【第四十六話】結束(後編)

 復興作業に追われるうちに、玄血族との一大決戦があってから早くも半年が経過しようとしていた。


 央の国はようやく以前のような街並みに戻り、農作物に関しても、央の国が持ち直すまで、各国の政府や名家が協力して提供してくれることになった。因みに、その3割くらいがブリッツ財閥(リディア名義)からの無償援助である。



 こうして大陸中が再び落ち着きを取り戻した頃、此度の大戦に関して各国が集まって協議会が開かれようとしていた。勿論、ウェントゥスはその主要なメンバーの一人であり、彼はリディアや風雲たちは勿論、ルナも誘って出席することにした。


 島でのことを含む詳細な報告をウェントゥスから聞かされた各国の王や代表たちは、虹の大陸各地で起きた霊獣や魔獣の変異事件と此度の侵略は、玄血族と呼ばれる者たちの仕業であることを把握した。彼ら自身はあまり突出した戦闘力を持たないが、他者を乗っ取ったり、力を感染させたりすることで軍隊を作ることができるということも理解した。一方で、何故央の国を集中的に狙ったのかは不明のままである。


 多くの者は、玄血族という新しい種族の存在や、世界の広さに改めて驚いたが、次のルナの報告に、その場にいた全員が更なる衝撃を受けることになる。


 ウェントゥスが倒した黒いオーラの正体は玄血族の祖とされている者で、全員を束ねる皇帝のような立ち位置だとルナは説明した。


 ウェントゥスがその皇帝を倒したことによって、事実上玄血族は崩壊し、生き残りは世界各地に散ってしまったようで、その特殊な社会性からもう二度と蜂起することはないだろうとのことだ。しかし、安心するのはまだ早いと彼女は続けた。


 ルナは、ウェントゥスにも話したような竜人族に関する話や、太古の光族と闇族を分けた大戦についても説明し、そして、玄血族の四天王の一人の言っていた話、つまり光族と闇族でいざこざが起きた場合、安住の地を求めて第二の玄血族が虹の大陸へと攻めてくる可能性がないとは言えないと釘を刺したのである。


 あまりに多くの聞きなれない言葉が出てきたこともあり、ルナの説明を聞いた者の多くは全部を理解することはできなかった。しかし、自分たちがこの世界で如何にちっぽけな存在であるかということや、次に虹の大陸を狙う者たちがいるとすれば、彼らは今回の玄血族が生温く感じるほどの相手だという点は理解できたようだ。国を超えての集団的自衛力を高めなければならないと誰しもが考えただろう。


 そうした旨の話で会議場内が騒つく中、

「一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか。」

ウェントゥスが声を上げた。皆が是非にと彼に発言を促すと、

「此度の戦いで、各国は力を合わせ、央の国、そして虹の大陸を侵略者から守りました。また、復興においても、多くの人々が国関係なく協力し合ったのを私はこの目で見てきました。

 この連携は決してこれだけで終わるべきではないと考えています。国をまとめる身にない私が軽々しく申し上げるべきではないかもしれませんが…」

と、ウェントゥスはあらかじめ断りを入れた後、少し間を置いてから、

「各国が手と手を取り合い、本当の意味の共同体として、共に歩んでいく時期に差し掛かったのではないでしょうか。」

と提案した。


 会議場内は暫しの静粛の後に再び大きくざわついた。無理もない。約200年前まで続いた戦争がもたらした各国間の遺恨を思えば、殆どの人は言いたくても実際に口に出しづらいものだ。しかし、ウェントゥスは、今回の戦いや復興を顧みて、各国が過去を乗り越え、互いに連携することができると確信しており、更なる強敵の出現に備えるためのみでなく、今後の発展のためにも手を取り合うべきだと改めて主張した。


「木の国は彼の提案に賛同します。」

真っ先に返事をしたのは木の国の国王だ。彼や柳家を含む名家は揃ってウェントゥスを信頼しており、彼が描こうとしている未来像に賛同したようだ。



 次に賛同を示したのは毒の国の国王である。次期王の座に就く予定の遥王女の意向が強く反映されたようだが、勿論、そこには毒の国の各名家やその名家を束ねる紫家もウェントゥスを特別視している理由も大きい。



「ハハハハ。流石英雄と呼ばれるだけあって、この意見を言える豪胆さと人望も持ち合わせているようだ。」

感心しながら賛同したのは火の国の国王である。彼はよくヘリオスからウェントゥスの話を聞いており、これまで他人を殆ど評価することがなかった長男が何故ウェントゥスのことを絶賛していたのか、この場で改めて納得した。


 それに彼自身も先の戦争でのウェントゥスの活躍を高く評価していたので、それを後押ししたようだ。この時、へリオス本人はと言うと、現国王の横で満足そうにウェントゥスに向けて親指を立てていた。



