【第三十三話】凶鳥
最深部に入ったのと同時に、氷の壁は再び元通りに修復してしまった。一行はその異様な修復力に驚きながらも、それ以上にあるものが視界に入って、唖然としてしまった。結界空間内に夥しい数の巨大な氷針様のものが放射状に広がって、氷の巣のようなものを形成しており、その上空に巨大な雷雲様の塊が鎮座していたのである。
突如として、雷雲の中で2つの黄色く光る球が見えたかと思うと、その雷雲から轟音と共に凄まじい雷撃が放たれた。
ウェントゥスが咄嗟に展開した防壁によって直撃は免れたものの、雷撃は氷針を介してその巣の中央に再度集結していった。ウェントゥスはすぐさま、道中で作成した5体の分身の内の4体を呼び出すと、防壁の外側に半球状の結界を作り出させた。次の瞬間、集結した雷の塊は眩い光とともに大爆発を起こした。
凄まじい電撃と爆風がウェントゥスの結界を襲ったが、夕闇の飛竜と一戦を交えた時よりも格段に強くなっていた結界が破られることはなかった。
辺りに静けさが戻った頃、爆発によって雲散した雷雲の中から二対の大きな翼を持つ漆黒の巨大な鴉が姿を現した。
「あれはまさか…、ヒュッケバイン!?」
へリオスの声だ。
ヒュッケバインは恐ろしく強力な風の力を持つ伝説の大鴉(魔獣)である。だが、言い伝えにあるその姿は鴉の特徴に違わず一対の翼なのに対して、目の前にいるそれは二対の翼を持っていて、その上、一対の翼は氷のオーラを纏っており、もう一対の翼は雷のオーラを纏っている。
「これは本当にヒュッケバイン…なのか…?」
ウェントゥスはその姿を疑っていると、
「もとはヒュッケバインに違いはないわ。あれの中に恐ろしく強い風の力を感じる!」
リディアが答えた。彼女の中の風の力が、対象の持つ風の力と共鳴したのだろう。
そんな中、ヒュッケバインはゾッとするような鳴き声をあげると、口から雷撃を放ってきた。だがそれはウェントゥスたちを狙ったものではなく、氷の巣に向けてである。
砕け散る夥しい数の氷針。ヒュッケバインはすかさず二対の巨大な翼で風の渦を形成し、それらを巻き込んで、嵐のようなものを築き上げた。
「ヘイル・テンペスト…」
ウェントゥスはそう呟いた。彼には、先程のヒュッケバインの叫びがそう聞こえたようだ。
氷の嵐は空間内の氷を破壊しながら巻き込み、更に威力を増しながらウェントゥスの結界へと向かってきた。これ以上威力が増すと、この空間そのものが崩壊するかもしれないと考えた彼は、残る1体の分身を呼び出すと「解」の文字をそれに付与し、光の大剣へと変えた。そして彼はそれを手に取り、氷の嵐へと斬りかかっていった。
光の大剣から放たれた最大威力の光波は氷の嵐と相打ちになり、その場に無数の光の粒子を生み出したのも束の間、ヒュッケバインが猛スピードで突撃してきた。
ウェントゥスは防壁に守られていたが、ヒュッケバインとの激突の衝撃は凄まじく、ある程度威力を減衰させたものの、防壁が砕け散ってしまい、彼は衝撃によって一気に吹き飛ばされてしまった。
咄嗟にリディアが「迅雷の歩み(超高速移動の一種)」で吹き飛ばされたウェントゥスへ瞬時に駆け寄り、彼を受け止める。しかし、ヒュッケバインの攻撃はそれだけに終わらず、瞬く間に体勢を立て直すと、もう一度ウェントゥスに目掛けて突撃していった。すかさず、そこへ碧と翡翠による「水のクッション」がヒュッケバインを捉え、その動きをわずかばかり鈍らせた。
ウェントゥスはその間、漂う光の粒子で帯を形成して衝撃を更に和らげ、何とかリディアと共に無事に着地することができた。一方、風雲はヒュッケバインの激しい攻撃を止めようと「闇の手(鬼手の暗黒の力版)」でそれを掴もうとするが、ヒュッケバインは強力な風のバリアに守られているのか、「闇の手」が弾かれてしまった。
「なんて力だ…。」
思わず風雲が呟く。
そんな中、へリオスが「ウーラノス」に火の力による攻撃力強化を施し始めた。そこへリディアが風の力でバフ(速度と武器に切れ味)をかけ、そして雷の力でヘリオスを飛ばした。
最高威力の突きが放たれる。
しかし、そのバリアを打ち破ることはできなかった。どうやら、奴のバリアはあらゆる属性と物理攻撃を著しく減衰させる効果があるようだ。
相変わらず、ヒュッケバインが考える時間をも与えぬ勢いで、次から次へと攻撃を繰り出してきたため、仕方なく全員一旦ウェントゥスの結界内へと避難することにした。
今のところ、ヒュッケバインの大技「ヘイル・テンペスト」を打ち消したことで、窮地に立たされる心配はなくなったが、その一方で、凶鳥を大人しくさせる手立てもない。仲間の攻撃は悉くバリアによって弾かれるし、唯一攻撃が通りそうなウェントゥス本人は、容易に接近を許されない。かといって、広範囲技を放とうものなら、この空間が崩壊しかねない。
「月影」さえあれば一気に大量の分身を作り出して畳み掛けることができるのに、という考えが彼の脳裏をよぎった。だが、すぐにルナとの約束を思い出し、
(月影の力を借りなくともこれしきの奴も倒せないようでは!)
