【第三十六話】再会(後編)

 ウェントゥスはまず出鱈目に攻撃指示を出した。だが、彼を知る者は皆、これが作戦の一環だと察して、素直にそれに乗じるだけでなく、中には本当に錯乱したと思わせるような熱い演技をする隊員すらいた。一方の相手は、いよいよ獲物たちが狂い始めたのだと考え、タイミングを測ってまとめて刈り取る準備に入った。


 辺り一帯に次々と火の大矢が刺さっていく中、姿の見えない何かは着々とウェントゥスたちの近くへと忍び寄っていった。そして、いよいよ自身の攻撃が防壁を貫通できそうな地点にまで来た、その時。その足元に大きな魔法陣が出現したかと思うと、「付」と「解」の属性文字が浮き出て、瞬く間にその何かを場に固定しつつ、光学迷彩バリアを剥がしていった。因みに、魔法陣と属性文字は攻撃のどさくさに紛れて設置されたものである。



そこに現れたのは異様に発達した3本の尾を持つ巨大なサソリで、尾の先端は星球武器のような形状になっており、無数の針が生えている。一方で、本来頭部と思われる場所には鈍く光る人の上半身の形をした何かが生えていた。


その異様な存在はギラギラと黄色く光る目を見開きながらウェントゥスをまじまじと見つめ、悍しい叫び声を発したかと思うと、

「ドウヤラ、ショウショウ、オマエヲ、ミクビッテイタ、ヨウダ…」

と、語りかけてきた。それに対して、ウェントゥスは至って冷静に、

「獄炎大洞窟にいたお仲間は死んだよ。」

とだけ返した。


 しかし、異様な者は動揺することなく、見開いた目をより一層大きく見開き、左右に口が裂けそうなほどに笑みを浮かべるながら、

「ドウセ、カンゼンドウカ、デキナカッタ、ノダロ。オレハ、チガウゾ!」

と叫んだ。その能力に見合わず、情緒不安定なのかとウェントゥスが思っていると、

「オマエヲ、ミコンデ、オレノ、チカラ、ウケイレル、ナラ、ペットニ、シテヤッテモ、イイゾ。」

異様な者はウェントゥスの力に興味を持ったのか、このようなことを言ってきた。勿論、ウェントゥスが受け入れるはずもなく、

「その力を受け入れた結果、そんな醜い姿になるのなら、土下座で頼まれても嫌だね。おっと、その姿じゃ土下座できないか。」

彼はバカにしたような口調で返した。


 案の定、異様な者は怒りを顕にすると、

「ミノホド、シラズメ!オマエラ、マトメテ、クラッテ、クレルゥゥー!」

と言いながら、3本の尾を地中に刺し込んだ。どうやら地中から攻撃を仕掛けてくるつもりのようだが、それが実ることはなかった。


 一筋の蒼白い光が横に走り、3本の尾全てを切断してしまったからである。激痛のあまり、再び異様な者が悲鳴を上げるが、そこへウェントゥスのもう1体の分身が光の大剣を携えて、よろけている人型の頭上に現れたかと思うと、人型の部分とサソリの体諸共一刀両断にしてしまった。けたたましい断末魔と共に異様な者は崩れ落ちる。

「お前の敗因は…って、もう死んでるから言っても意味ないか。」

ウェントゥスは皮肉った。



 敵が始終ウェントゥスの掌の上で踊らされていたような一部始終に、上級精鋭部隊の者たちが一斉に歓声を上げた。特にイグニスとフローガの二人は誇らしげな気持ちさえ抱いた。


 この一戦を通して、ウェントゥスは少なからずの情報を得ることができた。例えば、霊獣や魔獣は乗っ取られると例外なく変異を起こし、形態や能力が大幅に変化したり強化されたりすること、乗っ取りが完了した際には人型の形をしたものがいずれかの部位に現れること、そして、この元凶たる存在たちは悪意に満ちており、自分たち(人間族)を虫ケラのように扱う、といったことだ。


 部隊が撤収準備をする中、ウェントゥスは自分の考えを交えつつ、報告書をまとめ上げた。そして、亡くなった調査隊員の遺体と変異したサソリの死骸を携えて、急ぎ朝の合流地点へと戻ることにした。



