【第四十八話】十年之約(上)

 それから約2年が過ぎ、ルナとの約束の日まで残りわずかとなった。


 この間、実に目まぐるしく日々が過ぎていった。というのも、多くの出来事があったからである。


 ウェントゥスが作り出した力脈抽出空間で鍛錬したおかげもあって、シルフィやリディア、風雲が練気塔を完全制覇したことや、それらによって神器の儀が行われたことなどもあったが、一番大きな出来事は、虹の国が建国されたことである。


 人々の交流が盛んになったことに加え、ウェントゥスの計らいで定期的に開催される召喚獣契約の催しという実戦に近い合同訓練を通して、連合軍同士の仲間意識が深まり、七王会での度重なる話し合いの結果、そろそろ頃合いということで、ついに一つの連合国として再出発することになったのである。


 その賜物の一つと言うべきか、へリオスは王家を気にする必要がなくなり、以前からお互い気になっていたシルフィと意気投合して結婚し、少し前にシルフィのお腹に新たな命が宿っていた。因みに、二人の関係を取り持ったのは、他ならないウェントゥス本人である。また、へリオスのそれと近いもので、遥と風雲も夫婦となった。


 一方、ウェントゥス自身はというと、リディアとは同棲しているものの、ルナとの再戦の約束もあり、結婚まで至っていなかった。尤も、リディアもウェントゥスを急かすことなく、彼の気持ちが整うまでそれでいいと考えていた。少し話は逸れるが、ウェントゥスとルナのパートナーのような関係はリディア公認である。


 そんなルナは、光族と闇族の動向を調べると言って、約束の日の1年前にウェントゥスの元を離れていた。対戦前に互いに一定の距離を保つための彼女なりの気遣いもあるのだろうとウェントゥスは考えていた。だからその間、彼も敢えて識界でルナに語りかけるようなことはしなかった。


 彼女は発つ前にウェントゥスに一つ条件を提示していた。それは、此度の対戦でウェントゥスが彼女に負けた場合、召喚の契りを解除するというものである。その代わり、ウェントゥスが彼女に勝った場合は、何か一つ願いを聞き入れるという内容だ。


 ウェントゥスはそれを承諾した上で、ルナが既に約束をさしおいて召喚の契りを結んでくれたことから、勝った後で彼女に何かを求めるつもりはないと伝えた。端から勝つ前提で話すウェントゥスに、何故かルナは嬉しそうな表情を浮かべていたものである。


 ウェントゥスと関連があるもう一つの出来事として、九尾の仔狐が、ウェントゥスの形成した力脈抽出空間にずっと篭っていたおかげで、破竹の勢いで成長し、今では立派な九尾の若狐となっていたことだ。


 大きさは当初より二回り大きくなり、顔立ちも美しく凛としたものになっていたが、相変わらずのつぶらな瞳は多くの人たちを魅了した。そして、見た目で一番大きな変化は、いつの間にか背中に陰陽を模した円盤様のものが浮いていたことである。尤も、現時点では、それを出現させたり仕舞い込んだりすることができる以外、その意味や用途はわかっていない。



 いよいよ約束の前日になると、朝から多くの人々が準備のために虹の国から島へ駆けつけて来ていた。合同訓練に使用している敷地を改修して対戦場として使用する予定なのだが、かなり大掛かりなものにするためか、準備は日が暮れてもまだ続いている。


 その頃、ウェントゥスはまだ篭って鍛錬しているのかと思いきや、旧結晶窟の入り口で夜風に当たりながら、

「皆がしてくれた準備はもう整いそうだ。自分はどうだ?」

と、まだ準備をしていると思われる対戦場の方の灯りを眺めつつ自問していた。


 一年前、ルナが着々と強くなっていくのをウェントゥスは感じていた。一方、彼自身は「月影」に頼らない戦いを誓っていたため、ここ2年の鍛錬では一切「月影」を用いず、まだ練気塔を突破していた頃のように、己の力だけで行ってきた。


 幸い、その弛まぬ努力の末に、一つ大きな収穫を得ていた。それは、ルナと同様に「スピリット・アイズ」を開眼したことである。これまでの戦いを通して、絶えず挑戦と成長をし続けてきたウェントゥスだからこそ、自力で開眼できたのかもしれない。


 「スピリット・アイズ」の開眼は、ルナが旅立った後のことなので、勿論彼女はそれを知らない。このことは戦法の一つとして利用できそうだが、油断はできない。一つに、「月影」の力がなければ、たとえ「スピリット・アイズ」使用したとしても、ルナほど長時間を維持することができないことが挙げられる。「シャドウステップ」と合わせて用いることを考えると、使うタイミングを見極めなければ、すぐに力が底を突いてしまうだろう。


