【第四十三話】連手(後編)

 風雲と楽来の協力もあって、遥はどうにか失われた秘術を見つけ出し、花明もアルイクシル学長の助言をもとに「影縫」から新たな技を見出すことに成功した。ウェントゥスや夕闇の飛竜に助けてもらってばかりではなく、そろそろ逆に助ける時が来たと皆は考えていた。



 四天王たちを相手していたルナ(夕闇の飛竜)は、ウェントゥスからの意識への直接の呼びかけを聞くと、敗走を装って、作戦地点付近まで3体を誘導していった。3体の四天王はいよいよ夕闇の飛竜が限界に近づいたのだと思い、一心に彼女を追いかける。


 そのうちの1体に狙いを定めて、アルイクシル学長やシャーンティ副学長をはじめとする、七星学院の面々や集合した戦力メンバーたちが術の類の遠距離攻撃を仕掛けた。


 攻撃を受けた1体は、これら攻撃を全て吸収しようと人型の腹部下にある顔を出現させた。おそらく、自身の力の補填に当てようと考えたのだろう。そんな中、皆の攻撃に紛れ込ませるように、遥が秘術「毒蟲・憐」を唱えた。


 召喚陣のようなものが出現したのと同時に、そこから淡い紫の光を放つ蛍のような蟲が次々と現れると、彼女の指示に従って、薄紫色の光の帯を模った群れを形成し、靡くようにその1体へと飛んで行った。攻撃を吸収していた四天王の例の口は、多彩な攻撃に紛れ込みながら飛んできた毒蟲の群れを全部食らってしまった。


 其奴が蟲たちを食らったことを後悔するのにさほど時間はかからなかった。


 「毒蟲・憐」は様々な毒蟲を召喚する類の太古の秘術の一つで、「憐」で召喚された毒蟲は蛍のような可憐な見た目とは裏腹に、それが持つ毒は対象者に取り込まれると、その者の内なる力を暴走させるものだ。そして厄介なのは、一旦活性化した毒は原則として時間経過によってしか解毒できない点である。


 無数の毒蟲を食らったその四天王は、他の属性攻撃と同様に例の空間を介することなく直接吸収しようとしたため、致死量を優に超える毒が血流に乗って、瞬く間に体内を巡ることとなり、そこかしこから力を暴走させていった。


 その影響により、巨躯を構成する各パーツを中心に制御が効かなくなり、程なくして、その四天王は全身から夥しい量のドス黒い血を噴出させながら、空中分解してしまった。


 ウェントゥスから四天王らの性格と体質を聞いた風雲と楽来は、その希少性や特徴ゆえに、対処が難しい蟲毒で四天王の内なる力のバランスを崩し、その「鎧」を剥がすという戦略をとることにした。


 遥か昔、毒の国は暗殺手段の一つとしてこの蟲の毒を使用していたが、蟲と毒双方共に扱いがかなり難しく、並大抵の毒属性の使い手では手に負えないものだ。それをぶっつけ本番で、しかも大群を召喚して扱いこなしてしまう遥は流石、伝説級神器に認められし才女であると言えよう。



 3体の四天王のうちの1体が空中分解したのを見て、激昂した残りの2体だったが、夕闇の飛竜を放っておくわけにもいかず、そのうちの1体が仇をとるために地上へと攻撃を仕掛けてきた。


 それを見計らったかのようにヘリオスがその前方高くに大きく煌々とした「原初の炎」を出現させた。その四天王が不思議な炎に気を引かれている隙に、「原初の炎」にくっきりと照らし出された巨体の影を狙って、花明が神器「息吹」を触媒に、先ほど見出した術「影縫・影食い」を発動させた。


 笛の音色と共に、四天王の巨体がその影を介して束縛されていくが、対象が対象なだけに、伝説級神器の力を借りたとしても、花明一人ではその状況を維持することはかなり厳しい。


