【第四十二話】連手(前編)

 夕闇の飛竜が少なくとも敵ではないと次第に状況を飲み込み始めた各国の軍は徐々に態勢を整え直すと、形勢が逆転したのに乗じて、自国内へ攻め込んできた敵を撃退に乗り出した。


 央の国陣営も、負傷者の救助や手当てなどをするとともに、まだ戦えるメンバーで再度体制を整え始めている。ウェントゥスは、敵の侵攻が止んだのを確認して防壁を解くと、いよいよ自分自身も攻勢に出る時だと考えた。ただし、その前に仲間たちと一旦本部へ向かうことにした。


 ちょうどその頃、戦況の再確認で本部に学長がいて、急ぎでこちらへと向かってくるウェントゥスたちの姿を捉えた彼は、きっと何か重要な話があるのだと察し、急いで主力メンバー全員に招集をかけた。


 お互いに簡単な状況報告をし合った後、

「それで、皆さんにお願いがあるのですが…」

ウェントゥスはそう話を切り出し、あの3体の攻略方法について島で戦った奴を参考に皆に詳しく説明し始めた。勿論、島での戦闘のことは伏せて。


 ウェントゥスは、島の奴で使用した手立ては1体には通用するかもしれないが、同時に撃破でもしない限り他の2体には見破られてしまう可能性があると考えている。そこで、この場にいる仲間たちに幾つか異なる案を出してもらい、それを以て各個撃破するようにとお願いした。


 それと、既に島での激闘からここまで休むことなく力を使い続けてきた彼は四天王とは別の気掛かりがあり、「月影」があるとはいえども、それのために力をある程度温存しようと考えていたため、彼自身は四天王討伐には参加できないかもしれない旨を伝えた。尤も、仲間たちもウェントゥスにおんぶに抱っこしてもらうつもりなど満更ないが。


「内より攻めるか…。かなり手段は狭まるな…。」

へリオスはウェントゥスの説明を聞き終えて、そう呟いた。その後方で、楽来と風雲は何か考えがあってか、二人で相談し始めた。そして、話がまとまったのか、

「ちょっといいかい。実は毒の国にはある種の、対象者の内なる力を暴走させる秘術があるんだが、それを上手く利用できれば、彼奴の内部から崩壊を誘導することができるかもしれない。」

と、楽来が話を切り出した。そんな凄い技があるのかと希望が見えたもの束の間、

「だが、推測が正しければ、確かその秘術は太古の戦乱で失われたはずでは…」

アルイクシル学長は心当たりがあるのか、そのように言うと、楽来と風雲が肯定したので、皆は肩を落とした。しかし風雲は、

「ただ、遥王女なら使えるかもしれません。彼女が授かった伝説級神器には毒の属性文字が多く刻印されているから、その中にもしかすると…」

と付け加えた。ウェントゥスは試してみる価値があると考えたのか、すかさず、

「すまないけど、急いで遥王女に協力の打診をしてもらえないか?」

と、風雲にお願いした。


 遥王女は加勢のために央の国周辺へ来ているらしく、彼はお安い御用だと承諾すると、すぐに出発しようとした。ウェントゥスはそんな彼を呼び止めながらケルベロスを召喚すると、

「心強い助っ人になるだろう。」

と言って風雲に預けた。大勢が初めて見る実物のケロベロスに驚く中、風雲を乗せたケルベロスは遥王女の元へと風を切るように駆けて行った。


 ウェントゥスは同じように「内より攻める」能力に長けている木の国の者の力も借りられないかと考え、木の国で最も優秀な柳家にも打診してみることにした。アルイクシル学長から、柳家も戦いに加勢していると聞いたウェントゥスは自ら出向くことにし、残りの者たちには例の3体との戦いに備えて急いで力を回復させるようお願いした。



 遥王女の率いる部隊は、央の国と毒の国を繋ぐ大橋に陣取っている。


 遠くから、風雲らしき人物を乗せた三つ頭の巨大な犬のような魔獣が敵を蹴散らしながら勢いよく駆けてくるのを見た親衛隊たちは、すぐさま王女へ通達しに行った。そして、風雲の話を聞いた遥王女は、自分が伝説級の神器を獲得できたのもウェントゥスのおかげだと考えていたので、彼のお役立てできるのであれば是非と応えた。


 時を同じくして、ウェントゥスは木の国の防衛に当たっていた部隊に柳家の者のことを尋ねようとしたところ、遠くから異様な巨大鴉らしきものが飛んで来るのを見た柳家の花明の方から駆けつけて来てくれた。彼女は執政官であったが、央の国への援軍に自ら名乗り出たため、前線で指揮をとっていたようだ。


 彼女も、伝説級神器の件での計らいや、その前の第三王子の一件で、遥王女以上にウェントゥスに対して多大な恩を感じており、大まかな内容を聞き終えた彼女は二つ返事で承諾し、後のことを副指揮官と思われる者に託すと、ウェントゥスと一緒に央の国の陣営へ向かうことにした。



 道中、ウェントゥスは時折ルナ(夕闇の飛竜)の方を見ていた。


 四天王たちの力を合わせれば、島にいた奴に勝るとも劣らずのはずだが、それを全く感じさせないほど、彼女は巧みに3体の攻撃を捌いて、少しずつそれらの力を消耗させているように見えた。


