【第三十八話】突破(後編)

 ルナは絶望したかのように、覚束ない飛行で地上に降りた。彼女の中には上手く言葉に言い表せない怒りと悲しみが絡み合っていたが、その気持ちの整理をする暇は与えられなかった。


 ウェントゥスを食らったクセルクセスは、

『さて、お前はじっくり可愛がってやろう…。』

と言うが早いか、瞬間移動の如くルナの目の前に現れると、彼女の尻尾を掴もうとした。このタイミングで、ルナは彼女の中で複雑に絡み合った感情を全て解き放つかのように、全身から凄まじい衝撃波を放ち、その手を弾き飛ばすのと同時に、これまでになく赤き眼光を滾らせた。


『何と素晴らしい!その力、必ず余のモノにする!』

クセルクセスはそう言いながら、攻撃の勢いを増していった。対するルナも、どこからともなく湧き出る底力を発揮し、互いに力のぶつけ合いを繰り広げていった。



 暫く攻防を続けていたルナは、このまま根性比べに近いことを続けるのは上策ではないと考え、少し冷静になることにした。


 ふと、遠くに身を潜めているウェントゥスの分身たちが彼女の視界に入る。ルナはそれを見て何かに気が付いたのか、一気に距離を取るとウェントゥスを感じ取ろうとした。

(まだ生きてるっ!)

彼女はウェントゥスとの繋がりがまだ絶たれていないのを感じ取った。となると、今彼は奴の体内で何をしているのか、と考えた。


 ウェントゥスが食われる前、彼は冷静に「月影」を求めた。それに、いざ食われようとした時も一切抵抗する素振りを見せなかった。そして、今更気が付いたことだが、ウェントゥスと「月影」を食らったのにも関わらず、奴の力がさほど増したようには感じられない。

(もしかして!)

ルナは眼下で次の攻撃の準備をしているクセルクセスの異変に気が付いた。


 奴の攻撃は全て事前に何らの形で力を練ってから繰り出されていたが、初めはその練る速度が一瞬だったのが、今では見て取れるほどの猶予がある。てっきりより強力な技を繰り出すためかと思われたが、どうやらそういうわけでもない。


 ルナは、ウェントゥスがクセルクセスの体内で何か奴にとって不利なことをしているのだと察した。そこで、彼女は相手の意識をもっと自分に向けさせて時間を稼ぐかのように、引き撃ち戦法をとって相手を挑発し始めた。


 クセルクセスも自身の力の消耗に異変を感じ始めたようだが、ルナの相手を苛立たせるような戦法にそれどころではなく、自身が感じた違和感を一旦そっちのけに、ルナを叩き潰すことに全神経を集中させた。



 暫くして、急にクセルクセスの動きがぴたっと止まったかと思うと、

「月は剣を照らし…、剣は天を穿つ!」

というウェントゥスの声が聞こえたのと同時に、一筋の強力な蒼白い光がクセルクセスの背中を貫いた。

『んがっ!バァカなァーッ!?』

背中を貫かれた奴は叫びをあげたが、貫いた光はそのまま上半身へ振り下ろされ、腹部下の顔諸共一刀両断にしてしまった。その中から、一層魅力的となった「月影」を携えたウェントゥスが、そのオーラに包まれた状態で飛び出してきた。


「ウェン!」

ルナはウェントゥスが無事戻ってきたことへの嬉しさのあまり叫んだが、上半身を真っ二つにされてもなお、まだ生きているクセルクセスを見て再び気を引き締めた。


 クセルクセスは半分に割れた上半身を不思議な力で縫い合わせていた。ルナがそれを阻止しようとするも、何故かウェントゥスに止められる。そして、ついに奴が裂け目を縫い終えるまで、ウェントゥスは手出しをしなかった。


 いよいよ修復を終えたのか、

『予想外ダが、こ…っ!?』

とまでクセルクセスが言ったところで、奴は自身に起こった明らかな異常に気が付いた。


 全身の修復を終えたのにも関わらず、どういうわけか力が出ないのである。それどころか、相変わらず体の各所から力が抜け出ていく始末だ。そして間も無く、所々綻びが生じ、縫い目が裂け始めると、クセルクセスは怒りで声を震わせながら、