「多くの命を救った彼の提案ゆえに賛成します。水の国の民たちもきっと異論はないでしょう。」

そう表明したのは水の国の女王だ。彼女は慈悲深い方で、聖女様と呼ばれているほどの人格者であると同時に、水の都サラスヴァティーや、そこに置かれている開拓調査派遣機関(三代目)を設計した張本人でもある。女王はウェントゥスの提案に驚いていたものの、多くの人々を救った彼の提案だからこそ賛成した。その側でシャーンティ副学長とヴァルナも頷いていた。



 やや遅れて、土の国の国王も賛成を表明した。かの者は思慮深い人物で、召喚獣契約や先の戦争など、あらゆる局面でウェントゥスが大きな貢献をしてくれたことや、ルナの報告等を考慮し、そして、代表的なロックウェル家を含む、その場にいた土の国の各名家の意見を伺った上での判断である。



「雷の国も、師匠、あっいや、ウェントゥス殿の提案を受け入れます。」

雷の国の国王は尊敬する相手が間近にいることに対して気持ちが昂ったせいもあって、そう口走ってしまった。


 と言うのも、今の国王は王位を受け継いで間もない若君で、先の玄血族との戦いにおいて、援軍として現地に赴いた彼はウェントゥスの戦神の如く戦ぶりを目の当たりにしてからというものの、密かにウェントゥスのことを師として敬っていたようだ。そして、雷の国随一の名門ブリッツ家のリディアが惚れ込むだけのことはあると心の底から納得もしていた。なお、後者に関してはブリッツ家の面々も同じ見方をしている。


 一瞬の静寂の後に、会場から笑い声が上がり、ウェントゥス本人もこの発言には思わず喫驚した表情を浮かべる。ただ、彼はすぐに最上級の謝辞で国王に返礼した。



 残るは風の国と央の国のみとなったが、風の国は言うまでもなくウェントゥスに絶対的な信頼を置いていたため、国王は聞くまでもないといった旨の言葉を発した。そして、央の国はと言うと、もともと団結して建立された連合国であるため、その規模が大きくなるだけのことなので、風の国同様、始めから賛成していた。こうして全会一致でウェントゥスの提案を受け入れることになった。



 協議会解散後、各国の国王や要人らが帰路に着くのを見送っていた央の国の首相は、

「央の国を建国した祖先たちがこの場にいたら、と思うと…。」

と口に出すと、そばにいたアルイクシル学長が、

「うむ。間違いなく、あの若者を誇りに思うだろう。おそらく当時以上に大陸各国の心を動かしたのだから…」

と応えた。

「大変なのはこれからですね。」

「そうですな。」

「けど、こうなったからには必ず成功させましょう。」

「勿論ですとも。先人たちの夢でもあるのですから。」

と言うと声を上げて優しく笑い合った。



 それから2年以上の月日をかけて、各国の学問、産業、経済、そして軍事方面に大幅な改良、統合、再構築などが行われた。


 国間の人々の往来も以前に増して活発になり、特に人材交流による各国の技術の共有によって、更に多くの新しい技術が生まれ、農業・産業方面が共に大幅に進歩し、人々の生活も豊かになっていった。また、軍事方面では、各国が集まって軍事訓練を行うことで、それぞれの特性を活かし、新たな連携や編成を可能にした。


 一方、各国の王家や名家間の関係について少々心配事があったが、ウェントゥス世代以降の者たちが国を問わず打ち解けていたこともあり、大きなわだかまりは見当たらなかった。それに、ウェントゥスの提案で、「七王会」と呼ばれる王族たちで構成される機関が設立され、ウェントゥス自身が積極的に老世代を含む王族の者たちと意見交換や対話、調整をしてきたおかげか、過去のわだかまりそのものがこの2年ほどでかなり解消された。


 そんな活躍もあってか、ウェントゥスはいつからか人々から、かつて虹の大陸の戦乱を収束させた英雄アルフレッドの再来と呼ばれるようになっていた。



 七星学院にも大きな変化が訪れた。ウェントゥスたちの活躍を見て、多くの子供たちが彼らを目指して勉学や修練に励むようになったのもあって、アルイクシル学長とシャーンティ副学長の主導のもと、大陸各地に分校や七星学院を目指す学生のための付属校を設立し、多くの卒業生や各国の優秀な人材を赴任させた。


 特に「三人衆」は人気があり、各地の分校や付属校から指導依頼が殺到し、彼らは大陸各地を飛び回りながら、多忙な日々を過ごすことになったものの、その甲斐あって、将来有望な若き芽が多く育ち、七星学院を目指す学生も増加の一途を辿っていった。



第二章 完

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