【第四十四話】朧月

 突如、それは起こった。


 遥と花明たちに倒された2体の四天王の残骸から黒いオーラが生じたかと思うと、そのオーラはウェントゥスによって真っ二つにされた残骸へと目にも留まらぬ速さで飛んでいったのである。ほぼ同時に、多くの変異体の屍からも黒い鬼火のようなものが生じ、同様に件の残骸へと急速に集結していった。


 ウェントゥスはすぐさま結界を発動させたが、結界が完成する前に全てのオーラと鬼火のようなものが既にその残骸の上に集結し終えていた。そして、いつの間にか散っていたその者のオーラも再びその残骸を包んでおり、その現象に歓声を上げていた者たちにも再び緊張が走った。ウェントゥスの結界で隔てても、あの強烈な威圧感が広範囲に渡って多くの人々を襲ったからである。

「こんなことだろうと思ったよ。」

ウェントゥスは呟きながら、まだ十分に休息できていない自身に鞭打って、「月影」を二段階開放すると、力強く握り締めた。



 やがて、全ての黒いオーラがその者の残骸へ完全に纏わりつくと、あっという間にその体を元通りに修復してしまった。

「予想外…だったな…」

その者はゆっくり躰を起こしながら呟いたが、次の瞬間には「月影」に貫かれていた。


 ウェントゥスが「月影」を放ったのである。しかし、最初にその者を斬った時と同様の違和感をウェントゥスは感じた。案の定、その者はまるでダメージを受けていないかのように、瞬く間に貫かれた部位を修復してしまうと、

「壊滅してしまったのなら、その程度ということか…。代わりに貴様らで補えば良いことだしな…」

と、貫かれたことを全く気に掛けていないかのような口ぶりで再び呟きながら、ウェントゥスに振り向いたと同時に、急接近してきた。


 ウェントゥスは直感的に触れられたらまずいと察し、すかさずシャドウステップで避ける。ところが、彼が避けた先へ向けて、その者は既に移動しており、ウェントゥスはすぐさま体をねじって向きを変えると、もう一度シャドウステップを行う。しかし、その者はこの動きさえも読んでいたかのように、奴の不気味な手が、ウェントゥスが避けた先へと伸びていたため、彼は咄嗟に「月影」を呼び寄せ、その手を貫き落とすとともに、一気に距離を取り、間一髪で触れられるのを躱すことができた。


 その間、その者は黒いオーラで落とされた手を包んで本体へ引き寄せると、再びどうということなく、瞬く間に元通りに戻してしまった。

「無駄だ。お前如きでは朕に傷をつけることすら叶わない。」

その者は不気味な笑みを浮かべながらウェントゥスに語りかけた。


 一方のウェントゥスは、ここまで手応えを感じない相手も初めてで、強いというよりも不気味という感情を抱いていた。ただ、自身が感じている違和感をはっきりさせるためにも、今は兎に角、奴と戦うしかないと考えた彼は、分身を2体呼び出すと、三方向から挟み撃ちを仕掛けた。しかし、その者は、

「無駄だと言っておろうに…」

と言うと、ウェントゥスの分身の1体へ瞬間移動の如く近づくとそれに触れた。


 なんということだろうか。触れられたウェントゥスの分身は黒きオーラを纏うと同時にウェントゥスの方を振り向いたかと思うと、彼に向けて攻撃を仕掛けたのである。


 咄嗟にもう1体の分身がその前に立ちはだかるも、黒いオーラを纏った分身はかなり強化されているのか、対処に当たった分身を一撃のもと斬り伏せてしまった。


 一瞬の出来事だったこともあり、ウェントゥスと結界の外で成り行きを見ていた全員に衝撃が走る。まさか分身が、しかも一瞬で乗っ取られてしまうとは想いにも寄らなかったのだろう。


 ウェントゥスは挟み撃ちをするつもりが、あっという間に立場が逆転してしまった。


 その者はウェントゥスを捕らえようと行動を再開し、今や手下と化した分身はそれを補助するようにウェントゥスを追い込み始めた。厳しい戦いを避けられそうにないが、唯一の救いは、ウェントゥスが結界で奴を閉じ込めたおかげで、ひとまずは大勢を巻き込んでの悲惨な同士討ちにならずに済んだということだろう。ただ、それもウェントゥスが敗れなければという条件付きではあるが。



 ウェントゥスはその者に触れられないように気を配りながら、「月影」の力を借りて、乗っ取られた分身の力を削っていった。それは一つもミスが許されない立ち回りを要求されるものだ。


 その様子を、結界の外から仲間たちが手に汗を握りながら見守っているが、そんな彼らの姿も風景の一部としてしか捉えていないのか、ウェントゥス自身はあたかも無心状態に自分を落とし込んでいるが如く、泰然自若であった。動揺から瞬時に冷静な状態に落とし込む術は流石である。


 彼は、自分の分身との戦いは練気塔の試練で経験し、その後研究してきたこともあり、己をよく知っているからこそ、必ず活路を見出せると自信を持って戦っていた。



 それほど時間が経たずして、ウェントゥスは「月影」との繋がりを通して殆ど無駄がないほどまでに動きを洗練させていた。

(この危機的状況に焦ることなく、むしろ自身を高める機会として利用するのは如何にも彼らしい。)