「こゾウ!ヨにナニをシタぁァァ!!」

と怒鳴った。ウェントゥスはそれを鼻で笑いながら、

「アンタの体内にあった魔法陣?それを壊してやったのさ。あ、そうそう。アンタが吸収した俺の分身たちは全部返して貰ったから。それと、手間賃として霊獣や魔獣も頂いておいたよ。」

と、丁寧に全て答えてあげた。



 時は遡ること、ウェントゥスが食われた直後。

丸呑みされたウェントゥスは特殊な空間に飛ばされていた。その空間の底には巨大な魔法陣のようなものが描かれており、クセルクセスの巨体を構成する各パーツの素と思われる霊獣や魔獣たち、そしてウェントゥスの分身たちが魔法の鎖のようなもので束縛されていた。


 ウェントゥスも殆ど身動きを取ることができず、間も無く、彼も魔法陣から伸びた鎖によって束縛され、途端、身体中から並ならぬ勢いで力が魔法陣へと吸い取られていくのを感じた。

(奴が分身を吸収して間も無く、力が増したのはこれが原因だったのか!)

咄嗟に理解したウェントゥスは力を指先に集中させ、「解」の属性文字を描き出して「月影」へ付与させてその力を解放させた。すると、新たに強大な力を感知したのか、数多の鎖が魔法陣から出現し、「月影」へと差し迫っていく。


 ところが、力が解放された「月影」が束縛されることはなかった。その剣身に触れた鎖がすり抜けてしまったのである。いや、すり抜けたように見えた鎖は綺麗に分解されたという表現が正しいだろう。まるで、「この程度で束縛できるとでも思っているのか」と言わんばかりに。


 その傍ら、「月影」は以前と同じようにウェントゥスへと力を注ぎ込んでいたため、先程の現象にヒントを得たウェントゥスは、「月影」の力を吸収する代わりにそれをオーラとして自分に纏わせた。すると目論み通り、ウェントゥスを縛り付けていた鎖はそのオーラによって瞬く間に綻び、そして粒子となって消え去ってしまった。



 ひとまず、これで鎖による束縛の心配は無くなったが、依然として体の自由が殆ど効かないままである。十中八九、空間の底に描かれた大きな魔法陣に原因があると考えたウェントゥスは、どうにかそれを破壊できないか色々試してみた。



 結果として、属性文字や間接的攻撃の類は全て吸収されることがわかった。。

(力の類は全て吸収されるが、直接コイツで攻撃できれば、もしかすると…)

ウェントゥスはどうにか体を動かさずとも「月影」を操ることができないかと思い、新たに属性文字を見出そうと瞑想を始めた。


 暫くすると、脳裏に新たな属性文字が浮かび上がってきた。その文字の意味を今まで得た知見をもとに読み解いてみると、どうやら「穿」を意味しているようだということがわかった。


 ウェントゥスは早速指先でその属性文字を描き出したのだが、彼がその文字をどう使用するかを考える間も無く、「月影」が能動的にその文字を吸収して一際大きく輝き、力をもう一段階解放させた。それと同時に、ウェントゥスは彼と「月影」の間に見えない力の連結が生じるのを感じ取った。


 もしやと思い、意識で「月影」を操ってみたところ、「月影」は彼の思い描くままに空間内を舞い始める。早速ウェントゥスは意識で「月影」を操作して、忌々しい魔法陣を穿ち、破壊した。


 魔法陣が破壊されたと同時に、ウェントゥスは体の自由を取り戻し、拘束されていた彼の分身たちも解放された。


 分身たちはまだある程度力が残っていたため、ウェントゥスはそれらを全て自分の中に取り込んだが、霊獣や魔獣たちはかなり昔に拘束されていたせいか、解放されてから間も無く光の粒子となって消え、魂晶石の欠片のみがそこに残った。その際、ウェントゥスは彼らから感謝の言葉が聞こえた気がして、その遺された魂晶石の欠片だけでも無駄にはしまいと次元指輪に仕舞い込んだ。


 残るはこの空間から出るだけだが、何故かウェントゥスは、今の「月影」であれば、この空間を突破できる自信があった。


 早速、彼は頭上に「月影」を突き上げると同時に、その力を放出させた。「月影」から放たれた、研ぎ澄まされた蒼白い力は空間の天井へ突き刺さり、不思議な空間に亀裂が入る。それを見た彼はふとあの「月は剣を照らし、剣は天を穿つ」という一文が脳内に聞こえてきたため、声高らかにそれを発しながら、更に力を押し上げた。その後は先程の通りである。

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