と、自分を奮い立たせながら、必死に考えを巡らせた。
(ヒュッケバインは荒れ狂うように飛びながら攻撃してきており、その上、一撃一撃が素早く且つ重い。
土属性の補助による強靭度を上げることが出来れば対応できる可能性もあるが、味方にそれを使用できるメンバーがいない。となれば、機動力を活かして攻撃を全て躱しつつ、カウンターを入れる形で攻めるしかない。
リディアの超高速機動はそれを可能にするが、彼女の攻撃そのものが通らない…。仕方ない、あれを使うか!)
ウェントゥスはルナから伝授してもらった「シャドウステップ」の使用を解禁しようとしていた。
正直、力の消耗の面ではまだ心許ないが、そこはウェントゥスなだけあって、逆にこうした実戦で使用することこそが上達へに繋がるのだと考えを改めた。
(まさにこれを使う時が来たというやつか!)
気合い十分なウェントゥスは光の大剣を構えると、結界を展開していた4体の分身全てを取り込みながら、全身に意識を巡らせた。
他のメンバーは、ウェントゥスが強行突破でもするのかと思った次の瞬間、彼は残像を伴いながら、リディアの「迅雷の歩み」にも劣らぬ速さでヒュッケバインへ接近していった。
『この動きは!?』
全員が口を揃える。
ヒュッケバインは閃光の如く近づいて来るウェントゥスに再び攻撃を仕掛けるが、どういうわけか、攻撃が当たったと思ったら、それは残像を掠めていた。明らかに先程と違うウェントゥスに違和感を感じながらも、ヒュッケバインは引き続き攻撃を仕掛けるが、やはり同様の結果となる。対するウェントゥスは、シャドウステップで攻撃を躱しながら、できるだけ力を浪費しないように一撃一撃、確実にカウンターを差し込んでいった。
荒れ狂うように飛び回りながら攻撃していたヒュッケバインも、ウェントゥスのカウンター攻撃によって次第に力を失っていき、ついには飛ぶ力も無くしたのか、よろめきながら地上へと舞い降りてきた。
そのタイミングで風雲が再び「闇の手」を唱えて、ヒュッケバインから力を奪いながら抑え込んだ。これで凶鳥改め「狂鳥」も簡単には暴れることができなくなっただろう。
程なくして、ヒュッケバインは「闇の手」によって気を失ったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。一方のウェントゥスはシャドウステップの扱いが上達した気がして満足するも、殆ど力が残っていなかったので、彼はヒュッケバインの前に降り立つとともに座り込んだ。
早速、碧と翡翠が駆け寄り、自分たちの力をウェントゥスに分配する。そこへ、他の皆も駆け寄って来る。
「今の動き、まさに…」
と、へリオスが言いかけたところ、
「まさにあの夕闇の飛竜のようだったね!」
リディアが目を輝かせながら言い放った。碧と翡翠は夕闇の飛竜を実際に見ていないのでよくわからなかったが、凄いことなのは実感できた。
「いつの間にあんな凄い動きを身につけたんだい?」
と、風雲が尋ねると、ウェントゥスは頭を少し掻きながら、
「いやあ、あの夕闇の飛竜の動きを見てかっこいいなって思って…それで見様見真似で…、いつの間にか、できるようになったというか…」
と、何だか歯切れが悪そうに答えた。無論、嘘だからである。
更なる追及を覚悟したウェントゥスだったが、思いの外、皆はただ感心しているだけであった。
一旦落ち着いた後、皆は目の前で押さえつけられているヒュッケバインに話を移した。
「ヒュッケバインの生息地は風の国の上空を巡回する浮遊島だと思うが、何故こんなところに…」
ヘリオスのセリフを噛み砕いて解釈すると、獄炎大洞窟は火の国と風の国に跨っているとはいえ、浮遊島(空中)と洞窟の最深部(地底)は当たり前のように全く繋がっておらず、この地でのヒュッケバインの出現は違和感しかない、ということだ。
「それに、ヒュッケバインの強さは超位二元級から三段級のはずだが、このヒュッケバインは超位三段級を軽く超えてた…。」
ウェントゥスが続く。そんな中、リディアが先ほどから気になっていることをウェントゥスに尋ねた。
「そう言えば、ヒュッケバインと対話はできなかったの?」
その問いかけにウェントゥスは、
「呼びかけには一切反応しなかった。それと、これも変なんだが、所々聞き取れるけど、大抵の場合、自分にもただの雄叫びにしか聞こえなかった。まるで…」
と、表現の仕方を考えていると、
「まるで、ヒュッケバインと他の何かが混ざり合っているかのように、かな。」
リディアが補足してくれた。ウェントゥスも、そう!そんな感じと同調した。
このやりとりに、
「リディアさんは、強い風の力を感じて、ヒュッケバインだと言っていましたけど、何か他の存在も感じませんでした?」
と、風雲が彼女に確認したところ、リディアは頷き、
「多分風雲も感じたんだと思うけど、ヒュッケバインと何かが時々交互に、時々並列して存在しているのを感じた。」
と答えた。そんな中、ウェントゥスは視界の端でヒュッケバインが何かもぞもぞしているのを捉えた。
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