【第二十八話】帰還(前編)

 ウェントゥスが結晶窟に滞在してから1週間が経とうとしていたある日の朝。シャドウステップの練習で殆ど結晶窟に篭りっぱなしだった彼は、リフレッシュがてらに外の空気を吸おうと出たところ、遠方に火の鳥らしき姿を見た。間違いなくヘリオスの不死鳥だと彼は確信した。


 迎えが来たことに胸を高鳴らせつつ、ウェントゥスは急いでルナにそのことを伝えに戻る。自ずと、どうやって事情を説明するのかという問題が生じたため、二人で相談した結果、とりあえず多少ぼかしを入れて、夕闇の飛竜の正体や力脈のことは明かさないことにした。筋書きとしては、夕闇の飛竜との戦いは覚醒した「月影」のおかげで何とか命拾いしたが、反動で「月影」を失くしてしまい、ずっとそれを探し回っていたら不死鳥を見かけた、という具合だ。


 結晶窟の入り口で、ウェントゥスはルナに厚くお礼言い、改めて再会・再戦の約束をした。そして、いよいよ別れの挨拶になると、名残惜しい気持ちになったのか、

「暫しの別れですね…。」

と、彼は寂しげな表情をした。ルナも同じ気持ちか、眉を八の字にして頷いたが、ふと何かを思い出したのか、少しだけ待つようウェントゥスにお願いした。


 すぐに彼女は戻ってきた。その手には一欠片の水晶が結え付けられたペンダントを持っており、

「たとえ離れていても、このペンダントがあれば互いに意思疎通ができるわ。」

と言って差し出した。ウェントゥスは喜んでそれを受け取り、

「ありがとうございます!では央の国に戻ったら必ず連絡します!」

と言って、不死鳥のいる方角へと出発した。


 そんな彼の後ろ姿をルナはずっと結晶窟の入り口で見守っていた。



 救出隊の一行は、かつて拠点があった場所に巨大な湖ができていたことや、ウェントゥスに関する手がかりを全く見つけられなかったことに絶望を隠せずにはいられなかったが、それでも諦めず、周辺一帯を探し続けていた。


 そんな中、シンシアが遠くから急接近する存在をその神器に捉えた。皆してその方角に目を向けると、それは例の魔法陣でこちらへと飛んでくるウェントゥスであった。途端に、全員の顔に喜びと安堵が浮かぶ。


 やがて、お互いの距離が縮んだところで、シルフィとリディアは二人して嬉し涙を流しながら、不死鳥からウェントゥスへと飛びついていった。



 ひとまず安全そうな場所に不死鳥が降り立ち、皆で再会の喜びを分かち合った。


 予想外に元気な様子のウェントゥスは根掘り葉掘り聞かれたが、ルナと決めた段取り通りに説明をした。また、彼がこの一週間で異様に強くなっているのを感じた皆はそのことについても尋ねたが、ウェントゥスは、「月影」を探す間にいろんな霊獣や魔獣と一戦を交えることとなって、その結果強くなったのだと答えた。


 確かにウェントゥスは超位三段級を優に超える怪鳥や黒虎を倒したのだからあながち嘘ではない。それに、殺めた人々に対する贖罪の意として怪鳥と黒虎のものも含む大量の魂晶石をルナから貰っていたこともあり、ウェントゥスは次元指輪からそれらを取り出してみせた。


 2つの光り輝く大きな魂晶石と数多の超位三段級超えの魂晶石を見て、全員ウェントゥスの話を信じた。勿論、夕闇の飛竜のその後についても尋ねられたが、ウェントゥスは、飛竜は今も山の頂付近にいることを伝え、引き続き「月影」を探したい気持ちもあるが、今の実力では心許なく、また何かが逆鱗に触れて来襲するか分からないという理由で、ここはひとまず帰路に着くことを提案した。


