第二章

【第三十話】起風

 島での一件から4年以上が過ぎた。その間、ウェントゥスと風雲とリディアの3人は、古文書解読や召喚石錬成や開拓調査隊などにおいて第一線で活躍し、数々の業績を残したことで、本来6年で卒業のところを2年ほどで卒業が認定されていた。


 その前代未聞の偉業に、学院内外問わず、いつしかこの3人のことを敬服と親しみを込めて、「ぶっ飛び三人衆(通称:三人衆)」と呼んでいた。因みに、同じグループのフローガや碧と翡翠も召喚石錬成での活躍が評価されて、つい最近前倒しで卒業していた。



 七星学院では多くの卒業生が社会人学生として仕事をしながら引き続きここで学んでいることもあって、ウェントゥスたちも引き続き学院に身を置くことを希望した。言うまでもなく、学院としては願ったり叶ったりで、彼らを特別教員に任命して、新入生の指導や一部の講義を任せた。


 特別教員は他の教員と違い、自分のやりたいことを優先できる立場だが、3人とも通常の教員に負けないくらい人材の育成にも精を出していた。風雲はミステリアスな感じに磨きがかかって、リディアは予想通りの魅力的な女性となっていたが、彼らの講義がいつも学生で溢れんばかりなのは、二人の才能と人柄に惹かれた他ならない。


 一方、ウェントゥスはと言うと、大陸中に幾度もその名を轟かせただけあって、もはや人気どうとかいう次元を超えて、学生たちに「生ける伝説」という二つ名を付けられ崇められていた。そんな彼の講義は言うまでもなく予約が取れないほどの人気があった。



 シルフィはウェントゥスを島から連れ帰った後すぐに卒業しており、ストームウォーカー家第八十八代目の若き当主となっていた。とは言っても、あのウェントゥスの基礎を作った手腕と才能を買われ、央の国の人材育成の第一人者を任されていたため、よく七星学院に出入りしている。因みに、ウェントゥスは特別当主から永久特別当主という、彼のために設立したシルフィよりも上の立場に置かれたが、当の本人はあくまでシルフィの補佐役に徹した。何はともあれ、そんなこともあり、シルフィはしばしば相談と称してウェントゥスと会っていた。


 へリオスは相変わらず王位を継ぐ気がないらしく、王家の仕事を最低限こなしながらも、再び七星学院へと戻って採取班に入ると、楽来と共に虹の大陸各地を文字通り飛び回っていた。ただ、可愛い弟子のことが気になるのか、フィールドワークから戻った時は必ずウェントゥスのところを訪れるようにしていた。その際、結構な頻度でウェントゥスに会いにきたシルフィとバッティングするせいか、いつしか二人の仲も近しくなっていった。



 ウェントゥスは定期的に識界でルナと会って、互いの近況を伺ったりしていたが、そんなある日の会話で、彼はヘリオスから聞いた、最近大陸各地で黒い鬼火のようなものの目撃情報が増えている、という変わった話をした。


 それに対してルナも、変わった話といえば、島では霊獣と魔獣が相変わらず結晶窟を狙っているが、最近少々変わった個体の霊獣や魔獣の姿を見るようになったとの話が出た。特徴としては、特定の部位が肥大化していたり、形状が変化していたりしているなど、外見的な変化が多いが、中には能力が元の個体から完全に変化しているものもいた、とのことだそうだ。


 ルナの考えでは、所謂「亜種」と呼ばれる変異個体ではないか、とのことだが、それが力脈の力によるものかどうかはまだわからない。彼女は、ウェントゥスと交えた激戦によって、力脈に何らかの変化が生じたことによる可能性を疑っているようだ。

とまあ、この時のウェントゥスが抱いた印象は、謎多き力脈のことだから、霊獣や魔獣の力を完全に変化させるような力も有しているのかもしれないし、遠い場所での話だなぁ程度だったが、程なくして、彼はその考えを改めざるを得なくなる。



 ルナと「変わった話」を交わした一週間後。へリオスと楽来が率いる採取班から至急の知らせを受けて、央の国で緊急報告会議が開かれることになった。


 採取班は希少な材料を求めて秘境に出向くこともしばしばで、此度の出先である、水の国と土の国の国境に位置する秘境にて、これまで確認した霊獣や魔獣とは姿が似ているが明らかに体の一部や属性が変化したような個体集団を確認したというのである。前代未聞の発見ということで、大事をとっての報告会議というわけだ。


 通例で訪問してきたヘリオス本人からその話を聞いたウェントゥスは何とも言えない不安感に襲われた。何故なら、その内容はルナの言っていたものと酷似していたからだ。そして、それまで霊獣や魔獣の変異は遠い島での話だと考えていたが、どうやらそれは島の力脈とかではなく、もっと別の得体の知れない何かによるものなのではないかと考え始めた。


 へリオスの話では、数日後に各国合わせて隊を編成して、大陸各地を調査するらしいとのことで、ウェントゥスは自分も是非調査隊へ加わりたいと彼に申し出た。それに対し、へリオスは笑いながら、

「君ならそう言うと思って、既にメンバーに加えておいたよ。」

と返した。その言葉にウェントゥスは内心の不安を一旦仕舞い、

「流石師匠!弟子のことをよくご存知で!」

と、へリオスを煽てながら礼を述べた。

ヘリオスと別れた後、早速ウェントゥスはこのことをルナにも知らせることにした。


 事情を聞いたルナは、

「タイミングと内容からして妙ね。これはもっと広範囲な話になってきたわね。」

と、考えを吐露すると、それに同調して、ウェントゥスも少し神妙な面持ちで、

「何か大きな変動が起ころうとしているのかもしれない…。」

と呟いた。


 とりあえずルナは引き続き島の方で調査し、ウェントゥスも何かわかったことがあったら互いに情報を共有するということにした。



 調査に向かう日の朝。ウェントゥスはヘリオスの率いる隊の集合場所に逸早く到着していた。ここ数年は殆ど学院に籠っていたのもあり、体が外の世界を求めて気合が入っていたのだろう。


