【第四十一話】真打

 実は、その者が出現してから間も無く、ウェントゥスはその上空に辿り着いていた。


 ただならぬ気配を感じた彼は、暗雲の上で二段階解放した「月影」に力を集中させ、その気配に目掛けて思いっきり投げつけた。そして、かの者が貫かれたのと同時に、二段階解放によって生じた「月影」との見えない力の繋がりによってウェントゥスはシャドウステップで瞬間的に「月影」の側に移動してそれを掴むと、かの者が声を発する間も与えず、体を斬り裂いたのである。



 真っ二つにされたその者の体は、禍々しいオーラを散らしながら地上へ墜落していき、その上方から、輝きを伴った蒼白いオーラを纏った「月影」を片手にウェントゥスがスッと降りてきた。


 皆は初めて見る美しい剣身の「月影」に驚愕する一方で、先ほどのウェントゥスの行動に、少なからず畏怖の念を抱いた。そして、

「何とか間に合ったようだ…」

というウェントゥスの言葉に我に返ったのか、

「バカっ!今までどこに行ってたのよっ!」

真っ先にリディアが涙を浮かべながら彼の方へと駆け寄る。


 ウェントゥスはただ黙って彼女をギュッと抱きしめた。その様子に、周りにいた者たちも安堵した表情を浮かべながら徐々に彼の方へと集まっていった。


 しかし、再開の喜びを分かち合ったのも束の間、天空高くに再び鐘の音のような轟音が鳴り響いたかと思うと、それを合図に、敵が再び勢い良く侵攻してきた。



 目の前で疲れ切っている味方たちを守るために、ウェントゥスは急いで「月影」の力を借りて、最終防衛ラインを丸ごと包むほどの巨大な防壁を形成した。その蒼白く透き通った防壁にはまるで夜空を映し出しているかのように星々のようなものが映っている。


 そんな中、突如、上空高くに巨大な五弁九重の召喚陣が生じたかと思うと、その手前にもう一つの五弁九重の召喚陣が出現した。二層で構成された召喚陣である。


 そして次の瞬間、天空の暗雲に穴を開けるが如く、一筋の紫白色の大きく鋭い光が長い光の尾を引きながら召喚陣の中を通って真っ直ぐ降臨して来た。その光はウェントゥスたちの上空近くまで急降下すると止まり、紫白色の光の粒子を散らしながらその正体を現した。その姿に敵味方双方が動揺した。

「あれはっ!夕闇の飛竜っ!」

所々からその声が上がる。今まで誰も見たことがない五弁九重の召喚陣が二層も出現したことだけでも十分に驚愕に値するが、そこから出現したのが夕闇の飛竜だと知って、島でのトラウマを思い出した者の多くは足が竦みそうになった。


 夕闇の飛竜は、先程ウェントゥスに斬り捨てられた者にも勝る強い気迫を放っており、それは勢いよく攻め込んで来た超位三段級超えの変異体たちの攻勢を止めさせただけでなく、戦いで疲れ果てた人間側の戦意を失わせるのにも十分なものだった。もし、ウェントゥスの防壁で隔てていなければ、失神する者が多発していただろう。

ひとまず周辺の仲間たちを落ち着かせるために、

「話は後で。とりあえず皆は急いで回復や怪我人の手当てを。」

と、ウェントゥスは冷静に指示を出しながら、分身を大量に呼び出した。その数は90体以上に上る。彼は第二段階を解放した「月影」の力により半日の帰路でこれだけの分身を作り出していたのであった。一方、ウェントゥスが分身を呼び出したのを見届けた夕闇の飛竜は赤き眼光を滾らせると、攻め込もうとしていた変異体たちを極太の紫白色の光線で次々と薙ぎ払っていった。



 虹の大陸側は、赤き残光と黒き残像を伴いながら、尋常ならぬ速さで飛び回り、次々と敵を殲滅していく夕闇の飛竜の姿に並ならぬ恐怖を感じて、失禁する者も少なからずいた。


 その頃。地上では、ウェントゥスの分身たちがそれぞれ光の大剣を携えて、各方面への活路を開くために、転移門を介して三方向に分散して攻勢をかけていた。


 あれほど押し込まれていた防衛ラインがあっという間に再び拡張していく。そして、その攻勢を維持したまま、ウェントゥスの分身たちはついに漆黒の道へと攻め込んだ。


 それぞれの漆黒の道には超位三段級超えの変異体が多数立ちはだかっていたが、第二段階まで解放した「月影」の力に、ウェントゥスの島での戦闘経験が相乗して、分身たちの能力と連携は著しく強化され、彼らは、まるで竜巻を連想させるような攻勢で敵軍の中へと斬り込み、変異体たちを次々と絡め取っていった。


 一方、空中には超位二元級超えを含む数多の変異体が至る所に群がっていたが、夕闇の飛竜の拡散する紫白色の光線で片っ端から貫かれてしまい、自ずと各国への侵攻が鈍化した。


 この地獄絵図のような光景に、今度は敵軍側が戦意喪失に陥っていく。



 そんな中、ついに3体の巨大な存在が夕闇の飛竜に向けて動いた。


 地上から攻めてくるウェントゥスの分身たちも十分に脅威だが、たった1匹で制空権を軽々と奪っていく飛竜の方をより脅威と捉えたのだろう。


 そんな彼らに臆することなく夕闇の飛竜は応戦した。ウェントゥスはルナ(夕闇の飛竜)がこの半日で更に強くなっていると感じていた。おそらく島でやり残したことが関係しているのだろうか、などと考えていたが、とりあえずルナが引きつけてくれている間、あの3体をどうやって倒すかを考えることにした。



 3体の巨大な存在の雰囲気はクセルクセスとよく似ており、人型の上半身と四足獣の体、そして何かの翼を持っているが、あれほどごちゃごちゃしてはおらず、いずれかのパーツが異様に特化した形をしている。


 そして、夕闇の飛竜との戦いを見ていると、クセルクセスほどではないが、多くの属性を扱えるようで、強さも奴にさほど劣っているようには見えない。もしあの3体の性質がクセルクセスと同じなのであれば、おそらく外部からの撃破はかなり厳しいだろう。

(島での戦いと同様、他の変異体の大群はただの前座に過ぎず、本当の戦いはこれからだ!)

ウェントゥスは深呼吸して、「月影」を力強く握り締めた。

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