【第三十七話】突破(前編)

 ウェントゥスたちは、全員の息がぴったり合った連携攻撃で次々と変異体を斬り捨てていった。そして、まるでずっとこの時のために力を温存していたのかの如く、破竹の勢いで例の存在近くまで攻め込んだ。


 この数年で、ウェントゥスはルナの予想を遥かに超えて強くなっていたようだ。単身ではまだまだルナには及ばないが、ルナの全力を以てしても50体以上のウェントゥスと同等に強い分身が相手では彼女自身勝てる気が全くしないほどである。



 変異体の大群を破った先には、どうやらいくつもの特殊な召喚陣が存在しているらしく、例の存在はそこから次々と変異体を呼び寄せていたようだ。ウェントゥスはすぐさまヒュッケバインに乗ってそれら召喚陣を全て破壊していった。


 一方、例の存在は、ただその様子を見ていたが、やがて召喚陣が全て破壊され、変異体が全滅したのを見届けると、特にそれらを気にかけることもなく、

『小僧、なかなかやるようだな。名を名乗る栄誉を与えてやる。』

と、男女が入り混じったような声でウェントゥスに話しかけた。それに対して、

「アンタのようなクズに名乗る名はない。」

ウェントゥスは軽蔑で返した。


 かの存在は意味を察してか、

『こんなあっさりやられるような弱者などに、気にかける価値はない。まあ、良い。余の名前はクセルクセス。貴様を跪かせ、服従させる存在だ。』

と返すついでに、ご丁寧に自己紹介までした。勿論、それにもウェントゥスらしい返しがお待ちだ。

「代わりにこうしよう。俺がアンタを跪かせ、頭を踏みつける。」

そのセリフにクセルクセスは不気味な笑みを浮かべると、上半身の人型と下半身の獣の接合部にある装甲を開き、中から大きな顔らしきものを出現させた。そして、その顔が口を開くと、一帯に強烈な吸引が生じ、範囲内に横たわる数多の変異体の亡骸や魂晶石を全て吸い込んだ。


 クセルクセスの力が次第に増していくのがわかる。御託はもういいということなのだろう。



 ウェントゥスとルナが身構える中、クセルクセスは上半身の重厚な装甲を変形させ、火、土、雷、木、風、水、毒の他に、風雲が持っているような暗黒の力と、白く輝く正体不明の力を解放させた。


 なるほど、あらゆる属性を使えるってわけか、とウェントゥスが考えていると、その巨体からは想像できないほどの速度でクセルクセスはウェントゥスに急接近しながら、衝撃波を伴った巨大な拳を繰り出してきた。


 ウェントゥスは難なくシャドウステップで躱すのと同時に、反撃がてらに光の大剣で斬りつけたが、どういうわけか、奴は何事もなかったかのように次の攻撃を繰り出してきた。ウェントゥスは再びシャドウステップで退避しながら、今度は分身達を呼び寄せて、四面八面から攻撃を仕掛けさせる。


 ところが、奴はこれを待っていたかのように球状の重力場を作り出して、範囲内の分身達を全て拘束してしまった。そして再び人型の腹部下にある顔のようなものが口を開くと、捕らわれた分身たちは抵抗する術もなく、全員そこへ吸い込まれていってしまった。

『味はなかなかのものだ!もっと寄越せ!!』

分身の半数以上を吸い込んだクセルクセスの力が大幅に増していく。対するウェントゥスは咄嗟に分身たちに距離を取らせた。



 ウェントゥスの攻撃を物ともしない様子から見るに、おそらくかなりタフなのだろう。何よりも、人型の下腹部にある顔の口はあらゆるものを吸収して、自分の力へと変えることができるようだ。どうやら思った以上に厄介な存在だとウェントゥスは認識を改めた。


 彼はヒュッケバインを取り込まれないよう、召喚解除して送り還すと、

「なるほど。ある種、究極の力か。」

分身を吸収されたことをさほど気にしていないかのような口調で話した。その後方で様子を見ていたルナは、ウェントゥスが時間を稼いでくれているのだと察すると、急いで自身の力の回復に集中した。そんな中、

『ククククク。理解したか。では、栄誉として…お前を喰らう前に、もっと遊んでやろう!』

クセルクセスはそう言うと、今度は体の各パーツから対応する属性の光線を発射した。ウェントゥスは片手で「解」、反対側の手で「同化」の属性文字をそれぞれ描き出すと、交互に自分の前に放った。


 殆どの光線は「解」の文字によって分解され、その後「同化」の文字によりウェントゥスに吸収されていったが、白く光る力と暗黒の力は簡単には分解ができなかったようで、ウェントゥスは防壁でそれらを受け流すことにした。勿論、奴がそれを見逃す筈はない。


 クセルクセスは再び不気味な笑みを浮かべながら、今度は上半身の両手の掌に魔法陣のようなものを出現させた。そして次の瞬間、そのそれぞれから無数の白く輝く光弾と暗黒弾を連射してきた。


