【第三十二話】異変(後編)

 ケルベロスと別れてから暫く奥へ進むと、火と氷の力が拮抗する境界が見えてきた。どうやら境界より向こうは今の洞窟の主の領域ということなのだろう。


 恐る恐る氷の力の境界へ踏み入れたところ、途端、骨を刺すような寒さに襲われた。流石にこの洞窟の環境を塗り替えることができるだけあって、遠く離れたこの場所でも冷気が凄まじい。すかさず、へリオスが「原始の火」の力を込めた魔法のコートを全員に羽織らせる。そのコートは暖かさを提供してくれるだけでなく、周囲の冷気を払って寄せ付けないようにしてくれているようで、辺り一帯の寒さによる影響を激減させた。


 一行は移動を再開するが、原初の火の力を感じ取ったのか、或いは侵入者に勘づいたのか、間も無く一群の霊獣と魔獣が姿を現し、一行の前に立ち塞がった。姿はサラマンダーや溶岩竜など、もともと火属性や土属性のものたちだが、例えば、サラマンダーは火の代わりに氷を纏っていたり、溶岩竜はその装甲が氷になっていたりして、明らかに性質が変わっている。


 霊獣と魔獣たちはウェントゥスの呼びかけに応えることなく、一斉に攻撃を仕掛けてきた。彼らは氷の結界の恩恵を受けているからか、溶岩竜はともかく、サラマンダーですら、その氷の装甲のせいで殆ど攻撃が通らない。


 これは結界の力を弱めると同時に、相手の氷の装甲を剥がすしかないと考えたヘリオスは、「ウーラノス」を構えると、そこから彼が編み出した槍術の技の一つである「蒼竜アズールワイバーン(纏わせた原初の火が飛竜を象り、へリオスと一体となって舞う槍の乱舞)」を放った。その攻撃は次々と霊獣や魔獣の氷の装甲を剥がし、結界の氷を融解させていった。


 そこへ、リディアが待っていましたとばかりに強力な雷と風の力を纏った「イクシード」で一気に溶岩竜たちを貫いていき、サラマンダーの類が体内から再び氷の衣を錬成しようとしているところに、今度は風雲が次々と毒棘の術で分泌器官を攻撃してそれを阻止していく。


 一気に無力化、ないし戦闘不能状態にされた霊獣と魔獣たちは、いつの間にか自己修復した結界の氷によって瞬く間に閉じ込められ、氷漬けにされてしまった。

「どうやら、ここで下手に無防備になると漏れなく死が待っているらしい。」

へリオスはそう言いながら、皆に力の消耗に関する注意を促した。


 今し方集団を片付けたのも束の間、変異した魔獣や霊獣の集団が次から次へと波状攻撃のように押し寄せて来た。


 へリオスの攻撃で弱体化させて、リディアと風雲の攻撃で無力化させる。そして碧と翡翠は秘術を用いて、メンバーの消耗した力を補う。このような繰り返しで徐々に奥へと進んではいるものの、消耗が補充を上回っているため、このままでは最深部に辿り着く前に、自分達が氷漬けにされてしまうだろう。


 この状況に、事前の作戦会議にて最深部での戦闘に備えて力を温存することになっていたウェントゥスは、何とか解決策はないかと考えを巡らせていたが、ふと重大な見落としをしていたことに気が付いた。


 彼は他の皆に暫くその場で戦線を維持するようにお願いすると、「解」という属性文字を描き出した。元々洞窟の環境は自然現象によるものだが、この氷は結界の力によって作られたものだ。つまり、「解」の属性文字でそれを解くことはできるのではないかと考えたわけだ。


 ウェントゥスは描き出した属性文字を氷の地面に刻印すると、果たして辺り一帯の氷はみるみるうちに濃密な藍色の光の粒子となって崩れていってしまった。それと同時に、背後からケルベロスの力に由来すると思われる熱が漂ってくる。もともとこの洞窟の環境と相性がいいケルベロスの力は離れた場所からでも影響するのだろう。


 結界による補助を失ったところに、自身らにとって不利な熱気が充満して来たことで、変異した霊獣と魔獣は慌ただしく奥へと後退していった。そんな中、ウェントゥスは、今度は「同化」の属性文字を描いて自身に纏わせると、濃密な藍色の粒子を取り込んでいった。


 以前、「月影」の封印文字を解読した際に、各元素属性の力と自分の力の関係を理解したウェントゥスは、分解した各属性の力を自分の力に変換するために「同化」を意味する属性文字を見出していたのである。


 彼は分解した結界の力を吸収すると、それを更に転換して全員に分配した。勿論、それでも十分量余るため、ウェントゥスはその残余分で分身を作り出し、その中に溜め込むことにした。


 このように、結界を壊して、その力を吸収し、分身を作り出す、ということを繰り返しながら一行は奥へと向かって行った。



 ウェントゥスが結界を徐々に破壊していったことで、洞窟内は再び本来の環境を取り戻し始めた。おかげで、変異した霊獣と魔獣が攻撃を仕掛けて来る頻度も激減し、ウェントゥスだけでなく、他のメンバーも力を十分に温存することができた。ただ、霊獣や魔獣が奥へ逃げて行ったということは、いずれその大群を相手しなくてはならないことを意味しており、相変わらず皆は気を緩めずにいた。



 一行はそのまま休むことなく最深部付近までたどり着いた。ウェントゥスが結界を片っ端から壊していったので、そこには行き場を失った大勢の変異した霊獣と魔獣たちが集結しており、分厚そうな氷の壁と共に最深部への道を塞いでいる。そして、その氷の壁からは、「原初の火」のコートを羽織っていてもなお、まるで骨の髄まで染みるような寒さを感じさせる冷気が放出されていた。


 そんな冷気を気にかけながら、いよいよ最深部へ突入しようという時、一行が背後に気配を感じたとほぼ同時に、3本の溶岩光線が彼らの頭上を通り過ぎて行ったかと思うと、直撃した地点付近一帯の霊獣と魔獣を消し炭にしてしまった。全員がその火力に驚愕と感心をしていると、

「奥にいる奴には勝てないが、こいつらの相手なら任せろ!」

というケルベロスの声がした。ケルベロスはどうやら結界が消えていくのを感じて後をついてきたようで、ウェントゥスが氷の結界を破壊していったことで、かなり調子が戻ってきたようだ。


 ひとまずケルベロスの助太刀に全員が感謝の意を表すると、

『もともとは俺様たちの寝床だしな、礼はいらんよ。それより奥の奴を倒してくれたら、願いを一つ聞いてやるぞ。』

と、3つの頭が声を揃えて言い終えるや否や、ケルベロスは再び溶岩光線を吐き、道を塞いでいた霊獣や魔獣を薙ぎ払って、ウェントゥスたちに最深部への突破口を開いてあげた。そこへ、ウェントゥスが「解」の属性文字で最深部を塞ぐ氷の壁を破ると、全員で最深部へと飛び込んだ。

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