【第二十三話】絶対強者(下)

 開催当日、島の拠点には七星学院卒業生を主とする各国の選りすぐりの精鋭たちが集結していた。気持ちの昂りもあって、既に国間で睨み合いを効かせている。そして、究極召喚石が各国に均等に分配されるや否や、真っ先に火の国の者たちが威勢よく出発し、それに続いて各国もそれぞれ異なる方面へと出発した。


 万一の時の安全確保と誘導を兼ねて、シルフィ、リディア、風雲、ヴァルナ、シンシアがそれぞれ風の国、雷の国、毒の国、水の国、土の国の参加者たちに同行していたが、木の国と火の国の者らに同行者は付かなかった。


 前者は拠点付近で活動するということで大丈夫なのだが、問題は後者である。第三王子が足を引っ張られるという理由で同行者を断固拒否したのである。これが後に大惨事を引き起こす引き金となってしまう…。


 ウェントゥスとへリオスは拠点に残ることにした。万が一、夕闇の飛竜が来襲した場合に備え、ウェントゥスは貴重な霊薬を惜しみもなく消費して力を補給しながら、できるだけ多くの分身を作り、へリオスは定期的に不死鳥を呼び出し、拠点付近の偵察や、可能な範囲内で各地の動きと夕闇の飛竜の動向を見張っていた。



 3日ほど経過した。流石に島の霊獣と魔獣がかなり強力なこともあって、小規模とはいえ、島の各所でそこそこの激闘が繰り広げられており、重軽傷を負う者たちも増えていっている。


 現時点で超位三段級を超える召喚獣を手に入れた国はまだなかったが、超位三段級以下の召喚獣を入手した国は少なくない。そんな中、火の国の第二王子が率いる部隊は不死鳥に勝るとも劣らずの強力な霊獣を発見したために、同国の参加者を総動員して、当初の条件など完全にそっちのけで戦闘にのめり込んでいった。


 幾度かへリオスが忠告しに行ったものの、第二王子はそれを聞き入れるどころか、逆に邪魔をされたと非難した。そんな出来事もあって、ウェントゥスはますます何かの焦燥に駆られるかのように、殆ど不眠不休で分身を作り続けた。へリオスとウェントゥスは共に嫌な予感がしていた。



 4日目の夕方近く、火の国の第二王子一行と交戦していた強力な霊獣は分が悪いと感じたのか、よりによって交戦が禁止されている山の方へと逃げて行ってしまった。それを追って、一行も催しの条件を破って山の麓へと入っていってしまい、そこで決着をつけようと一気に畳みかけた。


 状況を察知した不死鳥がヘリオスに知らせるのと同時に、へリオスは山の頂付近から夕闇の飛竜らしきものが現れるのを目撃した。彼はすぐさま、統括している央の国の組織委員たちに、各国精鋭や代表らの緊急撤退を要請すると、自ら不死鳥に乗って第二王子の元へと駆けていった。


 そんなヘリオスに続き、ウェントゥスも分身の作成を中断して、ヘリオスの後を追うように、空中に小さな魔法陣を描くと、飛び上がってそこを思いっきり踏みつけた。魔法陣はウェントゥスの力が持つ弾く性質を利用して、踏みつけた反動によって勢いよくウェントゥスを飛ばしていった。遥か遠くにいるのにも関わらず、すぐさま彼は、赤き目の残光と全身の残像を伴いながら飛行をしている夕闇の飛竜を視界に捉えた。そして、その異様な速さと飛行スタイルに思わず目を見開いた。


 へリオスが、夕闇の飛竜を畏れる不死鳥を落ち着かせながら、何とか第二王子の元へと辿り着いた頃、霊獣が夕闇の飛竜の気配に気を取られているのか、第二王子はその隙に召喚の契りを結ぼうとしていた。そこへ突如として、夕闇の飛竜がその上空に現れた。

「交戦してはいけない!」

というへリオスの叫びも虚しく、第二王子が召喚の契りを結び終えるまで守ろうと、同行していた者たちや親衛隊たちが夕闇の飛竜に戦いを挑んでしまった。


 火の国の者らが大規模攻撃を仕掛けるも、夕闇の飛竜はどうということなくそれらを全て躱し、カウンターと言わんばかりに口から紫白色の光線を吐き出した。その光線は攻撃してきた者の殆どと、召喚契約のために拘束されていた霊獣を諸共薙ぎ払っていった。それにより、人は跡形もなく消し去られ、霊獣も真っ二つにされ即死した。


 厄介なことに、光線攻撃の影響はそれだけに留まらず、光線が通過した跡からは時間差で漆黒の炎のようなものが激しい爆発を伴いながら噴き出し、光線に当たらなかった者たちに着火すると、反応する間もなく彼らを灰にしてしまった。あっという間に、第二王子一行は彼一人を残して全滅。


 漆黒の火が呆然と立ち尽くす第二王子に迫る中、へリオスは何とか間一髪で第二王子の腕を掴むと同時に、不死鳥に全速力で離脱するよう指示した。


 夕闇の飛竜はすぐさま不死鳥に照準を定めたが、そこへウェントゥスが辿り着き、連続した波動攻撃を飛竜に放って気を引こうとする。対する夕闇の飛竜は異様な機動飛行でそれら全てを躱すと、今度はウェントゥスに向けて紫白色の光線を吐き出した。