 ウェントゥスはシャドウステップでそれらを華麗に躱していくが、クセルクセスも負けず、更に発射頻度を高める。



 回避行動の傍ら、ウェントゥスがちらっとルナの方に目をやる。彼女はまだ力を回復させている最中で、もう少し自分が囮を演じる必要がありそうだ。同時に、折角相手の集中が自分に向いている今、先ほどのリベンジではないが、分身たちを使って何かかましてやろうとも考えた。


 ウェントゥスはシャドウステップで光弾攻撃を避けながら少しずつ足元へと接近し、光の大剣で立て続けに斬撃波を放つ。斬撃波は案の定例の口によって吸収されてしまうが、それは更にクセルクセスのをそそることになった。

『自ら喰われに来るか?』

クセルクセスの視線は今や完全に球状の重力場の範囲に入るか入らないかの距離を保ちながらちょこまかと動き回る獲物に釘付けになっている。この時、数人の分身たちがその巨躯の背後へと移動しながら属性文字を描き出していた。そして準備が整うと、以前怪鳥と黒虎を貫いたあの技を「月影」なしで繰り出した。


 前回以上に大きな属性文字で形成された魔法陣から、「月影」の剣身を模した蒼白い光が、クセルクセスの剛尾から例の顔にかけて貫く。

『んんんん!!!』

その叫び声からして、それなりにダメージを与えたようだが、その程度で奴はくたばりそうにない。


 クセルクセスは周囲の樹木が薙ぎ払われるほどの衝撃波をその巨躯から放つと、分身たちを吹き飛ばし、貫いていた光を打ち消してしまったのである。



 ひとまずウェントゥスへの攻撃は止んだが、シャドウステップを多用したせいで彼も限界が近づいている。ウェントゥスは力を回復させるために、分身を1体呼び寄せて取り込もうとした。ところが、クセルクセスがそれを許さない。

『サセるカぁァ!!』

奴は先ほどよりも強い衝撃波を放って再び分身を吹き飛ばし、そして、その威勢を維持したままウェントゥスへ目掛けて巨大な拳を振り下ろそうとした、まさにその時。紫白色の太い光線が攻撃してきた腕を飲み込んだ。ある程度の力の回復を終えたルナによる攻撃だった。


『ウオォォァァ!!』

悲鳴に近い雄叫びをあげてクセルクセスは暴れながら後退りする。その隙に、ウェントゥスは改めて分身を取り込み、力を回復させながら、ルナの近くまで引いていった。

「以前とは比べ物にならないくらい光線の威力が上がってる!」

ウェントゥスは興奮しながらルナに言うと、

「言ったでしょ。私も強くなっていくって。」

と、少し得意げに返された。



 二人揃って改めてクセルクセスに対峙した時、奴は木や水属性の力で裂けた部位と消し去られた腕を再生しようとしていた。ルナはそれを阻もうとして再び光線を吐いたが、今度は奴が展開した暗黒の防壁によって逸されてしまった。

「圧倒的攻撃力、防御力、そして再生力か。さて、ここからどう攻めようか。」

ウェントゥスがルナに相談するかのように呟くと、

「外部からの攻撃は致命傷にならないみたいね…。となると…」

ルナは途中まで言って考え込んでしまった。


 現時点で把握していることを整理すると、クセルクセスの体内にはウェントゥスの分身25体分ほどの力以外に、数多の霊獣や魔獣が蓄えられているのだろう。それに、人型の下腹部にある顔の口を何とかしなければ、無尽蔵に力を吸収されてしまう。その上、こちらの攻撃も下手に接近すれば、拘束されて食われてしまうし、遠距離攻撃は不意を突かない限り、ほぼ無力化ないし養分にされてしまう。


 ふと、ウェントゥスはとある作戦を思い付いた。ただ、それは一か八かの賭けであり、賭けに負ける=死を意味するものである。そんな中、体を修復し終えたクセルクセスは、

『ククククク、餌の分際でなかなか楽しませてくれる。だが、こちらにも都合があるんでね…。そろそろ遊びは終わりにしようか。』

と言うと、全身からあらゆる力を更に解放した。それによって周囲の地面が割れてその破片が舞い上がる。ウェントゥスとルナは感じたことがないほどの圧迫感に襲われた。


 奴は片手を挙げると掌を開けて、ウェントゥスに向けて握る仕草をした。ウェントゥスは意図を見極めようとしていたが、

「避けてっ!」

というルナの声も虚しく、彼はあっという間に見えない何かに体を拘束されてしまい、身動きが取れなくなってしまった。

『そこの変わった竜は後のお楽しみにして、まずはお前からっ!』

と言いながらウェントゥスを引き寄せた。


 ルナはウェントゥスを解放しようと光線を吐いたが、なんということか、クセルクセスのもう片方の手で軽々と防がれてしまった。その巨躯から放たれ続けている圧迫感に違わず、今の奴は先程までとは次元が違う強さとなっている。そんな中、ウェントゥスは拘束されながらも抵抗することなくただ一言、

「月影を!」

と、ルナに呼びかけた。


 ルナはハッとしてすぐさま「月影」を呼び寄せると、それをウェントゥスへ飛ばした。そして、ウェントゥスが「月影」を手にしたのとほぼ同時に、彼は例の口に食われてしまった。

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