 もう一つは、ルナがこの1年で何か新しい技や戦法を編み出していないとも限らず、彼女の強さが未知数だということである。相手を知り、己を知れば、百戦危うからずと謂われるものの、相手がルナで、そんな彼女を心服させるような戦いとなれば、その限りではない。



 気が付くと、対戦場や拠点の方の灯りは消えており、夜風も少し肌寒い。

「皆がしてくれた準備は整った。自分の準備も整った。ルナ、君はどうだい?」

彼は満点の星空に語りかけるようにそう言い終えると、洞窟の奥へと戻るや否や瞬く間に寝入ってしまった。九尾の狐は、ウェントゥスが地べたに寝るものだから、気を遣って数本の尾で包んであげた。



 翌朝、昨晩遅く寝たのにも関わらず、力脈のおかげで、ウェントゥスはすっきりと目覚めることができた。そして、ふもふした白い塊の中から顔を出したところ、ちょうど目の前に九尾の狐の顔があり、そのつぶらな瞳と目が合う。どうやらずっと起きるのを待ってくれていたようだ。

「おう、おはよう!気遣ってくれてありがとな!」

「キュアアアンッ、アアアアン」

九尾の狐は嬉しそうに鳴きながら、器用に尻尾を使って彼を起こす。



 そんな中、

「そんなに仲良いと嫉妬しちゃうわね。」

リディアが揶揄いながら現れた。両手には二人分の朝食が入っていると思われる大きなバスケットと、九尾の狐の大好物であるリディア特製の大きなオープストブロート(果物が入ったパン)が入った紙袋がある。


 その美味しそうな匂いに九尾の狐はすぐさま彼女へと寄り添いながら、念動力でそれら荷物を持ってあげた。一方のウェントゥスは、満面の笑顔で挨拶とお礼を言いながら、食事の準備に取りかかった。


 朝食後の雑談。

「見込み何割?」

「うーん、正直に言うとわからない。」

「まあ、この食欲を見るに大丈夫そうだよねー。」

二人の会話が九尾の狐に振られ、は賛同するかのように鳴き声をあげる。それに対し、

「腹が減ってはなんとやらだ。それに、リディアの手料理ならいくらでも食べれるよ、ねー。」

今度はウェントゥスがリディアを真似て話を振る。勿論、先ほどと同様の反応が九尾の狐から返ってくる。


 初めて島へやってきた夜も実感したが、リディアの料理の腕前はプロ顔負けのものである。互いに多忙ながらも、彼女はよくこうしてウェントゥスのために手料理を拵えてくれており、彼はそんなリディアの心遣いにいつも心の底から感謝していた。因みに、逆もまた然りなので、お互い様である。


「またそんなこと言って…。フフッ、全然問題なさそうね。」

そう話すリディアの顔が少し赤い。


 いつもはきはきしている彼女だが、ウェントゥスにこうした表情を見せることも多くなっていた。その様子を、九尾の狐は嬉しそうに眺めている。微笑ましい一家の朝の情景である。



 朝食のひとときの後、ウェントゥスは九尾の狐に乗ると、どちらが先に拠点に辿り着くか、麒麟に乗っているリディアと競争をすることを提案した。


 リディアが数ヶ月前に島で召喚獣契約した麒麟は、雷と風の力を司る超位三段級を超える霊獣であり、ウェントゥスのヒュッケバインにも劣らない速さで大地だけなく、空をも駆けることができる。


 一方、九尾の狐は不思議な力で短距離を瞬間移動できるようになっており、面白い勝負になりそうだということで、リディアは承諾した。



 リディアの声による開始の合図とともに、麒麟は雷光の如く拠点へと駆けて行った。一方、九尾の狐の方は飛びかかる構えをすると、短距離の瞬間移動で拠点へと向かっていった。


 拠点の方は、朝早くから、お祭りかのように多くの屋台が既に営業を始めており、人々で賑わっていた。そんな中、尋常ならぬ勢いで近づいてくる2つの強大な気配に、皆は度肝を抜かれる思いだったが、九尾の狐と麒麟の競走だと知ると歓声をあげた。



 結果は、僅差でウェントゥスと九尾の狐のペアが勝った。

「九尾ちゃん、また速くなったね!」

リディアが九尾の狐の頭をもふもふしながら語りかけると、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべながら甘えてくる。手加減してくれたのを知っていたからである。


 その様子を微笑ましく眺めていたウェントゥスがふと空を見上げた。

「さーて、あとは彼女を待つだけだな。」

そう話す彼の横顔から、かつて幾度も感じたような自信をリディアは感じ取った。


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