 ウェントゥスは咄嗟に回避行動をとったが、その光線は異様に持続と射程が長く、ウェントゥスを追いながら広範囲を薙ぎ払っていき、薙ぎ払われた地点からは次々と激しい爆発を伴いながら黒炎が噴き上げた。不幸にも、遠く離れた拠点も光線の射程圏内にあったようで、ウェントゥスがハッとした時には時既に遅く、光線によって結界にヒビが入ったかと思うと、その次に生じた爆発と黒炎によって完全に砕け散ってしまった。十中八九、拠点に少なからずの被害が出ていることが予想されるが、ウェントゥスはそれを確認する暇も与えられず、再び夕闇の飛竜の光線に狙われていた。


 実際、へリオスの要請に応じて、拠点の方では迅速に撤退を開始していた。そして、遠方へ出ていた参加者たちが各々の国への撤退をしている最中に夕闇の飛竜の光線が飛んできたため、飛散した黒炎により、拠点はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまった。


 拠点の状況に反応したのか、夕闇の飛竜はウェントゥスへの攻撃を一旦緩めたかと思うと、拠点の方に標的を定めるように残像を伴いながら方向を転換して、一直線に飛んで行った。

(まずい!)

ウェントゥスもすぐさま、先ほど使用した魔法陣を用いて飛竜の後を追う。


 拠点では何とか撤退を再開しようとしていたところ、上空に現れた夕闇の飛竜を見て、全員に恐怖が走る。そんな中、夕闇の飛竜の後ろを追っていたウェントゥスは飛びながら蒼白いオーラを出現させると、夕闇の飛竜の攻撃を免れた15体の分身を一斉に夕闇の飛竜へ向けて波状攻撃を仕掛けさせた。だが、夕闇の飛竜はまるで分身の攻撃を全て見切っているかのように、残像を伴いながら悉く躱していく。


 ウェントゥスは、これだけの数の分身を以てしても、夕闇の飛竜に全く攻撃が掠ることすら叶わないことに不安と絶望を隠せずにいたが、兎に角、今は奴に攻撃をさせないことが第一だと考え、攻撃の手を緩めなかった。



 暫くして、流石に夕闇の飛竜も多数の分身を煩わしく感じたのか、一気に上空高くへ飛び上がると、何かを唱えるかのように口を動かし始めた。それに伴って、どこからともなく生じた黒いオーラのようなものが渦を描くように夕闇の飛竜の口の前方へ集まって行き、巨大な漆黒の球体を形作っていく。それはあまりにも恐ろしく、圧死されそうな感覚に陥らせる程の力を放出している。


「あれは…っ、クレーターを作り出した元凶かも知れない!」

へリオスの叫びが聞こえた。殆どの人がその力の圧迫によって動けずにいる中、何とか抵抗できた者たちが夕闇の飛竜の攻撃を阻止しようと総攻撃を仕掛けた。ウェントゥスも改めて15体の分身を攻撃に仕向けたが、その漆黒の球体を形成する黒いオーラが巨大な盾のような役割を果たしていて、全ての攻撃が悉く弾き返されてしまった。


 ウェントゥスは、自分の力を弾き返されるのを経験したのは初めてで、思わず後退りする。しかし、何とか皆を避難させなければと考えた彼は、すぐさま覚悟を決め、

「このままでは全滅は免れない!時間を稼ぐから、早く撤退を!」

と叫んだ。その声に、動ける者たちはすぐに身動きが取れない人々を央の国へと撤退させることに集中することにした。



 そうこうしている中、夕闇の飛竜の口の先に形成された巨大な漆黒の球体は次第に圧縮していき、やがて紫白の輝きを発しながら一雫の光となって落ちてきた。


 ウェントゥスは急ぎ分身を全て自分へ取り込んだのとほぼ同時に、その「雫」の落下が止まったかと思うと、凄まじい勢いで広範囲からありとあらゆるものを吸収し始めた。ウェントゥスは結界を貼ろうとしたが間に合わず、仕方なく咄嗟に防壁に切り替えて央の国への転移門を庇うようにそれを展開した。その刹那、拠点はその地形諸共「雫」に吸い込まれ、残されているのはウェントゥスの防壁によって守られている央の国への転移門のみとなってしまった。そんなウェントゥスの防壁からも力が猛烈な勢いで吸い取られ続けられており、彼は吸収した分身の力を絶えず防壁に注ぎ続けることで何とか維持していた。


 そんな折、転移門の方では最後の撤退誘導を終えたシルフィ、リディア、風雲とへリオスが、何とかウェントゥスを連れていけないかと試みていたが、一瞬でも力を注ぐのを緩めたら、即刻防壁が崩壊して全滅は免れないと悟ったウェントゥスは、

「いいから行けーっ!!」

と、精一杯の声を張り上げて叫んだ。その声にへリオスと風雲は心を鬼にしてシルフィとリディアをそれぞれ連れて転移門を潜ることにした。そして、

『ウェーーーンッ!!』

というシルフィとリディアの叫び声がフェードアウトしていったのとほぼ同時に、「雫」は眩い光を放ちながら凄まじい爆発を起こし、全てを飲み込んだ。

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