【第二十四話】月影

 央の国へ避難した人々の殆どが力なくその場に座り込んでいる。そんな彼らに混じってシルフィとリディアが滲んだ視界で、動作が停止した転移門を見つめていた。そこへ、一足先に戻っていたヴァルナとシンシアによって呼ばれたアルイクシル学長やシャーンティ副学長をはじめとする学院の関係者、政府の者らが駆けつけるが、状況からして、ひとまず負傷者の手当てや皆の休息を優先し、明朝改めて事情を聞くことにした。



 翌日の早朝より大規模な会議が開かれ、島で起こったことについて参加者らの口から詳細な報告がされた。


 今回の召喚獣契約の催しで各国ともに、少なからずの超位三段級以下の召喚獣を獲得したものの、優秀な人材を数多く失ってしまった。特に火の国は第二王子とへリオス以外は全滅しており、その第二王子も極度の恐怖の影響で、もはや正常な生活を送れない精神状態となってしまったようだ。


 こうして各国から夕闇の飛竜による惨状の報告が上がるに連れて、沈痛な声も増していった。それに追い打ちをかけるように、転移門はどこの国のも全て作動が停止していることから十中八九拠点は消滅したこと、ウェントゥスの生存は絶望的だという旨の声が聞こえてくる。


 ストームウォーカー家の面々もその場にいたが、言うまでもなくウェントゥスの両親は泣き崩れた。シルフィとリディアは彼の両親のそのような姿に抑えていた悲しみがどっと溢れ、震える手で机を叩いて反論をするが、流石に今回ばかりは二人とも確信が持てない。


 そんな中、風雲が自信ないながらも、あることを話し始めた。


 彼(風雲)はウェントゥスを救うことができなかったことに居ても立ってもいられず、何か理由があるわけでもなくウェントゥスの部屋を訪れたのだという。勿論、部屋には入れなかったが、窓からウェントゥスの姿が見えたため、一瞬混乱したそうだ。思わず窓を叩いて呼びかけるも、そのウェントゥスは身動き一つせず、そこでようやくそれが分身だと察した。


 確証はないが、分身が無事だということは、その術者もまだ生きているのではないか。


 すぐさまその可能性を信じて、シルフィとリディアがウェントゥス救出のために島へ向かうことを申し出た。とは言っても、改めて空路を通って向かうしかなく、その上ウェントゥスがまだ生きているとしても、状況が絶望的なのに変わりはない。それに、夕闇の飛竜の脅威もまだ健在であることから、更なる犠牲を出さないためにも島へ行くことを控えるべきという意見も少なくない。


 そんな空気を壊すように、へリオスと風雲が手を挙げ、ほぼ同時にシンシアとヴァルナも是非力添えしたいと申し出た。その全員が僅かばかりでも可能性があるのなら行動すべきだと主張したのである。


 そんな彼らのウェントゥスを思う気持ちに押されてか、結果的に場にいる全員が島への渡航に賛成した。そして、最も恩義を感じていた木の国と毒の国を主軸として、各国からの物資支援もあって、ウェントゥス救出隊は翌日の早朝に出発した。



 遡ること、央の国へ避難した人々が力無く座っていた頃。光に飲み込まれたウェントゥスは識界のような場所にいた。そこは時間さえもが止まっているかのように穏やかで何もない場所だ。

(いったいどれほどの時間が経ったのか、他の皆はどうしているのか)

などと彼は思いを巡らせていたが、ふと、そもそも自分はまだ生きているのかという素朴な疑問が湧いた。ウェントゥスは自分を落ち着かせるため練気の体勢をとって目を瞑った。



 暫く経って、やはりここは死後の世界かとウェントゥスが考え始めた頃、どこからともなく微かに声のようなものが聞こえてきた気がした。それは、練気塔で聞こえた声と似たもののようだ。


