【第四十話】降臨

 ウェントゥスが島へ発った後、虹の大陸では各国が軍を総動員したこともあり、少なからずの死傷者を出しつつも、数百箇所以上に及ぶ調査地点での救援・討伐を何とか全て終えることができた。とは言っても、多くの場所で、ある時点を境に、変異体が全員忽然と姿を消したということに助けられたのが大きい。


 一方、ウェントゥスがまとめた報告書は既にイグニスとフローガが迅速に央の国へ届けていたため、調査隊統括本部ではそれを元に討論していた。そして、その後戻ってきた調査隊による報告でもウェントゥスの報告書と内容が類似する点が多くあったことから、悪い予兆の可能性が高いと考えて、いかなる状況にも対応できるように、統括本部は各国へ一層の警戒を求めた。


 虹の大陸は長らく、このような状態に陥ったことがなく、多くの人々が不安を感じていた。



 火山から統括本部へ報告に戻ったヘリオスは、イグニスとフローガの二人からウェントゥスが任務を終えた後すぐに水の国の方面へと向かったとのことを聞いて、水の国から報告に戻っていた碧と翡翠に尋ねたが、二人とも知らないようだ。


 彼は、シルフィ、リディア、風雲など他の人たちにもウェントゥスと会わなかったかと尋ねたが、誰も彼を見ていなかった。そんなウェントゥスが行方不明という状況も皆の不安を少なからず助長した。



 突如、外で鐘の音に似た轟音が鳴り響き、外が慌ただしくなる。全員急いで外へ出てみると、央の国内の北、南、西の上空に恐ろしく巨大な門のような建造物が出現していた。それは遥か遠くからでも認識できるほどの巨大さであったため、央の国のみでなく他の七カ国にもただならぬ緊張が走る。


 各国はすぐさま非戦闘員の避難と共に、警戒に当たっていた軍隊を央の国周辺に集結させ始めた。その間、それぞれの門から央の国の中心へと漆黒の道が伸びてきたかと思うと、門の中央に漆黒の渦が生じ、中から次々と変異体と思われる霊獣や魔獣たちが姿を現し始めた。そんな彼らに伴われて、一際巨大な霊獣とも魔獣とも例え難い存在も姿を現した。


 央の国政府はすぐさま緊急事態宣言を出し、転移門の全稼働と、各方面への軍の展開を即決した。それと並行して、七星学院の面々へ追加の指揮要請と各国に非戦闘員の避難要請を行った。勿論、各国の王家はそれを即諾しただけでなく、央の国への増援の準備に取り掛かる。


 程なくして、攻撃体制が整ったのか、各方面にいた3体の巨大な存在がほぼ同時に攻撃開始の合図を出した。それにより、変異体が一斉に漆黒の道を伝って央の国へと雪崩れ込むように攻めてきた。


 突然すぎる侵略の始まりであったが、転移門を活用した軍の迅速な展開によって、央の国側の防衛線がすぐに崩壊することはなさそうだ。しかし、敵の規模の大きさに、全員が少なからずの恐怖と不安を感じていた。


 攻め込んで来た変異体の中には虹の大陸で姿を消したものも多くいた。おそらく虹の大陸の各地で出現した変異体たちは、そこにいる霊獣や魔獣を変異させて、軍隊に組み込んだのだろう。


 こうして、虹の大陸有史以来初の、未知勢力との大規模な戦闘の火蓋が切って落とされた。



 第一波。無数の変異体の軍団が攻めて来たが、強さが上位級だったため、各国の軍や七星学院メンバーを含めた央の国軍により難なく退けた。しかし、巨大な門からは絶え間なく変異体が出現しており、後何波あるのかを予測できずにいた。


