身は引き続き島で鍛錬していた成果もあって、つい最近、「月影」の力を第三段階解放するまでに至った。


 第三段階解放された「月影」は、ウェントゥスが直接触れなくとも、その力を解放させることができ、直接操らなくとも、剣自ら所有者を守るように振る舞い、敵意のある対象を攻撃する能力「剣意」を開花させた。



 ルナは「十年之約」の後、ウェントゥスとリディアが夫婦になったことに気を遣ってか、彼女は生活拠点を再び島へ移し、九尾の狐とともに暮らしていたが、定期的に虹の大陸や島の近海や遠洋一帯の偵察してくれていた。


 そんなある日、彼女から知らせが届いた。その内容は、もともと遠洋のデッドゾーンに出没していた海の魔物たちが、虹の大陸近海にまで接近しているとのことである。


 海の魔物たちはこれまでに幾度となく開拓調査隊を襲撃し、大陸外への進出を困難にしている元凶である。ウェントゥスによって一部海域の魔物たちが壊滅させられた過去があるものの、最終的に彼らは再びどこからともなく集結し、そして弱肉強食の掟に従って、改めて社会を形成していった。因みに、彼らは光族や闇族のどちらにも属さない種族だとルナは教えてくれた。また、海の魔物と呼ばれるものの、一部の大陸沿岸部でも彼らを見かけることがあるとも教えてくれた。


 つまり、ルナの知らせは、海の魔物たちが近々虹の大陸へ押し寄せる可能性があることを示唆するものである。もしそうなれば、以前侵略してきた玄血族とは比べ物にならない規模の大軍と戦いを交えることになるだろう。ウェントゥスはすぐさま虹の国政府にこのことを伝えた。


 事態は思っていたのよりも深刻だった。何でも最近、虹の国各州(旧各国)の漁師が海へ出たまま行方不明になっているとの報告が数多く上がってきているとのことらしい。


 もともと、海は魔物たち抜きで考えても危険であり、昔は漁に出たまま帰らぬ人となったこともしばしばあったが、近年の技術革新等により、めっきりそのようなことは減っていた。それが再び急に頻度が高くなっているのは、どう考えても異常だろう。


 ウェントゥスからの報告も踏まえると、これは只事ではないということで、すぐさま七王会が緊急対策本部を立ち上げ、その対処についての話し合いが行われた。



 状況を顧みるに、漁師失踪事件は各州で見られていることから、おそらく海の魔物たちは、虹の大陸近海全域にまで接近している可能性が高い。よって、虹の国の軍を大陸の海岸線全域に展開して、警戒にあたる指令が下された。


 また、既に被害が大きい地域では、州軍(旧各国の上級精鋭部隊を主とした軍)が警戒体制を敷いているため、彼らと連携を取って、万が一の事態に当たることも盛り込まれた。勿論、軍の特別指導を行っていた「三人衆」にも依頼が届いた。ただ、その内容は軍とは別働で海の魔物たちが接近してきた原因を探ってほしいというものである。尤も、そんなことは言われるまでもなく、ウェントゥスは既にルナや九尾の狐に調査をお願いしていた。



 ルナの実力は言わずもがな、九尾の狐もずっと強くなり続けており、今ではウェントゥスの全力(月影含まず)に勝るとも劣らないほどまでに力を付けている。ウェントゥスはそんな彼女の力を買って、ルナと共に重要な役にあたらせていた。


 少し余談になるが。九尾の狐はウェントゥスの築いた環境のおかげで、ここまで急成長できたと言っても過言ではなく、言い換えれば、幼少期からずっとウェントゥスによって育てられてきたようなもので、彼と九尾の狐の関係はまるで実の親子のようなものになっていた。勿論、リディアと九尾の狐の関係もそれに劣らない。


 そんなこともあって、ウェントゥスとリディアは九尾の狐との付き合いの中で、彼女にきちんとした名前を付けようと考え、二人で相談した結果、彼女の9本の立派な尻尾を褒め称える意味と、無数の可能性を秘めているという意味の両方を含ませて、「ミオ」と名付けて呼ぶことにした。ミオは、その名前を大層気に入っているのか、二人がその名前で呼んであげると、つぶらな瞳を一層輝かせて反応してくれていた。



 話を戻して。ルナとミオが大陸近くの海域を念入りに偵察した結果、火の州(旧火の国)の近海から遠洋にかけて特に多くの魔物たちが集結していることを発見した。このことはすぐにウェントゥスを介して緊急対策本部へ報告された。


 火の州の北に位置する海には、もとから特に厄介な海の魔物たちが棲んでいるということで、かつての開拓調査隊もそこを避けざるを得なかった過去がある。そういう事情もあって、現在、その海域に棲む魔物たちの実力は殆ど不明であり、七星部隊(七星学院卒業者を中心に編成された精鋭部隊)が追加で火の州の海岸線へと派遣されることが決定された。


 一方、ウェントゥスや開拓調査隊を経験した面々たちには違和感があった。これまで、海域の支配を巡って互いに武力行使も厭わない海の魔物たちが、今は虹の大陸を包囲するほど、互いに連携を取っているということが、俄かに信じられないのである。

「何か圧倒的な力を持つ存在が、彼らを統率しているのかもしれません。」

ウェントゥスはそう言って報告を締めくくった。


 彼は、かつてデッドゾーンで戦った4匹の龍のことを思い出していた。あの龍たちは当初霊獣の類だと思っていたが、倒した後には魂晶石ではなく宝玉と化していたことから、違うことがわかった。


 目下、海の魔物たちに勝る存在として龍以外は確認できていないが、この大海原には龍たちを遥かに凌ぎ、海の魔物たちを一手に統率できる存在がいてもおかしくはない。

「海に潜む者たちについては不明な点がまだ多くあり、彼らを統率できる存在がいてもおかしくはありません。」

ウェントゥスと同じことを考えていたのか、リディアが付け加えた。


 皆の脳内に自ずと玄血族との戦いがフラッシュバックする。ただ、その頃と比べると、軍事力はかなり底上げされており、模擬戦等による集団戦の経験も増えているため、同じ轍を踏む心配はなさそうではある。


「今回の交戦範囲は大陸中の海岸線に及ぶため、一定間隔で転移門群を設置して、連携と援護を容易にしたほうがよろしいかと思います。」

そう発言したのは風雲だ。


 玄血族との戦いの時に最前線で戦っていた彼は、互いの連携が戦況に大きく影響することを痛感していた。


 実際に、当時ウェントゥスの分身たちが戦線を押し返せたのは、個々の強さも然ることながら、分身ゆえに、一人一人のスタンドプレイが自然と連携を織り成して、敵の攻勢をほぼほぼ封じ込んだ影響も大きかったからだ。勿論、そのレベルに達するのは不可能に近いが、それを目指さない理由はない。


 幸い、国同士が手を取り合って以来、人材交流の活発化によって起こった技術革新により、以前は貴重だった転移門も、今ではかなり簡単に量産できるようになっていたため、その場で全会一致で賛同があり、すぐさま手筈が行われた。


 その後、色々と細かい事項についても意見が交わされたが、会議そのものは短時間でお開きとなった。

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