 皆は「月影」の力に驚くとともに、彼が「月影」を失くしたことを非常に残念がっていたが、彼の意思と意見を尊重してすぐさま帰路に着くことにした。


 その道中、ウェントゥスは皆に人的被害状況について尋ねた。そして、詳細を聞いた彼は獲得した魂晶石を全てその遺族らに分配することに決めた。



一行がデッドゾーンに差し掛かる頃、ヴァルナが思い出したかのように話し始めた。


 前回通ったのと同じ空路を辿って来たとのことだが、デッドゾーンに入っても魔物たちの襲撃がなかったらしい。その時、海中に異常を感じ取った彼女が水属性の秘術で海中の動静を探ってみたところ、大勢の魔物たちが入り混じって戦っているのを察知したという。


 その場にいた全員で話し合った結果、おそらく、前回このエリア一帯の魔物たちを壊滅させたことによって、周辺の魔物たちが新しい縄張りを巡って争っているのではないかという意見にまとまった。


「あれからそれなりに日数が経過しているから、もしかすると、ここ一帯を押さえた魔物たちが襲撃してくるかもしれない。」

彼女はそう言うと、皆に警戒を促した。



 デッドゾーンに突入してから暫くして、不死鳥が何かを感じ取ったのかへリオスに呼びかけた。不死鳥がここまで反応するのを見るに、ただならぬ存在の可能性が高いのだろうと、全員が臨戦態勢に入る。一方のウェントゥスは不死鳥の言葉に、急いで分身を作り始めた。


 程なくして、シンシアの神器の「羅針盤」の能力が機能しなくなったかと思うと、あっという間に天空がどこからともなく現れた暗雲によって覆われ、激しい雷雨が降り始めた。そして、それに同調するかのように、海の方も大きく荒れ始め、4つの巨大な渦潮が生じ、間も無く、4匹の大きな龍と思しき存在がそれぞれの渦潮の中から姿を現した。


 龍たちは互いに似たような見た目をしているが、角の形や大きさが異なっている。その中の最も立派な角を生やした龍が口を開いた。

「我らが領域を侵す愚かな存在ども、海の藻屑にしてくれる!」

と声を轟かせながら、その口から巨大な水の弾を吐いた。予想はしていたが戦いは避けられそうにない。


 水の弾はヴァルナの神器「源流」によって打ち消されたが、龍たちは水以外に雷と火と風も扱えるようで、その上、自身に対するそれら属性の攻撃は基本的に効かないようだ。


 ヴァルナは術師である故に、自分の攻撃手段が一切通らないのを知ると補助へと回り、力を奪うこの雨から味方を守るためのバリア(維持型)を全員にかけた。


 その補助下で、シルフィとリディアはアタッカーとして、それぞれ長年愛用の双剣と(風雲から借りた)毒属性の脇差で龍たちと白兵戦を繰り広げ、風雲とシンシアはジャマーとして、それぞれ「暗黒裂界」や援護射撃で龍たちの攻撃を異次元に逃したり、阻害したりした。そして、ヘリオスは攻撃を不死鳥に任せ、彼自身は「原初の火」の力で不死鳥を強化したり、が消耗した力を補充したりしていた。


 残るはウェントゥスだが、彼は不死鳥の背中の上で暫く龍たちの攻撃を観察しながら、作り出した分身と練気をしていたが、そろそろ頃合いかといった感じで、「月影」の力を解き放った属性文字「解」を描き出すと、それを分身へ付与した。すると、分身は蒼白い色の光体になったかと思うと、瞬く間にそれは力を解放した時の「月影」の輪郭を模した光の大剣へと姿を変えた。


 ウェントゥスはそれを手に取るとともに、一番立派な角を生やした龍へと斬りかかるべく、不死鳥の背中から飛び出した。


 光の大剣はまるで何の抵抗も受けなかったかのように、重厚な龍の鱗を貫通してその体へと斬り込んだ。龍は咄嗟に身を引いたことによって深傷にはならなかったが、それでも今の一撃で少なからず力を奪われたのを感じ取った。