彼をよく知る者たちは不安を抱えながらも思わず感心する。対して、ウェントゥスを我が物にしようとしているその者は次第に苛立ちを覚え始めた。


 そんな中、一閃の斬撃と共に、ついに乗っ取られていた分身が力尽きて粒子となって消えてしまった。それと同時に、黒いオーラが主の方へと戻るのを見たウェントゥスは、「月影」をその者に向けると、

「あんたの正体がわかったよ。体はまやかしに過ぎず、本体はそのオーラだ。」

と言い放った。


その発言に、かの者は一瞬目を見開いたが、すぐさま再び不気味な笑みを浮かべながら、

「クククク…。見抜いたことは褒めてやろう。だが、だからと言って、お前に何ができるというのだ?」

と、バカにするような口調で返した。


 確かに、そのオーラは自由自在に集結・分散をすることができ、捕らえようのないものだ。それに、そもそもオーラに死の概念なんて存在するのかという疑問が生じる。尤も、そんなことにいちいち悩むウェントゥスではない。


 彼はそれ以上何も言わなかったが、彼の自信に溢れた眼光と、口元に浮かべた笑みを見れば、決して諦めていないということがわかるだろう。どちらかといえば、違和感の正体がわかって、スッキリしていると思わせるほどだ。


 かの者は、ウェントゥスが余裕の表情を浮かべているのを見ると、

「気に食わない奴だが、手駒としては十分に役立ちそうだ。」

と言いながら、再び彼を捕らえようと行動するも、悉くすんなりとウェントゥスに躱されていく。先ほどの笑みを浮かべた瞬間から、ペースは完全にウェントゥスのものになっていた。



 斬撃でオーラを絶てないのであれば、そのオーラを跡形もなく消し去るほどの強力な範囲攻撃で一気に方を付けるしかないとウェントゥスは考えていた。


 ただ、現時点で彼が使用できるその条件を満たす範囲技は、発動のための準備動作を伴うため、悟られてしまう可能性が高い。かと言って分身を呼んで注意を逸そうにも、先ほどのように簡単に乗っ取られてしまう。


 そんな中、先ほどルナが胸部を赤く光らせた時に思い出した、かつて一瞬のうちに広範囲のあらゆるものを消滅させた彼女の技が、ウェントゥスに新しい技を閃かせることになる。

(相手が疑う余地も与えないほど一瞬で消し去る。そのためには…)

ウェントゥスはそんなことを考えていると、「月影」の剣身に力が徐々に溜まっていることに気が付いた。

(そうか!光の大剣を用いた爆発を応用すれば!)



 早速、ウェントゥスは意図して「月影」に力を溜め込み始める。その際、彼は「月影」から何か彼に訴えかけるようなものを感じとった。それはまるで「その調子だ!」という声のように聞こえた。ウェントゥスはその声に応えるかのように、

(強烈な一発、お見舞いしてやろうぜ!)

と、心の中で「月影」に語りかけると、更に「月影」へ力を溜め込み続けた。その様子を見たルナが、彼が何をしようとしているのかを悟ったのか、目を優しく細めた。おそらく飛竜の姿での感心を表しているのだろう。



 やがて、「月影」の剣身が眩く輝くオーラを纏うほどに力を溜め込まれると、ウェントゥスは「月影」の方から見えない力のつながりを通して合図のようなものを感じ取った。彼はそれに応じると、フェイントとして斬撃波を飛ばしながら、力強く上空へ跳び上がって静止し、両手で「月影」を頭上に振り上げた。そして、如何にも斬撃波を飛ばすが如く、ウェントゥスが「月影」を振り下ろす。


 かの者がそれを潜り抜けてウェントゥスに触れようとした瞬間、「月影」が眩い蒼白い光を放つとともに溜め込んだ力を一気に全方向に放出させた。


 放出された力は一瞬のうちに結界を飲み込むほどの大きな球体を描き、言うまでもなく、ウェントゥスを捕らえようとして急接近してきたその者は、反応する暇もなく飲み込まれてしまい、完全に消滅してしまった。



 音と衝撃波が収まる頃、天を覆っていた暗雲は跡形もなく消え去り、辺り一帯には結界だったと思われる無数の淡い蒼白い光の粒子が霞のように漂っていた。その中に濃厚な蒼白い光の粒子によって象られた球体が静止しており、ぼやけた輪郭を見せている。蒼き朧月である。


 程なくして、球体の形が崩れていくと共に、「月影」を携えたウェントゥスが、そのオーラに包まれた姿で中から現れる。そして、球体が完全に光の粒子となって散っていくのと同時に、「月影」の神秘的な剣身が元の漆黒のものへと変わると、ウェントゥスを包んでいたオーラも消え、彼は力なく落ちてきた。


 その場にいた全員がハッとして彼を受け止めに向かおうとしたところ、夕闇の飛竜が一瞬で飛んできたかと思うと、その姿を人へと変えながらウェントゥスを受け止めた。彼女の容姿は、男性たちの視線を釘付けにし、女性たちから羨望の眼差しを独り占めするほどのものであった。

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