 それは徐々に大きくなり、やがてはっきりと「目を覚ませ!」という呼びかけだと認識すると、ウェントゥスはハッとして、その声に応えるように勢いよく。そこで彼は初めて、自分が巨大なクレーターの真ん中で、力無く両膝をついている状態だと認識した。


(九死に一生を得たのか…だが…)

ウェントゥスは夕闇の飛竜からの攻撃を受け止めたこと、一度に15体の分身の力を一気に取り込んだことや、無理にそれを使用したことで、体の内外共に甚大なダメージを受けおり、満身創痍である。


 もう立ち上がることもままならず、軽く感じていた背中の「月影」も、今では重く自身にのしかかっているように感じた。このままでは「月影」に押し潰されるような気がして、逆に身体を支えるためにウェントゥスは何とか「月影」を手に取って地面に突き刺した。その時、ふと「月影」が微かに光っているように見えたが、自身の状態からして幻覚でも見ているのだろうと彼は思った。


 一呼吸置いて、ウェントゥスが「月影」を支えにしながら、力なく顔を上げて上空を見上げると、時々ぼやける視界の中に、あの夕闇の飛竜の姿が映る。すっかり日が暮れ、満天の星空に浮かぶ満月を背に滞空している夕闇の飛竜を目にした彼は、その幻想的な光景に何だか全身から痛みや疲れなどがすーっと抜け落ちていくような感覚に陥った。

(何だか…あらゆる感覚が抜け落ちていくような感じだな…。不思議と、いい気分だ…)

などとぼんやり考えていた。


 一方、夕闇の飛竜の方はというと、あの一撃を受けてもまだ生きている小さき存在に興味を持ったのか、暫くはウェントゥスを眺めていたが、そのうち再び口元から紫白色の光を溢れさせた。その光景に、トドメを刺されるのかと、ウェントゥスは生まれて初めて「諦める」という言葉が脳裏をよぎる。しかし、すぐさま、

(否っ!ここを決して終着点にはさせない!!)

と、心の中で力強く言い放つと共に、それを払拭するように両手で力強く「月影」の柄を握りしめると、どこからともなく湧き上がる不屈の意志を胸に抱きながら雄叫びを上げ、夕闇の飛竜を睨んだ。



 夕闇の飛竜の光線がウェントゥスに当たるか当たらないかのタイミングでそれは起こった。「月影」から強烈な衝撃波が生じたかと思うと、ウェントゥスをすっぽり包むように防壁が展開されたのである。


 その防壁はウェントゥスが張ったものと同じく透き通った蒼白い色をしているが、夕闇の飛竜の光線と、派生した黒炎を完全に受け止めていた。ふと、ウェントゥスが、手元が光っているのに気が付いて視線を「月影」に向けると、思わず目を見開いた。そこには漆黒の剣身の代わりに、蒼白く透き通った幅広の剣身があった。そして、微かに蒼白い光を放つ剣身の中には、この夜空と同様に星々のようなものが浮かんで見えた。

「これは…星々の力…?」

ウェントゥスは自分の中に剣の力が入り込んでくるのを感じ、瞬く間に再び力が満ちてくるような感覚を覚えた。それは、これまでに感じたことがないほど不思議で、強い力だ。


 ウェントゥスは何気なく「月影」を引き抜いて手に取ってみると、なんとそれはまるで羽根のように軽い。ややそのことに驚きながらも、気合い入れのために力強く夕闇の飛竜に向けて振る。すると、剣身から蒼白い斬撃波が生じ、それは光線を切り裂きながら夕闇の飛竜に直撃してしまった。


 夕闇の飛竜はその一撃でそれなりのダメージを受けたのか、一瞬怯んだ。しかし、すぐさま体勢を整えて再び攻撃を仕掛けてきた。


 対するウェントゥスは、今の光景で勝機は必ずあると信じ、そこに「月影」の力のおかげで元気も闘志も十分に満たされたのもあって、彼は気持ちを引き締め直すと、第二回戦だと言わんばかりに、斬撃波を放ちながら立ち向かっていった。


