【第三十五話】再会(前編)

 獄炎大洞窟の入り口まで辿り着いたウェントゥスたちは、このまま変異した姿のヒュッケバインで央の国へ帰るのは、要らぬ警戒を招いてしまうと考え、へリオスの不死鳥に乗り換えることにした。


 道中、ウェントゥスは思い出したかのようにヘリオスにあることを尋ねた。

「そう言えば師匠、洞窟で不死鳥を呼ばなかったのは何故ですか?」

と問いかけると、彼は、

「不死鳥は確かに強力だ。だから敢えてその力に頼らずに、自分の力を磨こうとしたんだよ。そうすることで不死鳥もより強くなるしな!それに、愛着が湧いて戦いに出しにくくなってね。」

と、少し照れ臭そうに笑いながら答えた。


 へリオスに受け継がれた時、不死鳥は超位三段級だったが、召喚獣は召喚者と共に強くなるため、今の不死鳥はそのクラスを優に超えていたのである。ウェントゥスが、不死鳥もそれを聞き、彼女が見込んだだけはあると嬉しそうにしていることを伝えると、

「願わくは、私も君のように霊獣や魔獣と会話ができたら良いのだがね。」

へリオスは笑いながら返し、他のメンバーもうんうんと頷いていた。


 少なくとも今回の出来事を省みるに、霊獣や魔獣と会話ができることで少なからずの衝突を避けたり、思わぬ恩恵が恵んできたりすると皆は考えていた。勿論、ウェントゥスもそう考える一人に含まれており、彼にとって、霊獣と魔獣がこれほど意思疎通できる相手だとは思っていなかった。ただ依然として、ウェントゥスは何故自分が霊獣や魔獣と会話できるようになったかは、わからないままであるが。



 一行は予定の半分の日数で帰って来たが、既に調査統括本部は慌ただしい状況になっていた。


 話を聞くと、戻って来た調査隊はいずれも負傷者が多く、一部既に帰って来てもおかしくない調査隊が未だに帰ってこないのだとか。そのため、各国への軍隊派遣要請を検討しているとのことらしい。一方で、帰還した者らの報告で把握したことは、いずれの調査地点においても、見たことないような霊獣や魔獣、或いは属性や能力がかなり変化した霊獣や魔獣がいたとのことだ。


 ウェントゥスの悪い予感が当たった。虹の大陸各地でおそらく人為的に変異を引き起された霊獣や魔獣が調査隊を襲ったのだろう。黒幕の正体と目的はまだ不明であるが、洞窟で遭った例の存在からして、少なくともこの大陸の者ではないことだけは確信できた。それは同時に、虹の大陸内に大勢の正体不明の者たちが霊獣や魔獣と融合した形で侵入していることを意味する。


 へリオスたちはグループ内で意見をまとめると、早速緊急会議の開催を要請した。



 獄炎大洞窟での一連の出来事を聞いているうちに、会議メンバーたちの表情が徐々に深刻になっていく。


 短い話し合いの末、現時点の急務は、行方知れずの調査隊の捜索とともに調査地点における変異体の討伐ということに決定した。追加した分も含めると、調査場所は虹の大陸全体で数百箇所近くに及ぶため、各国への軍要請も即決された。


 他方、シルフィ、ヴァルナやシンシアといった七星学院関係者など、主戦力になりそうな面々にも召集がかけられ、各調査地点への増援として派遣されることとなった。出発日時は翌日の朝に決まり、準備や各国への要請等もあって会議は早々に終わった。


 七星学院を卒業してから、ウェントゥスは一応実家で暮らしているが、古文書の解読や諸々の便宜上、七星学院内にも練気や鍛錬に適した部屋を借りている。その日、彼は実家へ寄って両親との夕食を終えると、早々に学院内の部屋へと戻っていった。明日の派遣に備えて分身の作成をしつつ、ルナと連絡を取るためである。


 お互いの報告の中で、ルナも変異した霊獣と魔獣の親玉らしき存在を確認したことや、それらは明らかに結晶窟を狙っていることなどを話してくれた。一銭を交えた感想として、その変異体たちはこれまでの頭領クラスとは比べ物にならないくらい強いらしく、今のところ全て撃退できてはいるが、いずれ大規模で来襲するかも知れないとのことだ。


 ウェントゥスは嫌な予感がしたので、彼女に気を付けるよう伝えたところ、

「貴方に心配されるとはね。でも、ありがとう。」

と、ルナはそう返したが、内心かなり嬉しかった。

その晩、ウェントゥスは分身を作成し続け、結局翌朝まで一睡もしなかった。



 翌日、派遣メンバー一同は「集いの広場」に集まり、最終確認や互いの無事を願い合うと、各国の軍と合流するために各々出発していった。一方のウェントゥスはヘリオスに請われて一緒に火の国へと出発した。


 道中、へリオスはイグニスやフローガが所属する上級精鋭部隊と行動を共にすることをウェントゥスに伝えた。ウェントゥスはそれを聞いて、何となく彼の考えを察したのと同時に、縁とはわからないものだなと考えていた。



 火の国の首都にある合流地点に着くと、既に現国王と上級精鋭部隊の者たちが集まっていた。へリオスは父王と軽く会話を交わすと、ウェントゥスに上級精鋭部隊の全指揮権を委ねた。まさか全権を渡されるとは思っていなかったウェントゥスが驚いていると、へリオスは笑いながら、