 そして、第一波を殲滅して間も無く、第二波が攻め込んで来ており、数は第一波よりやや減ったものの、その強さは第一波よりも勝る個体ばかりであった。


 南側の指揮に当たっていたアルイクシル学長は、敵がこちらの戦力を消耗させるつもりだと考え、防衛に当たっている各部隊へできるだけ戦力を温存するよう通達を出した。北側で臨時指揮をとっていたヘリオスやシルフィ、西側の指揮に当たっていたシャーンティ副学長とシンシアも同様に考えており、それぞれ管轄内の部隊に戦力の温存を指示した。



 謎の勢力による侵攻はその後、第三波、第四波と続いていき、ついには各国から召喚獣も総動員して防衛に当たらせる事態にまで発展した。


 各国からの支援が盛んになると、それを阻止するために、門から出現した飛行型の変異体の大軍が央の国以外へ向けて侵攻し始めた。それにより、各国は自国の防衛も担わなければならなくなり、次第に各国間の連携を維持することが難しくなっていった。そして、央の国の各防衛ラインでも第四波の時点から著しく死傷者が出始め、徐々に力を温存して戦う余裕がなくなっていく。



 第四波を何とか退くも、負傷者の手当てや要員交代などがままならない状況の中、既に第五波が押し寄せて来ていた。


 第五波は超位二元級を超える変異体の大軍で編成されており、ここまで維持して来た戦線もいよいよ所々崩れ始める。央の国にある緊急司令部は各防衛ライン間の補佐を容易にするために、防衛範囲を狭めることを決定する。


 だが、このまま守り一辺倒では状況を打開できるはずもなく、かと言って、圧倒的な敵の数の前に攻める余裕もない。現状は、七星学院の面々と数々の召喚獣たちによって、何とか最後の防衛ラインを維持しているが、各国の被害が広がりを見せ始めた今、全ての国が総崩れになるのも時間の問題だろう。



 指揮を務めながらも最前線でずっと戦っているヘリオスとシルフィ、その配下にいたリディアと風雲たちも、これほどの数の敵の相手をしてきていよいよ限界が近い。


 敵軍の侵攻が始まってからまだ半日程度しか経過していないが、例の3体の巨大な存在は未だ直接手を下していないのにも関わらず、虹の大陸側の主要戦線は直に崩壊しようとしている。それを暗示するかのように天空には次第に暗雲が立ち込め、重く伸し掛かるように央の国上空を覆っていった。



 第五波もまだ完全に撃退し終えていない中、既に遠くで第六波と思われる軍勢がこちらへ攻勢をかけようとしているのが見えた。そんな中、突如として、暗雲の中心から巨大な禍々しいオーラが出現する。途端に、多くの変異体と例の3体の巨大な存在が、そのオーラに向けて一斉に首を垂れる、まるで高貴な存在に敬意を表するかのように。


 そのオーラは勢いよく凝集し始めたかと思うと、霊獣や魔獣を乗っ取っていた者とよく似た姿の者がその中から現れた。それと同時に、禍々しいオーラが周囲へ尋常ではない威圧感を放ち始め、その距離が地上と縮むにつれて、超位三段級の召喚獣たちでさえも恐れ慄いたの如く後退し始めた。


 やがて、その者は最初から定めていたかのように、他には目もくれず、最も奮闘していたヘリオスやシルフィたちがいる上空近くまで降りると、

「其方ら、気に入ったぞ。どうだ、下僕になる栄誉を与えようぞ?」

と、誰にともなく語りかけた。


 無論、賛同する者がいるはずもなく、相変わらず皆が武器を構えたままでいると、

「まだ殺し足りぬ…か。では、もう少し追い詰めるとしよう。」

とその者は言いながら、全軍に引き続き攻撃を命じる合図でも出すのか、右手を振り上げた、その時だった。


 暗雲の中から一筋の眩い蒼白い光がその者へ一直線に降り注いで貫いたかと思うと、ウェントゥスが一瞬のうちに姿を現し、その光を掴むとそのまま斬り返して、その者の体を上下真っ二つに斬り裂いてしまった。

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