【第五十話】十年之約(下)

 暫しの手合いの後、ルナは一気にウェントゥスと距離を取った。そして、刀のオーラを更に強めながら一旦鞘に収めたが、刹那、刀自ら鞘から飛び出したの如く抜刀したのと同時に、結界の天井へ向けて強烈ながらも鋭い斬撃波を放った。


 ウェントゥスがハッとした時には、割れんばかりの亀裂が結界の天井に入っていた。どうやら彼女は結界のカラクリに気付いたようだ。


 二人を囲っている結界は、一見ルナの行動を制限するためのもののように見えるが、実は分身たちの力をウェントゥスに伝搬させることが主な役割である。彼は、前座でルナに彼の強さに対する感覚を狂わせた上で、本物の彼が本気で戦うことで、彼女に結界の秘密を気付かれないように仕向けた。だが、流石ウェントゥスのことを良く知るルナなだけあって、結界の秘密だけでなく、同時にその弱点も見破ってしまった。


(こうなったら仕方ない。結界が壊される前にアレを発動させるか!)

ウェントゥスはそう心の中で囁きながら印を結んだ。それと同時に、分身8体が一斉に光と化したかと思うと、結界内の地面に注ぎ込まれ、巨大な魔法陣が描かれる。それは、開拓調査隊で一緒になったメンバーたちには見覚えがある模様である。


 ルナが魔法陣に気を取られたほんの僅かな隙に再びウェントゥスの姿が見えなくなったかと思うと、次の瞬間には光を発した魔法陣から光柱が勢いよく出現し、彼女を飲み込んだ。昔、海の魔物の頭領たちを消し去った技を応用したものだった。



 「スピリット・アイズ」と「シャドウステップ」を持ち合わせているとはいえ、結界内という制限された空間を埋め尽くす攻撃であれば、避けようがない。これは10年前、彼がルナを結界に閉じ込めた時のことからヒントを得て練られた作戦である。


 本来はもう少し分身の力を消耗させて、威力を弱めてから発動しようとしたが、ルナが放った予想を超える威力の斬撃波を前に、そんな悠長なことも言っていられなかった。そのせいもあって、十分な威力の光柱は、ひびが入って弱っていた結界の天井を突き破り、満天の星空を穿つように伸びていき、夜空を照らした。



 光柱が消えた後。蒼白い光の粒子に囲まれて、地面に刀を突き刺し、膝をついているルナの姿がそこにあった。


 彼女の体は紫白色のオーラに纏われていたが、息を乱しているところからして、かなり堪えたように見える。結界維持とウェントゥス本人への力の伝搬で、各々の分身は消耗していたものの、それでも合わせればウェントゥス6人分近くの力に相当するので、その威力の攻撃を受けたのだから無理もない。


 そんな中、蒼白いオーラを纏ったウェントゥスが上空から降りてきて、光の大剣をルナに突きつけた。


 ルナはデジャブを感じた。10年前の結晶窟で、ウェントゥスに「月影」を向けられた時のことである。彼女は俯きつつ、

「こんな手段を使って、私を心服させることができるとでも思っているの?」

と、やや怒りの籠もったような声で応えた。ウェントゥスが事前に準備した分身を使用するという、ある意味反則とも言える手段をとったのだから、彼女が怒るのも至極真っ当である。


 流石にちょっとやりすぎたのかもしれないと思ったのか、ウェントゥスは光の大剣を降ろしながら、

「仕切り直し…するかい?」

と、申し訳なさそうな口調で尋ねるが、途端にルナから笑い声が漏れ出す。そして、やや遅れて顔を上げた彼女の顔は当時と同じ笑みを浮かべていた。

「感服しました。」

ルナにしては珍しく可愛げな口調である。


 実は、8体の分身と結界が出現した時点で、ルナは、ウェントゥスが「月影」を使用せずに、当時に近いことを再現するつもりでいるのだと推察していた。そして、先ほどのシチュエーションで確信したのである。


 そもそも、最大威力の光線に勝るとも劣らぬ威力の斬撃波を以てしても、「月影」なしのウェントゥスの結界を(一撃で)破ることができなかった時点で、彼女は負けを認めていた。そして、ウェントゥスの光柱攻撃を受けて、力を著しく消耗したものの無傷だったのは、彼女が粗方展開を予想していたからである。つまり、先程のルナのやや怒ったような声は演技で、ウェントゥスは一杯食わされたというわけだ。ただでは負けないところが彼女らしいといえばらしい。


 ルナの笑顔と口調から全てを察したウェントゥスは、すぐさま光の大剣を消失させると、代わりに手を差し伸べた。同時に、ルナも刀を送還して、代わりに彼の差し出した手を握る。

「最後の一撃、私じゃなきゃ死んでいたわね。」

「本当に、申し訳ない…。」

「褒めてるのよ。」

ウェントゥスは、ばつが悪そうな顔に嬉しそうな表情を浮かべながら、ルナを引っ張って立たせた。


 束の間の静寂の後、観客全員が一斉に大きな歓声を上げた。そんな中、待ち焦がれていたかの如く、九尾の狐が駆けつけて来たと思うと、9本の尻尾で二人を自分の背中に乗せた。

「キュアアアアン、アアアアン!」

と、九尾の狐は鳴くと、

「この子、本当に私たちが殺し合うんじゃないかって心配していたみたいね。」

「前半の戦いは、本当にそう思われても仕方ないよ…」

ルナの発言に、ウェントゥスは敢えて容赦無く分身や「自分」を瞬殺したことを指して言ったが、ルナは、開始して間も無く、ウェントゥス本人の気配が消えていることに気が付いて、余興に付き合ってあげたのだと答えた。


「兎に角、これ以上この子に心配させないためにも、ここら辺でお開きにしよっか。」

ルナはそう言うと、優しく九尾の狐を撫でた。ウェントゥスも九尾の狐の心配そうに

二人を見つめるつぶらな瞳を見て、

「心配してくれてありがとうね。」

と言って、ルナと一緒に彼女を撫でた。


 そこへ、盛り沢山の食事が入っていると思われる大きなバスケットを携えたリディアたちが現れた。

『二人ともお疲れ様。』

皆口を揃えて声かける。勿論、お腹がやや大きくなったシルフィもいたため、ウェントゥスは、

「おいおい。お腹の赤ちゃんに悪影響が出ないといいけど…」

と、心配したが、

「この子もウェンと同じくらい逞しい子になれるよう、影響を受けれたらいいわね。」

シルフィはお腹をさすりながら返した。ウェントゥスは眉を八の字にして笑いながら、

「やっぱり、シルフィ姉さんには敵わないな…」

と言うと、皆で笑った。



 一行は、山頂付近で星空を眺めながら食事を楽しむことした。そして、ちょうど食べ終わる頃、10年ぶりに流星群が姿を見せた。


 その光景に皆して感動している中、

「10年前の再戦の約束は果たされたし、無事、宣言通りに君を心服させることができたかな?」

「貴方が雷光の如く駆けつけてくれた時に、既にそうなっていたけどね。」

島で例の玄血族と戦った時のことを指しているのだろう。ということは、あの時ルナが本名を教えてくれたのは、ある意味約束通りだったのだと理解したウェントゥスは優しく笑った。

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