 暫くして、風雲が現れた。二人とも卒業後もそこそこの頻度で会っており、ウェントゥスは彼も調査に参加することは聞いていたが、へリオスの隊に編入されるとは思っていなかった。

「てっきり楽来さんとこに編入されているのかと思ったよ。」

「最初はそうなりかけたけど、こっちの方が面子的に活動し慣れているから。」

「ってことは…」

と、ウェントゥスが言うが早いか、

「待たせたわね、お二人さん!」

というリディアの明るい声がした。


 彼女は伝説級神器を獲得してから特別グループへ引き抜かれてしまったこともあり、3人全員揃って活動するのはウェントゥスを島へ迎えに行って以来となった。因みに、プライベートでは週一あるかないかの頻度で彼女はウェントゥスと過ごしているが、それはまた別のお話。



 3人が再び一緒に活動できる喜びを分かち合っていると、

「よっ、三人衆!」

というへリオスの声が聞こえた。彼は採取班に入ってから楽来の影響を受けたのか、以前よりも増して朗らかな一面を見せるようになっていた。そんな彼の話では、後二人来るらしいとのことだが、まだ集合時間にはかなり早かったため、それまで互いの近況についての話で時間を潰すことにした。



 やがて、集合時間近くになった頃。

『おはようございます。少々遅れてしまいました。申し訳ございません。』

という聞き慣れた声がした。声の方を見ると案の定、双子の碧と翡翠がそこにいた。相変わらず二人とも完璧に声を揃えている。それに、彼女たちは通常の推薦枠で入学したため、ウェントゥスたちよりも3つ年上だが、敬語が慣れてしまったのか、今も変わらずウェントゥスたちに対しては敬語のままである。

「あれ?碧さんと翡翠さんは卒業後、確か開拓調査派遣機関で働いていませんでしたっけ?」

ウェントゥスがそう聞くと、彼女たちはまた声を揃えて、

『調査隊に参加して経験を積むようにとのお達しが出ましたので、折角なので、親しんだ方々とご一緒が良いかと思いまして、昨日こちらへ戻って参りました。』

と答えた。


 へリオスの話では、どういう経緯かは知らないが、ウェントゥスたちが参加すると聞いた彼女たちから打診があったらしい。兎も角、これで全員揃ったので、

「では諸君、出発しますか。」

というヘリオスの掛け声で、一行は風の国と火の国の地下に跨って広がる巨大洞窟へ向けて出発した。



 道中、話の成り行きでフローガの話が出たが、へリオスの話では、彼は今、兄のイグニスと一緒に火の国の上級精鋭部隊に所属しているとのことだそうだ。

「イグニス…。懐かしい響きですね。」

ウェントゥスは呟いた。イグニスはウェントゥスに負けてから、人が変わったかのように謙虚になっていったそうだ。



 火の国入りしてから半日。洞窟の入り口が見えてきたところで、へリオスが調査場所についての詳細な説明をし始めた。


 この地下に広がる大きな洞窟−獄炎大洞窟には言うまでもなく霊獣と魔獣が棲んでいて、火属性が5割、土属性が3割、風属性が1割、そして残り1割は複合属性という分布で、強さは上位五段級から超位二元級まで幅広いらしい。メンツ的に霊獣や魔獣のランクだけならばそれほど問題はないが、なんと言っても環境がかなり厄介である。


 名前に獄炎が付いているように、洞窟の深部は地中深くにあり、そこから絶え間なく溶岩が噴き出しているという。これだけでも十分に危険だが、更に洞窟が温度を保持しやすい構造をとっているため、奥に行けば行くほど暑くなり、最深部は灼熱地獄だという。


 これが何を意味しているかというと、たとえ超位二元級の霊獣や魔獣でも、火属性を有するものにこの極限環境が加わることで、超位三段級を優に超えるほどの力を発揮できるということである。


 調査で霊獣や魔獣と戦闘を行う予定はないが、向こうがそうとも限らないので、万が一戦闘になれば、こちらにとって不利の可能性が高く、いくつか戦略を立てておく必要があるだろう。


 説明を終えたヘリオスは、何か質問はあるかと皆に尋ねると、

「洞窟の主はいるんですか?」

ウェントゥスが何気なく尋ねた。ただ、へリオスは言われてみればという顔で、

「今まで主の存在は確認されていないが、確かに妙だとも思える。」

と返した。通常、霊獣や魔獣が棲む「区切られた空間」には必ずと言っていいほどその集団の頂点に立つ存在がおり、それは一般的に主と呼ばれている。

「極限環境と主…、色々備えた方が良さそうですね。」

ウェントゥスの意図を察したリディアが発言した。皆はなんとなく彼女が言わんとすることを理解した。


 主は勿論その環境において最強の存在に違いなく、先ほどのへリオスの説明を合わせて考えれば、最深部の環境はその存在にとってほぼ確実に有利に働くのは間違いない。その存在の性格にもよるが、万一戦闘になれば、その極限環境も相まって、決して容易な相手ではないだろう。もし、溶岩が噴き出る閉鎖空間で激戦となった場合、最悪の事態を想定して作戦を練らなければならない。

「最深部まで片道3日ほどかかるから、内部の状況を見ながら随時作戦会議を開くことにしよう。」

というへリオスの提案に従って、とりあえず洞窟に足を踏み入れることにした。

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