第三章

【第四十七話】白面九尾

 各国が共同体として歩み始めてから3年以上が経過した。


 各地を飛び回っていた「三人衆」もようやく落ち着きを取り戻し始め、ウェントゥスはその間まとまった鍛錬の時間が殆ど取れなかったのもあり、暫く島に篭って鍛錬に集中しようと考えていた。


 彼はルナに結晶窟を使用しても構わないかと打診をしたところ、

「結晶窟なら、3年ほど前に閉じたわよ。」

という想定外の返事が来た。


 どういうことかと尋ねると、島での玄血族の四天王との激闘を終えた後、ルナはウェントゥスの召喚に備えて、結晶窟に蓄えた力を全て吸収し、これから暫く島へは戻って来られないかもしれないと考え、力脈を悪用されないように連結を全て断ったのだという。


 ウェントゥスは、当時彼女が言っていた「やらなければならないこと」というのはこのことだったのかと、今更ながら知った。確かに思い返せば、彼女はこの3年ほど、ずっとウェントゥスと一緒に虹の大陸各地を飛び回っており、島へは行っていなかった。



 ウェントゥスは思わずがっくりと首を垂れたが、ルナの次の言葉にそれが全て吹き飛んだ。

「けど、今のあなたなら、自力で結晶窟に似た環境を形成できると思うよ。」

彼女はそう言うと、ウェントゥスに力脈の力の抽出の方法を伝授した。

「こんな惜しみもなく教えてもらって良かったのかい?」

「あら、再戦の約束の日まであとどれくらいかをお忘れで?」

勿論、ウェントゥスは忘れてなどいない。


 約束の日まであと二年ほどしか残っていない中、彼は多忙ながらも鍛錬を怠らなかったが、それで事足りるはずもなく、一時期は埋まりそうだったルナとの力の差も、再び広がりを見せている。


 今回の島での鍛錬は、まさに再戦の約束を見据えてのことである。彼は改めてルナにお礼を言い、溜まりに溜まった休暇をまとめて申請すると、島へ籠ることにした。



 ヒュッケバインに乗ってルナと共に久々に島にやってきたが、かつて玄血族と激闘を繰り広げた痕跡が分からないほどに、島の環境が回復していた。それどころか、結晶窟が閉じられ、夕闇の飛竜もいなくなったためか、霊獣や魔獣が以前よりも気ままに暮らしているようにさえ見えた。



 やがて、結晶窟の最深部にたどり着く頃、昔ルナが座っていた場所にふわっとした真っ白い丸い何かが二人の視界に映った。思わずお互い顔を見合わせる。


 とりあえず、その存在を刺激しないように慎重に近づくことにしたが、程なくして勘付かれたのか、真っ白な丸いそれは次第に9本のもふもふしたものに分かれ、その中から四足の獣が体を起こしながら、こちらへ顔を向けた。

「!?あれは…狐、…九尾を持つ狐!?」

ウェントゥスが思わず口に出す。


 純白で光沢のある柔らかそうな毛並みを持つその狐は、四肢の各所に雲を連想させるようなものが付随しており、なんと言っても、一番の特徴は、その9本の大きなもふもふした尻尾だろう。先程、ふわっとした丸いものに見えたのは、その9本の尾で全身をすっぽり覆っていたからだった。


 ウェントゥスが目を凝らしてみると、微かにではあるが、九色のオーラが展開したそれぞれの尾の先から溢れているのが見えた。また、顔立ちを見るに、通常の狐であれば、まだ幼少期といったところだろうか、などと彼がそんなことを考えていると、狐はつぶらな瞳で彼を見つめながらテクテクと近づいてきた。すぐさまウェントゥスはその大きさに驚くことになる。容姿は幼少期ながらも、視線の高さは彼と同じくらいあったからだ。


「キュアアン」

ウェントゥスには普通の狐の鳴き声にしか聞こえなかった。霊獣や魔獣の類ではないからだろうか、或いは単にまだ幼いからだろうか。彼がそんなことを考えていると、仔狐は甘えるように体を擦り付け、戯れようとする。


 ウェントゥスは思わずルナに視線を送るが、彼女は指を口の下に当てて何かを考えている最中のようで、反応してくれなかった。

「どうしたらいいのかな、これ…。」

ウェントゥスはそう呟きつつも、さっきからずっと気になっている九色のオーラについて考えてみた。なぜなら、それらから感じる気配的なものが、以前戦った玄血族の四天王のものとかなり似ていた、と言うよりかは、全く同じなのである。


