【第三十四話】異種

 ウェントゥスの視線に釣られて皆がそちらに目を向けると、それは錯覚ではなく確かにヒュッケバインの胸部から背中にかけて中で何かが蠢いているのが見てとれた。


 他のメンバーも何やら不気味な現象に思わず身構えた次の瞬間、霊魂が体から抜け出るかのように、ヒュッケバインの体から人型の何かがするりと這い出てきた。そして、それはギラギラと黄色く光る目を見開いてウェントゥスを凝視しながら、力を振り絞ったような声で、

「アト…スコシ…ダッタ…ノニ…」

と言ったかと思うと、全身から黒い血を流しながら息絶えてしまった。


 目の前で起こった出来事をまだうまく飲み込めずに暫く全員が固まっている中、ヒュッケバインが意識を取り戻したのか、鳴きながら暗黒の手から逃れるかのように踠き始めた。


 その動きで我に返った一行は何とかヒュッケバインを押さえつけようとしたところ、ウェントゥスはヒュッケバインの言っている内容が完全に聞き取れたのに気が付き、今なら対話できるかもしれないと考えて声かけてみた。

「落ち着いてください、鴉の王よ。我々は敵ではありません。」

ヒュッケバインは目の前の小さき者の呼びかけに応え、踠くのをやめたが、代わりに束縛を解くように伝えた。



 解放されたヒュッケバインは体を起こすと、

「何故余はこんなところにいるのだ?」

と、ウェントゥスに尋ねたが、むしろ知りたいのはウェントゥスの方なので、彼は戸惑いながら、

「記憶が、ないのですか?」

と聞き返した。そこへ、記憶だけでなく、体にも異変が生じていることにヒュッケバインは気付き、

「どうなっている?何故余に翼が余計に一対存在するのだ?それに何故雷と水の力が…?」

と困惑した。


 ひとまず、ウェントゥスは先程の出来事の一部始終を言い聞かせることにした。


「ということは、余の中に何者かが入り込んで、余の体と力を変えてしまったというのか…!?」

話を聞き終えたヒュッケバインは尚も信じ難い態度をとっている。だが、突然何かを思い出したのか、ヒュッケバインは急に、

「いや、思い返せば余は長い夢を見ていた。その夢の中で、余は何者かに底知れない闇へとじわじわ引き摺り込まれそうになり、余はそれに必死に抵抗した気もするが、何故かよく思い出せない…」

と、口にした。


 どうやら、得体の知れない例の存在に憑依された霊獣や魔獣は、自我と記憶があやふやになって行き、最終的に完全に乗っ取られてしまうのだろうとウェントゥスは考えた。とりあえず、ウェントゥスは自身の考えと共に、ヒュッケバインとの対話を皆に共有した。


 それを終えると、

「鴉の王よ、この者に見覚えはございますか?」

ウェントゥスは改めてヒュッケバインの横に転がっている例の屍を指した。ヒュッケバインは冷静にそれを観察するも、記憶にないと返答した。しかし、事実は事実なので、ヒュッケバインは怒りの余り、その鉤爪で例の死骸を八つ裂きにしてしまった。そして、

「結局何者かはわからないが、あと少しというのはおそらく、もう少しで余を完全に乗っ取ることができたという意味なのだろう。」

と答えた。


「なるほど、それは確かに悍しい存在のようだ。」

いつの間にか、話を聞いていたケルベロスがそう話ながら最深部の入り口からこちらへ進んできた。どうやら他の変異していた霊獣や魔獣たちを全て片付けてきたようだ。


 ケルベロスが最深部に足を踏み入れるのと同時に、氷の結界の残骸は完全に溶けてしまい、最深部は再び灼熱地獄へと暑さを増していく。碧と翡翠はさりげなくメンバー全員とヒュッケバインに「水のヴェール」をかけた。

「それで、俺様たちの寝床は戻って来そうか?」

真ん中の頭が尋ねると、ウェントゥスは頷きながら、

「ちょっと所々損傷していますが、ケルベロス三兄弟の力を以てすればすぐに元に戻るでしょう。」

と答えた。ケルベロスはそれを聞くと、まるで子犬のようにはしゃいだ。巨体故に地響きは物凄かったのは言うまでもない。一方、この光景にヒュッケバインはケルベロスが可愛い奴に思えたようだ。



 ヒュッケバインが力を回復させている間、ケルベロスはウェントゥスに約束通り願いを聞いていた。皆と相談した結果、ウェントゥスが召喚獣契約を結ぶことになった。早速、彼は次元指輪から究極召喚石を取り出すと、ケルベロスと契りを結んだ。終わり際、

「召喚獣となったからには、ここで寝てばかりはいられませんよ。一緒に強くなってもらいますからね。」

というウェントゥスの言葉に、気ままに寝ていられなくなると落ち込んだケルベロスの3つの頭がしょんぼりした姿を見て、皆が笑った。ただ、ウェントゥスはケルベロスに引き続きこの洞窟にいてもらうことにした。ここにいる方がより力を高められると考えたからである。


 すると、一部始終を眺めていたヒュッケバインが、

「もう元の余ではなくなってしまったゆえ、故郷には戻れない。ウェントゥスと言ったか、この命と力を救ってくれた其方のために使おうと思うが、どうだ?」

と、話の輪に入ってきた。


 皆がこの発言に驚いた。凶鳥として、鴉の王として知られるヒュッケバインはその気高さ故に、過去にたとえ打ち負かされたとしても、決して召喚獣契約を結んでくれることはないという伝記があったからである。


 ウェントゥスも驚きのあまり一瞬言葉が出なかったが、命を救われた恩を感じての鴉の王自らの申し出を断る理由もなかったので、謹んで受けることにした。ただ、ケルベロス同様に更なる高みを目指して切磋琢磨するよう伝え、故郷の代わりに召喚獣空間(召喚石内、ないしは召喚者の識界の中の一部)に滞在してもらうことにした。


 こうしてウェントゥスは立て続けに2体の強力な召喚獣を手に入れることができた。



 調査も無事に終わり、一刻も早く央の国へ帰って報告する必要があると考えた一行はケルベロスに別れを告げると、ヒュッケバインに乗って洞窟の入り口まで飛んで行くことにした。変異したヒュッケバインは、もともと備え持つ強力な風の力に加え、雷の力による増強も相まって、巧みに且つ尋常ならぬ速さで飛ぶことができ、あっという間に最深部から入り口までたどり着いてしまった。

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