 一方で、央の国の陣営付近では四天王たちの戦う姿に鼓舞されたのか、数多の変異体たちが戦意高揚に再度攻勢をかけてきており、ウェントゥスの分身たちや央の国の軍と激闘を繰り広げている。


 ウェントゥスは味方の援護も兼ねて、央の国の陣営へ攻め込んでいる変異体の軍団を蹴散らしながら、皆の元へと戻ってきた。ちょうどそのタイミングで、風雲も遥を連れて戻って来たので、ウェントゥスは改めて遥王女や花明女史に事情を説明して任を託し、他の皆にはその補助を頼んだ。


 そして、皆から承諾を得た彼は、作戦地点の再確認をしつつ再びヒュッケバインに乗ると、今なお次から次へと敵の増援が出現する3つの門を破壊するべく、閃光の如く飛び立っていった。



 ルナが四天王たちを引きつけて門から引き離してくれているのと、ヒュッケバインの飛行速度が相まって、特に妨害を受けることなく、ウェントゥスは門の一つにたどり着いていた。それと同時に、彼は門の破壊に邪魔が入らないように、ヒュッケバインに氷の結界を展開させた。そして、氷の結界が展開され、変異体たちが氷漬けにされていく中、彼は「月影」に力を溜め込み始めた。


 程なくして、その神秘的な剣身が一層強く輝きを放ち始めると、両手で「月影」を握り締め、シルフィの持ち技「カマイタチ」を大剣スタイルにアレンジし、門を左右に連続して斬り刻むように鋭い斬撃波を放ちながら、シャドウステップで上方へ飛び上がっていった。


 そして、あっという間に門の上にまで辿り着いたウェントゥスは「月影」を頭上に構えると、一刀両断にするかのように、勢いよく急降下していく。



 ウェントゥスが門の根元に着地したと同時に、巨大な門は轟音を立てながら数多の断片となって崩れ落ち、順次光の粒子と化し始めると、それとほぼ同時に、漆黒の道も門の根本から消失し落ち始めた。


 それにより、氷漬けになっていた変異体の大群や央の国へと攻め入ろうとしていた飛べない変異体たちは皆地面へと叩きつけられていった。



 門が一つ破壊されたことに気が付いた四天王たちであったが、ルナの巧みな妨害によって戻ることがままならない。一方、各国の軍は、門が破壊されたことで更に士気が上がり、召喚獣たちとともに落下してきた変異体の討伐に乗り出した。その間、ウェントゥスは既に次の門に辿り着いていた。



 それから暫くして、ウェントゥスによって3つの門は全て破壊され、もうこれ以上敵の増援が来ることもなくなった。しかし、彼は島での戦いからここまで、休まず力を使い続けて来ており、ずっと神経を張り詰め通してきたことも相まって、いよいよ限界に達しようとしていた。


 いくら「月影」から力を補填されるとはいえ、万能ではない。今は気合9割で何とか体勢を保っている状態のため、引き続き四天王たちの相手をすることは到底できるはずもなく、一旦皆がいる作戦地点まで戻ることにした。



 その頃、敵の増援がなくなったこともあり、仲間たちは迅速に作戦地点付近一帯の安全の確保に乗り出した。そして、ウェントゥスが帰って来たのを見ると、全員で彼を出迎えた。


 現状、残った目ぼしい強敵はほぼ四天王の3体のみとなったこともあってか、皆の顔に幾ばくか余裕が戻っているようだ。そんな中、碧と翡翠姉妹は、くたくたになっているウェントゥスに治癒と力の分配を施し始めた。だが、ウェントゥスは礼を言うと、その力を四天王との戦いに使うよう彼女たちにお願いした。

「あの四天王は変異体の大軍なんかよりも厄介だ。今ルナが相手をしてくれているが、我々も力を合わせて打って出なければ。それに…」

と、彼がそこまで言ったところで、皆は口々に、

『ルナ?』

と言った。


 ウェントゥスは疲れて頭が回らなかったせいか、思わず夕闇の飛竜のことをルナと言ってしまったのである。彼は一瞬「あっ、いっけね」という顔をするも、もうここへ来て隠すこともないと考えると、

「終わったら全部話すけど、あの夕闇の飛竜はルナという名の竜人族だ。」

と、簡潔に説明した。そして、皆がその発言に驚いているのをよそに、

「それに、あいつがあれで終わりだとも思っていない。」

と、先ほどの続きを言いながら、ウェントゥスは彼によって真っ二つにされたあの禍々しいオーラを発していた者の亡骸を指さした。これが彼のもう一つの気掛かりである。


「確かに。再度進軍の合図となった鐘の音のこともある。」

アルイクシル学長がそう言うと、皆も言われてみればといった表情をした。


 ウェントゥスは、あの者の気配は死んだことによって散ったのではなく、自主的に散って行ったように感じたことを皆に話した。彼は不測の事態に備えて、ひとまず力と体力を回復させると伝え、他の皆には四天王打倒を目指して遥王女と花明女史の補助を頼んだ。


 皆はウェントゥスと夕闇の飛竜の間に一体何があったのか興味津々ではあるが、状況が状況なだけに、目の前の敵に集中することにした。

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