 色から判別するに、火・土・雷・木・風・水・毒・不明な属性・暗黒と、属性も一致する。彼は、この不思議な仔狐は、あの玄血族と何か関係があるのではないかと疑った。そんな中、

「おそらく、この子は魔法生物ね。」

ずっと静かだったルナが口を開いた。そしてウェントゥスの心中を察してか、

「十中八九、例の巨体の残骸から生まれたものだけど、貴方が心配していることは起きていないと思う。」

と言いながら、優しく狐の頭を撫でた。


 ウェントゥスは魔法生物については書物で読んだことがあった。濃密な属性環境下で、何らかの強大な力が作用して誕生する生物のことである。虹の大陸にも魔法生物は棲んでいるが、かなり希少な存在だ。


 ルナは続けて、

「多分、この島の力脈が作用したからじゃないかな。」

と話す。確かに、力脈が有している生命の力を以てすれば、魔法生物を生み出してもおかしくはないだろう。

「将来ものすごい神器を生み出すかもね。」

ウェントゥスが難しい顔をしている横でルナは呟いた。それは初耳である。

「魔法生物が、神器を生み出す!?」

ウェントゥスの難しい顔が更に難しくなった様子にルナは笑いながら簡潔に説明してくれた。


 まず魔法生物は「核」を持って生まれる。その「核」は属性の力を糧に成長するため、生物の成長と共に、多くの属性の力を吸収していくこととなる。そして、ある程度まで力を吸収した「核」はその力を具現化させるらしく、それが神器になるという。


 この九尾の仔狐は様々な属性を有していることから、その「核」が吸収できる力は完全に未知数であるため、具現化される神器の強さも想像がつかない。


「少なくとも、今の月影にも勝る代物になるかもね。」

ルナはそう説明を締めくくった。この時、ウェントゥスは伝説級の神器を出現させるあの7つの光の球のことを思い出していた。あれは今ルナが説明した「核」と同じ類のものではないかと。そう思うと、是非見てみたいという願望が彼の中に湧き上がる。


「よし!この子も恩恵を受けられるようにここに例の場を築くか!暫く騒がしくなるかもしれないけど、いいかい?」

ウェントゥスは九尾の仔狐に確認するように話しかけると、

「キュアアアン、アアアン!」

九尾の仔狐が鳴き声をあげながら、ウェントゥスの周りを飛び跳ね始めた。

「ふふ、この小さなお姫様も喜んで賛成って言ってくれているわよ。」

どうやら狐が自分の言葉を理解できているようで、その上、ルナも実は狐のを理解しているようだ。因みに、彼女によれば、九尾の仔狐の最初の鳴き声は、ウェントゥスに対する「わあああ!」という感嘆だったらしい。


 早速、ウェントゥスはルナからのアドバイスをもとに、結晶窟跡の環境を整え直しながら、空間内に数多の魔法陣らしきものを規律よく刻印し、力脈を抽出する空間を作り上げた。ルナの時と違って、水晶のようなものや結晶群は作れなかったため、力の抽出具合は結晶窟と比べると劣るが、それでも練気塔第九層で鍛錬するよりかは数十倍進歩をもたらす。



 結局、休暇の殆どは空間作成に費やしてしまったので、ルナの提案により、彼女が刻印した転送陣で大陸と島を行き来することにして、日頃でも鍛錬できるようにしてもらった。勿論、転送陣はルナしか起動できないので、彼女も一緒に鍛錬するという条件付きではある。


 ただ、ウェントゥスは初めからルナや他の仲間たちも呼んで一緒に鍛錬する気でいたようで、時間の都合をつけては、皆を誘っていた。尚、一番その恩恵を受けたのは言うまでもなく、ここを住処にしている九尾の仔狐である。



 数ヶ月後。力脈の力を求めて、再び霊獣や魔獣たちが動き出したのを察知したウェントゥスは、拠点と各国に通じる転移門の再度設置を七王会に提案した。定期的に召喚獣契約の催しを開催して、連合軍を鍛錬するのと同時に、強力な召喚獣の獲得による、虹の大陸の力の増強を図る算段である。

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