 予想外のダメージに、その龍は一旦ウェントゥスと距離を取り、他の龍たちもそれに同調する。


 対するウェントゥスは一瞬シャドウステップで追撃して一気に方を付けようとも考えたが、この程度の相手に使うような技ではないと思い、シルフィとリディアとともに不死鳥のところまで後退した。


「あの攻撃は何だ!?我が鱗をいとも容易く貫通してくるとは…」

ウェントゥスに攻撃された龍が口を開いた。他の龍たちも、

「他の奴らも予想外に小賢しい。」

と口を揃える。


 暫く龍たちはウェントゥスたちを睨んでいたが、

「兄弟たちよ、ここはあの技を使って、此奴らまとめて海に引き摺り込むことにしようぞ!」

と、ウェントゥスに攻撃された龍がそう提案すると、他の龍もそれに賛同するように頷いた。ウェントゥスはそれを聞き、光の大剣を龍の方へ差し向けると、

「ほう。海に引き摺り込む攻撃か、それは楽しみだな!」

と言い放った。それを聞いた他のメンバーは驚いて思わず、

『次の攻撃が何かわかるの?』

という旨の言葉を各々発したが、逆にウェントゥスが思わず驚いてしまった。

「いや、だってあの龍が…あっ」

「私たちには龍が雄叫びを上げているようにしか聞こえないけど。ウェンには彼らが何を言っているのか、わかるんだね!」

シルフィのセリフに皆して同調するが、ひとまず龍たちの次の大技をどのようにしてやり過ごすのかに集中することにした。



 4匹の龍はそれぞれの渦潮の真上に陣取ると、雷と水と風の力を練り合わせた。そして、練り上げた力の塊を自身の真下へと落とし込んで、口々に『龍嘯!』と吼えた。すると、瞬く間に4つの巨大な渦潮が合体して一つになったかと思うと、その上空に風の渦が生じ始めた。風の渦は上空から暗雲と雷を、海の方から海水を巻き込みながら竜巻様のものを形成しようとしている。


 勿論、その技の成就を見守ってやる義理はないので、ウェントゥスは、

「そこだな!」

と言いながら光の大剣に属性文字を纏わせて、それを巨大な渦潮の中心めがけて放った。


 光の大剣は「龍嘯」による暴風や波浪に影響されることなく高速で渦潮の中心へと直進した。刹那、海の中が蒼白く光り始めたかと思うと、轟音とともに大きな水飛沫が上がった。


 途端に潮の流れは打ち乱されてしまい、打ち上がった巨大な水飛沫が収まる頃、渦潮はその姿を消していた。また、渦潮が術の要だったせいか、それが消えたことで、上空の風の渦と雷雲も次第に散っていってしまい、太陽が再び姿を見せ始めた。


 自分たちの力を注ぎ込んだ合体技をたった一撃で無力化されたことで龍たちが呆然とする中、今が好機と捉えたヘリオスがシルフィとリディアに声をかけるとともに、火の力による攻撃力上昇を自分と彼女らにかけた。そこへ、シルフィが風の力で3人の速度と刃の切れ味を上昇させると、リディアが雷の力で自分とへリオスとシルフィをそれぞれの龍へと目にも留まらぬ速さで飛ばした。まさに阿吽の呼吸である。


 3匹の龍がハッとした時には、彼らの首は既にその体とおさらばしていた。そして、兄弟分の龍を瞬く間に殺された残りの1匹が恐怖と怒りで声にならない声を上げている中、先ほど爆発を起こした光の大剣が勢いよく海の中から飛び出て、その頭を貫いた。


 こうして4匹の龍は光の粒子となって散り、代わりに4つの宝玉らしきものを模った光が、その形を散らしながら、海の中へと消えていった。



 戦いの後、ヴァルナの秘術によって海の中を探ってみたところ、魔物の気配は一切なかった。おそらく縄張りを求めて戦っていた魔物たちを漁夫の利の如く一網打尽にした4匹の龍がその海域一帯を押さえたのだろう。

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