「良い機会だから、彼らに君の戦い方を見せてあげてくれ。因みに、私は自身の親衛隊を連れていくよ。」

と言って託した。ウェントゥスは恐縮に思いながらも、それを承諾した。



 ウェントゥスは部隊へ慣れない挨拶をしたが、彼の名を知らない者はいなく、皆共に行動できることを栄誉に思っているようである。ふと、イグニスと目が合う。彼は昔の見下したような視線ではなく、尊敬の眼差しでウェントゥスを見ている。その近くにフローガもいて、彼もウェントゥスとの久々の再会を喜びつつも、できるだけキリッとした表情を崩さずにいる。


 なお、ウェントゥスたちが此度向かう調査場所は、火の国の首都の南東に広がる陸珊瑚地帯に生息する「焔珊瑚」と呼ばれる強力な炎の力を宿した巨大な陸珊瑚周辺である。


 そこは火の国でも珍しい種類の魔獣たちの棲家で、数日前に調査隊がそこへ向かったまま、誰一人戻って来なかったそうだ。そこで、此度ウェントゥスたちに課された任務は、調査・救助を伴う再調査である。



 必要な確認を終えると、早速ウェントゥスたちは目的地へと向けて出発した。一方、へリオスの方は火の国の北部にある火山へ調査をすることになっていたので、ここでウェントゥスと別れた。



 陸珊瑚地帯は名前の通り、大きな陸珊瑚が生え乱れる地帯で、その上空には陸珊瑚が排出した、赤紫色にグラデーション掛かった特殊なガスによって形成されたと思われる防壁のようなものが展開されており、空からの進入はおろか、視界そのものが遮られていた。そのため、基本的に地上ルートから入り、鬱蒼と生える陸珊瑚下にある道なき道を進むことになるので、「焔珊瑚」までさほど距離はないものの、辿り着くには一苦労を要するものだ。

 ウェントゥスと上級精鋭部隊の一行はできるだけ陸珊瑚を傷つけずに、聳え立つ「焔珊瑚」を目指して進んでいった。道中で聞いた部隊の者の話によれば、以前はもっといろんな生き物たちが棲んでいたとのことだが、不思議なことに、今のところ、それら気配は一切しない。



 やがて「焔珊瑚」に近づくにつれ、次第に陸珊瑚の密度が低下していくのがわかり、部隊の者曰く、「焔珊瑚」が優位に立っていることで、栄養が不足になりがちな他の陸珊瑚が育たないのだと教えてくれた。


 いよいよ「焔珊瑚」の全体がはっきり見えて来た頃、完全に開けた場所が目の前に現れた。程なくして、前方で倒れている数人の姿に大勢の隊員が気づいた。服装の特徴からして、前回の調査隊の者たちだということがわかったが、ひとまず周りの警戒を怠らず、慎重にその者たちに近づくことにした。


 倒れている者らの近くまで来た隊員の多くが思わず顔を背けてしまった。その者たちの肌は焼き爛れ、体中にはいくつもの穴が空いていたのである。分析の結果、どうやら「焔毒」と呼ばれる火属性の毒によるものらしい。それは、この「焔珊瑚」が持つ毒と同一の性質とのことだが、遺体に開いた穴を見るに、犯人は「焔珊瑚」ではない可能性が高い。



 ウェントゥスたちが詳細な調査を始めようとしたところ、突如、無数の赤紫色をした大きな針が一行へ目掛けて飛来してきた。幸い、ウェントゥスがあらかじめ部隊を丸ごと包むように展開していた防壁がそれを防いだ。だが、その針は弾かれることなく、防壁に食い込んで分解しているように見えたため、ウェントゥスは片手で防壁を維持すると、もう片手で作成した分身を2体呼び出した。


 分身はそれぞれウェントゥスの左右へ展開すると、ウェントゥスと同様に防壁を展開した。そこへ、両側の防壁内に均等に展開するよう、彼が部隊に指示を出す。移動の際、隊員たちは攻撃が飛んできた方向を注視していたが、何も見えなかった。一方のウェントゥスは「焔珊瑚」の一部がやや歪んで見えたので、おそらく攻撃の主は姿を見えなくしている可能性が高いと考えた。


 幸い、敵の攻撃の威力が強くなかったためか、ウェントゥスの防壁は分解を耐え切った。ただ、この毒針が調査隊を全滅させた凶器なのは間違いないだろう。

ひとまず、ウェントゥスは景観がやや歪んで見える位置への攻撃を命じた。それに応えて、左右に展開した部隊はすぐさま火の大弓を召喚し、一斉に指示された位置へ向けて火の大矢を放った。


 数十本の火の大矢が大きく放物線を描いて「焔珊瑚」に突き刺さり、そのまま吸い込まれていく。外したようだ。そんな中、ウェントゥスは視界の隅に地面の砂が少し浮くのが見えた。


 彼はすぐさまその方向を指し示し、部隊も急ぎその地点へ鋭い射線で矢を放ったが、今度も矢が地面に刺さるだけに終わった。対象は姿と気配を隠しているだけでなく、行動そのものも隠密で俊敏のようだ。


 その後、2回ほど攻防が続いたが、いずれもお互い進展なしのまま終わった…はずもなく、ウェントゥスには既に勝ち筋が見えていた。というのも、相手からの攻撃を観察していた彼は、その威力が防壁を貫通するにはかなり近距離からでなければならないことを察したからである。となれば、こちらから最適の攻撃地点とタイミングを提供してあげれば良いのだ。

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