 しかし、先ほどの1体の討伐を終えたメンバー全員が彼女の元へ集まり、そこへ、アルイクシル学長とシャーンティ副学長、そしてヴァルナが共に水の秘術「力の綱」を唱えて、全員の力を花明に伝播させた。


 それにより、流石の四天王の力を以てしても簡単には抜けられず、その一方で、「影喰い」の影響によって勢いよく力を奪われていくので、次第に拘束された四天王は抵抗できなくなり、蟲毒にやられた奴と同様に、ドス黒い血を流しながら、姿の崩壊を引き起こし、力尽きてしまった。


 「影縫」は柳家を有名にしたと言っても過言ではない一族伝来の秘術の一つで、央の国の建築にも大いに貢献したものである。


 本来、対象の影を縛り付けて、その自由を奪う術であり、それを以て対象を倒すことはできないものだ。しかし、そこから派生した「影縫・影食い」は、詠唱・維持ともに莫大な力の消費を要するものの、その効果は、「影縫」で束縛した対象の生命力を含むあらゆる力を奪い去るという恐ろしいものだ。


 その性質は「毒蟲・憐」とは正反対、つまり力の枯渇による死をもたらすものである。一方で、命を吹き込む「息吹」を介しているだけあって、奪った力は性質を変えて拡散されるため、作戦地点一帯には、いつの間にか無数の翠緑の光の粒子が漂い、味方たちが消耗した力を補っていった。勿論、ウェントゥスも少なからずその恩恵を受けた。



 ルナは、2体目の四天王が離れた際に、残る1体を自ら方を付けようとして、胸部を赤く光らせながら力を徐々に溜め込んでいた。それは以前、自分の結界を破った直前に見たあの光だとウェントゥスは思い出していた。凄まじい大爆発を起こす気なのかと彼は一瞬心配したが、ウェントゥスの心中を察したルナから彼の脳内へ直接話しかけた「大丈夫、見てて。」という言葉を信じることにした。


 やがて、光が漆黒の装甲で隔てられても尚眩く捉えられる頃、夕闇の飛竜の胸元の装甲が開き、そこから真紅に光る核のようなものが出現した。次の瞬間、赤く眩しい光は紫白色に変色したかと思うと、身体中を巡りながら夕闇の飛竜の口元へと集まっていき、そこから溢れ出し始めた。


 彼女と対峙していた四天王は反射的に例の顔を出現させて、これからくる攻撃を吸収しようとした。そして、その顔が口を開いたと同時に、夕闇の飛竜は案の定、紫白色の鋭い光線を吐いた。しかし、その光線はこれまでのものとは違い、大きな衝撃波を伴っていた。それは、かなり離れていたウェントゥスの所まで伝わってくるほどのものだ。


 光線は例の口で吸収されていったが、夕闇の飛竜は光線を吐き終えるどころか威力を一層強めた。


 間も無く、攻撃を吸収していたその四天王は何かがおかしいと気が付いたのか、吸収していた口を閉じて光線を防ごうとする。だが、時既に遅く、その巨体内から紫白色の光が透けて見えたのと同時に、全身からドス黒い血を流しはじめた。そしてたちどころに、その巨体のありとあらゆる穴と隙間から紫白色の光芒が放たれたかと思うと、

「バカなァ!!コンなコトがァぁ!!」

という断末魔とともに巨体が爆散して、色鮮やかな光の粒子と化してしまった。


 どうやら夕闇の飛竜の光線の威力は、その四天王が吸収できるレベルを遥かに超えていたようで、吸収しきれなかった力が身体中を突き抜けてしまったのだろう。小細工なしの、まさに圧倒的な力で押し切るやり方だ。



 こうして、3体の四天王は全員倒され、次第に周辺から大勢の勝利を喜ぶ歓声が上がり始める。だが、ウェントゥスや七星学院の面々はまだ臨戦態勢を解いていなかった。天空の暗雲がまだ散っていなかったのである。

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