 流石に先程と違い、夕闇の飛竜は以前と同様、全て見切っているかのようにウェントゥスの攻撃を躱していく。しかし、もうそれで狼狽えるようなウェントゥスではない。


 ひとまず空中を飛び回られるのは分が悪いと思ったウェントゥスは、どうにかして飛竜を地上付近まで誘い込めないかと考えを巡らせた。そして、すぐさま妙案を思いついたのか、彼は分身を作るための印を結んだ。


 すると、あっという間に分身が出来上がっただけでなく、これまでは力の半分を消費するため、まともな分身を1体ずつしか作ることができなかったが、分身作成に注ぎ込んだ力が瞬く間に「月影」から補充されたのである。それは自身にのみならず、作成した分身にも同様補充された。


 ウェントゥスはその勢いを借りて、立て続けに分身を32体作り出すと、四方八方から夕闇の飛竜に攻撃を仕掛けた。



 いくら相手の動きが読める夕闇の飛竜とは言えど、覚醒した「月影」と、その力が注ぎ込まれた33人のウェントゥスが相手では分が悪い。


 縦横無尽に駆け巡るウェントゥスたちのあらゆる角度からの攻撃に、飛竜は躱すので精一杯になってしまい、次第にウェントゥスの目論見通り、地上付近まで誘い込まれてしまった。そこへ、予め印を結んでいた8体の分身がタイミングを見計らって、球状の結界を展開し、夕闇の飛竜を中に閉じ込めた。そこへ、残りの分身たちがすぐさま結界を張っている分身に力を注ぎ込んで、結界をより重厚且つ強固にしていく。


 夕闇の飛竜は光線攻撃で結界を打ち破ろうとするが、「月影」の力が練りこまれた結界にそれは叶わず、かといって例の「雫」を唱えようとするも、重厚な結界に阻まれているせいか、力を集結させることができない。


 暫しの抵抗の末、怒りか或いは決心か、夕闇の飛竜は赤き眼光をより激しく滾らせながら、翼で自分自身を覆った。漆黒の翼で覆われても見えるほどに夕闇の飛竜の胸部付近が赤く輝き出したのを見たウェントゥスは、本能的にまずいと理解し、急いで距離をとることにした。



 いよいよ輝きが最高潮に達した次の瞬間、夕闇の飛竜を中心に、空間が強烈に歪むほどの爆発が生じた。飛竜を捕らえていた結界は、それを維持していた分身諸共一瞬のうちに消滅し、かなり離れていたウェントゥスも「月影」の防壁がありながら、爆風によって数百メートル近く吹き飛ばされてしまった。


 「月影」の防壁に守られていたウェントゥスは、何とか衝撃をうまく分散させたおかげで無事だったものの、目前に広がる変わり果てた光景に流石の彼も足が竦みそうになった。


 夕闇の飛竜のその爆発は直径500メートル以内の自身を除くあらゆるものを消し去り、爆風は直径2キロメートル以内のあらゆるものを消し飛ばしたのだから無理もない。それも、「月影」の力が練り込まれた重厚な結界に阻まれた上でのこの規模である。

(何なんだ、さっきの…。結界がなかったら、島ごと吹き飛んでたかもな…)

ウェントゥスはそう思いながら、ふと上空を見上げる。


 その視線の先に、あの夕闇の飛竜が力なく山の方へと飛んで行く姿があった。流石に今の攻撃は飛竜自身にも結構響いたようだなと彼は思いつつ、これはあの飛竜を討伐する又とない機会かもしれないという考えが脳裏に浮かんだ。この状況下でも攻めの一手を考えるのは如何にも彼らしい。


 ウェントゥスは己の恐怖心を払拭しようと自分を奮い立たせると、力強く一歩を踏み出し、夕闇の飛竜を追いかけて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る