【第三十九話】機縁
力がどんどん流れ出すにつれて、巨躯を構成する各パーツは互いの接合を維持できなくなってきたのか、崩壊し始めた。そして、それが進むにつれ、人型が悶え苦しみ始め、ついには限界を超えたのか、元凶と思われる存在が中から這い出てきた。
その姿は虹の大陸で見た奴らとよく似た特徴を持つものの、一回り大きく、そして体の所々には特徴的な突起物が生えている。全身から夥しい量のドス黒い血を流しながら、今にも死にそうな様子でぜいぜいと息を切らせているクセルクセスに、ウェントゥスが問いかけた。
「一体何者なんだ、あんた。」
返事はない。
「
いつの間にか人の姿になっていたルナが代わりに答えた。
ウェントゥスは答えに驚きつつ、一体どういう存在なのかを彼女に尋ねた。ルナの説明は次の通り。
*
玄血族とは闇族という大きな括りの中の一つであり、黒き力を信仰していることと、黒い血が流れていることから付けられた名前だそうだ。
生身では殆ど戦闘能力を持たず且つ脆いが、代わりに憑依などを通して対象を操る力に長けているという。以前、ウェントゥスからの報告でルナは霊獣や魔獣の中にいたのは玄血族ではないかと疑ってはいたが、変異させる力や完全に乗っ取って同化する力があるとは思わず、実際にこの姿を見るまで確信が持てなかったらしい。
*
「そして、今ここにいるのは玄血族の中でも上位の存在と言ったところかしら。」
と、彼女は話を締めくくった。
「ちょっと待って。そもそも闇族って何?」
ルナは「あっ」という顔をすると、ウェントゥスに説明を付け加えた。
*
簡潔に言うなれば、この世界には様々な文明を持った種族が住んでいるが、大きく2つに分類することができ、それが光族と闇族である。
光と闇は厳密に種族間の違いを説明するものではなく、今からおよそ3000年前、世界を二分する大きな戦いがあって、勝った側が自らを光と称し、負けた側を闇と称したことに由来するものだそうだ。
*
「じゃあ、俺やルナはどっちに分類されるの?」
ウェントゥスがそう問うと、ルナは、
「貴方を見る限り、虹の大陸にいるのは例外っぽいけど、私が知っている人間族は闇族よ。ただ、その者らはもう絶滅しているかもしれないけど…。それで、私のような竜人族に関して言えば、竜人族はその大戦の前に大勢が姿を消してしまったから、どちらにも属さないわ。」
と答えた。
ウェントゥスは今のルナの説明で引っかかることがあった。自分たち以外に人間族がこの世界のどこかにいた、或いはいるということについてである。
「他の人間族?絶滅…?」
ウェントゥスがそう聞くと、何とか落ち着いたのか、クセルクセスが口を開いた。
『我々玄血族よりも打たれ弱かった、あの無能な種族のことか?』
「其奴が指している人間族は、己の弱さ故に力を求めたけど、それが災いして大戦に巻き込まれてしまった種族よ。大戦後に彼らは…」
と、ルナは途中まで補足したが、何かが引っかかっていることがあるのか、話を止めた。
一方、ウェントゥスは今の話を聞きながら、
(確か、虹の大陸に現存する最古の記録が、ちょうど今から3000年ほど前の物だ。これは、偶然なのか…?もしかすると、自分たちは、大戦後の虐殺から逃れて虹の大陸へ辿り着いた種族の子孫なのか?)
などと考えていた。そして、
「先人たちは虹の大陸で属性の力を見出して、そこに定住した…」
ウェントゥスはそう呟いてからハッとして、その玄血族に「月影」を突きつけると、強い口調で尋問した。
「虹の大陸を侵略しているのもお前たちか!」
しかし、クセルクセスはただ不気味な笑みを浮かべ、
『さあな。』
とだけ答えた。
ウェントゥスは無言のまま、くつろいでいる姿勢で座っているクセルクセスの腹に一撃を加えて跪かせた。そして、
「きちんと答えるか、俺に頭を踏まれるか、好きな方を選べ。」
と尋ね直すと、奴はぺっと血を吐き、
『闇族の中で我々は弱い一族だった。しかし、我々は強くなるために霊獣や魔獣を乗っ取ることで自分を強化する方法を見出した。いわば自分自身を兵器と化したのだ。
だが、たとえ強くなっても、他の光族や闇族と戦うのはごめんだ。であれば、新たな安住の地を探した方が良い。そして良さそうな土地があれば奪ってでも手に入れる。特に人間族のような弱い存在の土地なら尚更なっ!』
と、狂気じみた表情と口調で答えた。
玄血族にとって人間族は取るに足らない存在であり、玄血族が目をつけた土地に人間が住んでいるのであれば、躊躇わずに殺して奪うということらしい。それは暗に虹の大陸が危ないことを意味していた。
『クックックッカカ、急いだ方がいいぞ。もし帝が見定めたのなら、一族を集めるはずだ。実を言うと、少し前に余にも召集の知らせがあった。場所はもしかするとお前たちが住む大陸かもな。ククッ。だが、余はすぐには応えなかった。まずは、お前たちやこの地の力を食らい尽くそうと考えたからな!だが、予想外の展開でこのザマだ…』
ここまで言うとその者は再びゲホゲホと血を吐いた。
ウェントゥスは急いで虹の大陸に戻らねばと考えた。そんな中、突如クセルクセスがウェントゥスの足を掴んだかと思うと、ニヤリと口が裂けるほど笑いながら、
『余を倒した褒美にいいことを教えてやろう。余は玄血族の四天王の一人だ。つまり、もう3人いるということだ。果たしてお前は同族たちの死に際に会えるかな?ククククク、クハハハハ、ゲホッ…ゴホッ…』
と言いながらも興奮したのか、大量の血を吐き出した。
「俺の名はウェントゥス。冥土への土産にとっておけ。」
ウェントゥス低い声でそう言うと、苦しむクセルクセスにトドメを刺した。そして俯き加減のまま、
「ルナ…一つ頼みがある。」
と、彼女に声をかけた。すると、
「力を貸して欲しいんでしょ?10年後の再戦云々はさておき、貴方に本名を教えるわ。」
ウェントゥスが頼みの内容を言う前にルナは返事した。
ウェントゥスは驚きのあまり顔を上げる。次の瞬間、彼の脳内に聞き慣れない言葉のようなものが響いた。
「これは…?」
思わずウェントゥスが戸惑う。
「これが私の本名よ。うまく口に出せないと思うけど、心の中なら簡単に唱えられるんじゃないかな。」
ルナの言う通り、確かにウェントゥスは何だかその名前が心に刻み込まれた気がした。
「これで、どこからでも私を召喚できるわ。さっ、早く行って。私はあなたが虹の大陸に着くまでに、ここでやらなければならないことを片付けるから。」
ルナはウェントゥスに早く虹の大陸へ戻るよう催促した。
ウェントゥスは彼女に礼を言うと、ヒュッケバインを召喚し、最速で虹の大陸に戻るようお願いした。一方、ウェントゥスを見送ったルナは、何かを決意したかのような表情を浮かべながら、結晶窟へと戻っていった。
二人が現場を離れてから暫くして、バラバラになったクセルクセスの巨躯から濃密な9色の光の粒子が溢れ出し始めた。そして、それは同時に生じた9つの魂晶石の欠片を巻き込んで一点に集結していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます