【第二十六話】力脈

 ウェントゥスが目を開けると、女性は既に戻ってきており、「月影」を手に取りながらそれを興味深く眺めていた。彼女はウェントゥスが目を覚ましたのに気付くと、

「目が覚めたのね。だいぶ元気になったでしょ。」

と声かけた。ウェントゥスは瞑想の体勢のまま、うたた寝してしまったようだ。この島に来てから殆どまともに休んでいなかったから無理もない。


 彼は少し申し訳なさそうにお礼を言いながら、自身の体の変化に気が付いた。彼女の言う通り、いつの間にか全身の痛みや傷はすっかり癒えており、おまけに力まで完全に回復していたのである。


 「月影」による力の補填があったとはいえ、夕闇の飛竜との死闘や、怪鳥と黒虎との戦いを経て、限界に来ていた体が、この場所で一眠りするうちに完全に回復したのだから、ウェントゥスはこれら水晶や結晶群から流れ込んできた力に驚きを隠せずにいた。そんな彼の反応に笑いながら、

「貴方は力脈から力を取り込んだのよ。」

と、女性は話すと説明してくれた。


 力脈は文字通り力の脈のことで、この島の地中深くには恐ろしく巨大な力脈が存在するのだという。力脈はあらゆる力を満たしてくれる力の源のようなもので、この島に強力な霊獣や魔獣が数多く生息しているのはこの力脈の恩恵を受けているからだそうだ。


 この地に呼び寄せられてきた霊獣と魔獣たちは、最初は種族の違いや縄張りで互いに争っていたが、相手を倒した際に、その体内にある不思議な力を吸収してより強大になることを知ってからは、益々戦いの規模が大きくなっていったという。


 やがて、その吸収した力が力脈から来るものだということに気が付いた霊獣や魔獣たちは、遅からず彼女が築いたこの結晶窟がその力を存分に与えてくることを知ることとなり、これまでそうした目的で戦いを挑んできた霊獣や魔獣を数多葬ってきたらしい。


 だが、霊獣や魔獣たちはめげず、次第にお互いの戦いを通して強者を生み出し、戦うようになったという。そして今回、霊獣や魔獣と戦闘を繰り広げたウェントゥスたちを見つけ、てっきり結晶窟を奪いに来た勢力が一つ増えたのだと考えた彼女は、その芽を摘むべく攻撃を仕掛けたというわけだ。


 しかし、ウェントゥスの「契約者」や「召喚獣契約」と言う言葉から、どうやら彼らは力脈や結晶窟を求めて来たのではないということを知った、とのことだ。


 女性の話を聞いているうちにウェントゥスはいくつかの疑問が湧いたが、中でも二つのことについて彼女に尋ねた。一つは、彼女が話した力の源は彼が認識している力の源と同じものかどうか。そしてもう一つは、彼女は一体何者なのかということである。


 女性はウェントゥスから彼の認識している力の源についての説明を聞くと、それは似たようなものだと答えた。そして、ウェントゥスの力はその力の源に限りなく近いものだとも教えてくれた。これは以前へリオスが話してくれた内容と同じである。


 次に、彼女が何者かという質問について、女性は答える前に、「月影」の剣身を手で柄側から剣先に向かってなぞった。すると、なんとなぞった後から、その剣身があの神秘的な剣身へと変わっていったのである。


 ウェントゥスがその光景に驚く中、

「観察してわかったことだけど、この剣が力を発揮できたのはこの地の力脈が共鳴したからのようね。」

と、彼女は言った。つまり、「雫」の圧倒的な破壊力が地中に眠る力脈を呼び覚まし、それが「月影」と共鳴してその力を引き出したことで、その後ウェントゥスが自分(夕闇の飛竜)と互角に渡り合えたのだと彼女は考えているようだ。

「皮肉な話ね。」

彼女が「雫」で攻撃しなければ、きっとウェントゥスに負けることもなかったからだろう。その時の女性の表情を見たウェントゥスは少し機転を利かせて、

「でも、おかげでこうして貴女と語り合うことができました。」

と、フォローした。それを聞いた女性は不思議な感覚に襲われた。勿論、それは決して悪いものではない。



 ウェントゥスは少し変な雰囲気になっているところを改めると、今し方、彼女がどのようにして、いとも簡単に「月影」の力を解放できたのかと訊いた。それは彼女が何者かという質問に通ずるので、女性は出自と共に話し出した。


 彼女は竜人族という種族で、そのおかげで人と竜の両方の姿を持つのだという。


 竜人族はかつてこの世界に住んでいたが、ある時を境に大勢が忽然と姿を消したらしく、この世界に残された彼女はその謎についての手がかりを探していたのだという。


 やがて長い旅を経て、同族探しや他の紆余曲折で膨大な時間と力を費やしてしまった彼女は、まるで何かに導かれるようにこの島にやってきたのだそうだ。


 もともと竜人族は生まれながら竜の姿になることはできず、己の力をある程度まで開花させた時にその変身を見出すという。この島が持つ不思議な力(後に力脈だと言うことに気が付いた)が自身の力と相性がかなり良いことに気付いた彼女は、その力の恩恵を受けながら、これまでの遅れを取り戻すかのように鍛錬していったのだそうだ。


 それから更に長い年月を経て、彼女は次第に自分の力で力脈から力を抽出できるようになり、そして、より効率良くそれを引き出すための術を考えるようになったという。


 やがて彼女は、この島の中心に聳え立つ山が地中深くに眠る力脈を一点に集めるのに適していることに気付き、この山の頂付近に結晶窟を作り出したというわけである。


 彼女の作り出した結晶空間は、この地の力脈といて、先ほどウェントゥスが座っていた台のような場所に力脈から力が流れ込むようになっており、その力の恩恵を十分に受けながら修練していた彼女は、自分の力を更に開花させ、ついに、自身の飛竜を見出した、とのことだ。


 女性はウェントゥスがどうやら理解し始めたようだと察すると、もう一つ重要なことがあると付け加えた。それは、「月影」に刻まれている文字が、かつて竜人族が使っていた古体文字(古い体裁の文字)と非常によく似ているということだ。それに、ウェントゥスが怪鳥と黒虎との戦闘時に使用していた属性文字もその類だそうだ。それらを踏まえた上で、彼女はウェントゥスに彼と剣の入手に関する一部始終を尋ねた。


 次から次へと入ってくる新しい情報にウェントゥスは頭を整理しつつ、自分たちが虹の大陸から来たこと、そしてこの剣は、かつてその大陸の中央に位置する不思議な島に刺さっていたことや、その後の経緯を伝えた。


 それを聞き終えた女性は暫く考え込むと、

「この剣を鋳造したのは竜人族か、それに近しい者だろうね。そして、この剣身に刻まれた文字を読むに、この剣にはいろんな秘密が隠されていて、その中には、多くの竜人族が忽然といなくなった謎を解く手がかりも含まれているのかもしれない。」

と言った。ただ、それについてはお互いすぐに答えらしきものが浮かぶはずもなく、暫しの沈黙が続いた。



 ふと、ウェントゥスはそういえばと言った感じで、とある質問をしてみた。話は変わるけど、と断った上で、彼は自分の名前を伝え、彼女に名前はあるのかと尋ねた。すると女性は少し笑って、

「本名はすごく長いから、ルナと呼んで。」

と答えた。いい名前だとウェントゥスは素直に感想を伝えると、ルナは、

「飛竜の姿からは想像もつかないでしょ。」

と、少し冗談っぽく返した。


 ウェントゥスは危うく彼女が夕闇の飛竜だということを忘れかけていたのと同時に、急にシルフィやリディアたちのことが気掛かりになり始めた。それに、恐らく自分はもう死んでいる扱いになっているかもしれないと思うと、少し複雑な気持ちになってしまった。


 ルナもウェントゥスの表情を見て、嫌なことを思い出させてしまったと反省した。彼女はこの結晶窟へ戻ってから一度も夕闇の飛竜の姿になることはなかった。最初はかなり弱っていたからだったが、その後はウェントゥスに気を遣ってのことだ。


 ウェントゥスはルナが申し訳なさそうな表情を浮かべているのを見て、飛竜姿の禍々しさからは想像もできないが、彼女は優しい人物なのだと確信した。

「もともと、召喚獣契約でも死傷者は出るものです。それに、誤解を招くような行動をしたこちらにも非があります。皆と再会できたら、いや、絶対に再会して、上手く説明してみます!」

ウェントゥスのその自信ある口調にルナは思わず笑みを溢す。そして、彼のその姿勢に何とも言えない感慨深さを覚え、この一連の出来事を通してお互い語り合えたことは何かのお導きなのかもしれないと、彼女は考え始めた。

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