【第二十九話】帰還(後編)

 不死鳥の上では再びウェントゥスが質問攻めに遭っていた。一つは光の大剣について、そしてもう一つは、龍の言葉が理解できたことについてである。


 前者については、夕闇の飛竜の攻撃を防いでくれた時に現れた「月影」の解放された姿をイメージして練り出した技だという説明で付くが、後者については、彼自身まだよくわかっていない。


 ウェントゥスは、デッドゾーンで不死鳥がヘリオスに呼びかけた内容は聞き取れたのかと彼に尋ねてみたが、首を横に振られた。ウェントゥスによれば、不死鳥は「海の中に4匹の龍がいる」と声かけたそうだ。へリオスはそれを聞き、試しに今不死鳥に話しかけてみるよう、ウェントゥスにお願いした。



 皆は暫しの間、ウェントゥスが不死鳥の鳴き声に合わせて頷いたり、時々笑ったりしているのを不思議そうに見ていたが、へリオスが好奇心を抑えられなくなったのか、その途中で、

「不死鳥と何を話しているんだい?」

と尋ねた。すると、ウェントゥスは笑って、

「師匠、不死鳥にかなり好かれているみたいですね。不死鳥が早くに師匠の手に渡ったのも、彼女が火の国の国王を急かしたからのようですね。」

と答えた。


 確かに、へリオスは七星学院を卒業して間も無い頃、急に父王に呼ばれて国に戻ったことがあった。理由は不死鳥の波動が彼を呼んでいたからである。当然、そのことは不死鳥自身を除けば、父王とへリオス以外は知らないため、ウェントゥスの話はどうやら本当のようだとわかった。


 ウェントゥスはいつ頃から聞き取れるようになったのかを遡って思い返してみた。召喚獣契約の時はまだ不死鳥の言葉を理解できなかったが、霊獣や魔獣が結晶窟へ来襲した時には聞き取れていた。その間に起こった出来事と言えば、死にかけたこと、「月影」が力を解放したこと、ルナ(夕闇の飛竜)と会話を交わしたことなどが挙げられるが、結局どれがどのようにしての部分がわからなかった。


 一方で、ウェントゥスも皆の息の合った連携、特に最後のへリオスとシルフィとリディアの三位一体と言わんばかりの攻撃は凄かった旨を述べると、すかさずリディアが、

「夕闇の飛竜相手には発揮できなかったけど、私たちだってこれくらいはできるんだからね!」

と、得意げに言うと、皆笑いながら頷いた。ウェントゥスも一緒になって笑う。



 その後、特に問題なく、一行は島を出発してから約1週間で七星学院に帰り着くことができた。定例の如く、事前に帰還の一報を受けて、学院前には学院関係者だけでなく、各国の王家の者たち、それにストームウォーカー家のほぼ全員が集まっていた。


 やがて、救出隊一行が無事にウェントゥスを連れて帰ってきたのを見ると、皆で盛大に出迎えた。そんな中、ウェントゥスの両親は安堵の涙を浮かべながら彼を抱きしめた。



 その晩。ウェントゥスは特別休暇という名目で暫く実家に滞在することを許されていたが、彼は色々まとめることがあるという理由で、家族と団欒の後に学院の自室へと戻っていった。


 後日開かれる予定の報告会の資料を準備し終えた彼はベッドで横になると、ルナからもらったペンダントを取り出して、彼女と意思疎通をしようとした…が、その方法を聞き忘れたことを思い出した。とりあえず、水晶の部分を握りしめ、目を瞑って心の中で話しかけてみた。


 ふと、何だか周りの空気が変わったのを感じた。ウェントゥスが思わず目を開けると、そこは自分の識界の中だった。

「無事着いたみたいね。」

声と共にルナが姿を現した。ウェントゥスは驚きながら、

「僕の識界に入って来ることができるんですね。」

と話すと、ルナは少し笑って、

「これが私流の意思疎通方法よ。」

と答えた。


 これはこれで良いのかもしれない。識界の中ならば、外部に話の内容を聞かれることもないからだ。そんなことをウェントゥスが考えていると、ルナは彼に旅路はどうだったのかと尋ねた。ウェントゥスはデッドソーンで龍たちと戦ったことや、大勢に出迎えられたことなどを話して聞かせた。


 ルナは始終楽しそうに聞いていた。


 旅の話が終わると、今度はウェントゥスがルナに、その間の島のことについて尋ねたが、

「こんな短期間じゃ何もないわよ。」

と、ルナに笑って返された。因みに、霊獣や魔獣たちの言葉がわかるようになった原因についても尋ねてみたが、竜人族はもとより会話ができたことから、彼女にもよくわからないとのことだ。


 それからウェントゥスは、ルナに虹の大陸や七星学院について色々と話してあげていたが、現実世界の方では夜も更けってきたので、長旅のウェントゥスを気遣って話を切り上げることになり、

「貴方が呼びかけてくれたことで二人は繋がったから、今後は私の方からも呼びかけるね。」

という発言とともに、ルナはウェントゥスの識界から去って行った。



 ウェントゥスが帰還してから一週間後。央の国で改めて開拓調査隊の報告会議が行われ、彼の口から島の最新の状況についての報告がされた。それによって、皆は改めて夕闇の飛竜の恐ろしさを心に刻まれた。


 勿論、ウェントゥスはルナをフォローすることも忘れていない。彼の観察によると断った上で、夕闇の飛竜は住処を脅かす可能性があるものを選択的に攻撃しているようだということ、そして召喚獣契約の催しによって島の各地で戦闘を始めたことで、住処を荒らす新たな存在として認識されたかもしれないという旨を付け加えた。


 誰しもが自分のテリトリーに無断で侵入し、どんぱちを起こす輩を好意的に捉える者はいない。多大な犠牲が生じたことは決して仕方ないとは言えないが、自分たちの身勝手さが招いた結果他ならない。それを事前に止めようとしたウェントゥスからの発言ということも相まって、皆一様に真摯に受け止め、深く反省の意を表した。



 会議の合間、夕闇の飛竜の攻撃の犠牲になった者たちの遺族らと会う機会を設けて貰ったウェントゥスは、ルナから貰った数多の立派な魂晶石をその遺族たちへ渡そうとしたが、遺族たちは、逆に最後まで皆の避難のために身を呈したウェントゥスを労い、それら魂晶石は彼が持つにふさわしいと言って受け取らなかった。身内を亡くして本当はそれどころではないのに、それでも気丈に振る舞う彼らに対し、ウェントゥスは最大級の敬意を表した。



 此度の報告会議で、今後暫く開拓調査隊による島への渡航は中止することが決定した。ただ、島のどこかに「月影」が残されているため、ウェントゥスが申請した場合のみ、開拓調査隊を編成して向かうことは可能とした。尤も、「月影」は実際にはルナの手元にあるので、ウェントゥス本人は彼女との「十年之約」まで渡航する気は全くない。


 しかし、数年後に起こるとある事件が、彼に再び島を訪れさせることになろうとは、この時知る由もなかった。



第一章 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る