 ウェントゥスたちの帰還を、国王と数名の軍の上層部の者たちが感謝と労いの言葉と共に出迎えてくれた。尤も、例の残骸を見た時の皆の顔は引き攣っていたが。

調査隊員が全員火の国の者だったこともあり、国王は哀悼の意を述べると、火の国の方で各遺族の元へ丁重に届け、央の国への調査結果等の連絡もしておくと申し出た。一方、例の異様な者の死骸については、火の国で改めて分析してから報告するとのことだ。ウェントゥスもちょうど急ぎで向かいたいところがあったので、国王の計らいに厚く礼を申し上げた。



 ウェントゥスが立ち去ろうとした時、イグニスが声をかけてきた。彼はずっと言えずにいた、自分の目を覚ましてくれた礼をウェントゥスに伝えた。対するウェントゥスは、自然な笑みを浮かべながら、

「お役に立てて何よりです、イグニス先輩。」

と、丁寧に返し、フローガも交えて二言三言会話を交わした。そして、それを終えると、ウェントゥスは少し開けた場所に出て、使用許可が出ていたヒュッケバインの召喚に取り掛かった。


 彼が五弁七重の召喚陣を呼び出すと、中からヒュッケバインが雷電と疾風に纏われながら出現した。周囲にいた者たちは殆ど見たことがない七重の召喚陣そのものに驚いたのは勿論のこと、召喚されたヒュッケバインの姿に更に驚いてしまい、腰を抜かす者すらいた。


 そんな中、ヒュッケバインはウェントゥスを乗せると風を纏いながら一回羽ばたいた。すると、次の瞬間には既に上空高くまで飛び上がっていった。そして、雷と一体化したかと思うと、瞬く間に水の国の方角へと姿を消してしまった。



 ウェントゥスがサソリ型の敵と交戦していた頃、島ではルナが飛竜の姿で多数の変異した霊獣や魔獣の相手をしていた。


 その中には完全に同化したと思われる個体も少なからずいて、それらの強さは前回見えた奴らと同等ないしそれ以上であり、そしてそんな奴らを、夕闇の飛竜と似た翼を生やし、得体の知れない四足獣を下半身に持ち、上半身には重厚な鎧のようなものに包まれた人型が融合した巨大な「何とも喩え難い存在」が指揮していた。


 圧倒的強さを持つルナとはいえ、これだけ大量の強力な変異体を相手にするのは流石に骨の折れることだ。それに、全体の指揮を取っている例の存在は未だ手出しすらしていなく、その強さは未知数である。



 他勢に無勢。これまでの霊獣や魔獣たちと違って、倒しても、倒しても、無尽蔵の如く、どこからともなく湧いて来ては捨て身かのような攻撃を仕掛けてくる変異体たちを相手すること半日。ルナにもそろそろ限界が近づいてきた。


 どれくらい前だろうか、ウェントゥスからこちらに向かっているとの連絡があったが、この調子ではとてもそれまで持ちそうにない。それに、彼にこの大軍の相手をさせるのは死なせるに等しいだろう。

(ごめんなさいウェン…。どうやら10年後の約束は守れそうにないかも…)

彼女が心の中で覚悟を決め、胸部を赤く光らせ始めたその時。一筋の太い雷光がルナの頭上を通り過ぎたと思うと、それは彼女を取り囲む霊獣や魔獣たちへと電撃をばら撒き、彼らを悉く麻痺させてしまった。


 サッと、雷光から二対の漆黒の翼が広がる。

「!?」

それは異様な姿をした巨大鴉であり、その上にはウェントゥスの姿があった。雷の力と風の力の相乗効果によって、その速さにデッドゾーンの魔物達は手を出す暇もなく、ヒュッケバインは半日足らずで虹の大陸から島へと辿り着いたのである。


 思いがけぬタイミングで救世主の如く現れたウェントゥスに、ルナは感情を抑えきれず彼の名を呼んだ。それに応えるように、ウェントゥスは顔を半分だけ彼女に向けると、

「待たせたな!」

と返した。そして、今度は顔を「何とも喩え難い存在」へ向け、

「さあ!反撃の時間だ!」

と叫んだのと同時に、彼の周りに優に50体はいると思われる分身が一斉に姿を現し、そのそれぞれが力を解放した「月影」を連想させる光の大剣を召喚すると、変異した霊獣や魔獣の大軍へ向けて斬り込んでいった。

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