【第二十二話】絶対強者(中)

 シンシアの神器の力のおかげもあって、一行は前回の半分以下の日数で島の近くまで辿り着くことができた。尤も、前回は島を目指しておらず、デッドゾーンでの激闘もあったため、遠回りをしていた理由もあるが。


 島全体に濃い霧が立ち込める夜明け前、前回来た時に目印を建てた浜辺に着いた一行は、目立たないように不死鳥から降りて徒歩で拠点へ向かうことにした。


 この島の動植物は珍しい形態や性質のものが多く、ここを初めて訪れる者にとって、道中は発見の連続であり、早速リディアがそれらを彼女なりにまとめていった。そんなことをしながら、目印とシンシアの神器を頼りに暫く進んで行くと、霊獣や魔獣たちを見かけるようになり、更に奥地へと進むと、数多の超位級の霊獣や魔獣たちも姿を見せ始めた。


 ところが、その付近から急に目印が見当たらなくなり、シンシアの神器も何故か道のりを示してくれなくなってしまう。その上、前回来た時と比べ、明らかに一部地形が変化しており、一行は高ランクの霊獣や魔獣たちの気配に気を付けつつ、山の位置から拠点の場所を割り出しながら進むことにした。


 それから半日以上、道なき道を進んだ頃。ようやく拠点に張られた結界の一部が見えた。いよいよ拠点に着きそうだと皆が喜んだのも束の間、拠点に近づくに連れて異変に気が付いた。拠点周辺のあちらこちらに激しい戦闘が行われたような形跡があり、結界の向こう半分が完全に壊れていたのである。


 急いで拠点へ入り、状況を確認する。幸い内部に目立った損傷はなかった…が、次の瞬間、全員がその目に映った光景に愕然とした。結界が壊されている側の向こうに巨大なクレーターが見えたのである。おそらく結界も、そのクレーターができた際の衝撃で壊れたのだろう。大きな隕石か、或いは例の飛竜の仕業かはわからないが、いずれにしても、この規模の破壊をもたらす攻撃を防ぐのは簡単ではないということについて、全員一致した認識を示した。


 皆で話し合った結果、結界を張り直すのと同時に、近辺の調査を行って、改めて状況を整理しようということになった。



 結界の張り直しにウェントゥスが名乗り出た。他のメンバーはヘリオスとシルフィ、ヴァルナとシンシア、そしてリディアと風雲でそれぞれペアを組み、手分けして拠点周辺の調査を行うことにした。


 ウェントゥスは分身を8体呼び出すと、結界の「礎」を築き始めた。通常、結界は術者が維持する必要があるが、七星学院の結界のように、学長がずっと維持していなくともそれが消えないのは、礎と呼ばれる柱のようなものに結界を刻印し、そこから生じさせているからである。前回張られていた結界が破壊された際に、礎も何本か粉々に砕け散っていたことから、ウェントゥスは半壊した結界を全て解き、一から作り直すことにした。


 ウェントゥスが8体の分身の力でそれぞれ刻印した計8本の礎を完成させた頃、周辺調査していたメンバーも珍しい食材等を携えて戻ってきていた。日が暮れかかっていたこともあり、ディナーミーティング形式で調査報告をすることにした。


 皆が夕食の準備に取り掛かる中、ウェントゥスは最後の仕上げとして拠点を余裕で囲える広さを確保できるように均等に礎を設置すると、半球状の結界を展開した。その結界は形状的にそれなりの物理的衝撃を受け流すことができる上、ウェントゥスの力で創られているため、属性の類の攻撃もダメージを受けることなく打ち消すことができるものである。彼の試算では、分身8体分の力が込められているからして、少なくとも超位クラスの攻撃でも全く問題ないらしく、ある程度の大きさの隕石の衝突も何とか防ぐことができるようだ。


 ウェントゥスが結界を展開し終えて戻ってくる頃、皆は並べられた料理を背に彼を待っていた。因みに、料理の多くはリディアが手掛けたもので、皆は彼女の意外な才能に驚いたものだ。



 全員が夕食に舌鼓を打ちつつ、ミーティングを開始した。


 まず、リディアと風雲が周辺の霊獣や魔獣の生息状況について調査したことを報告した。その内容を整理すると、拠点周辺に生息している霊獣と魔獣はいずれも超位二段ないし三段級以上のものばかりで、一部が縄張りを巡ってか争っているのを確認したが、見かけ上、その殆どは互いに過度な干渉をし合わない程度に暮らしているとのことだ。


 続いて、ヴァルナとシンシアが拠点周辺にある戦闘の形跡について調べたことを報告した。彼女らの話によれば、形跡はいずれも数ヶ月前にできたものらしく、おそらく大規模な戦闘が行われたことによるものだと推定された。位置的特徴からして、もしかすると拠点の結界を破ろうと集まった霊獣や魔獣が何かの拍子に大規模な戦闘へと発展したという可能性もあるとのことだ。


 最後にへリオスとシルフィがこれらの報告に対して意見を踏まえながら彼らが調べたことについて報告した。二人は例のクレーターについて調査していた。それによれば、クレーターは他の戦闘の形跡とほぼ同じ時期に形成されたもののようだが、その発生原因について不可解な点があるのだという。


 通常、隕石の類、つまり何かがぶつかったことによって生じた場合、リム(クレーターの端部に生じる土地が少し高くなる部分)が見られるのだが、それらしき痕跡は全く見られなかったのだという。それに、そもそも隕石がぶつかったにしては、クレーター周囲が点を挙げた。一方で、クレーター内側を丁寧に調査した結果わかったことは、どうも何かによってきれいに抉られている形跡がたくさんあったとのことだ。


 これらをまとめると、このクレーターらしきものは、何かがぶつかったというよりかは、綺麗な半球状にくり抜かれてできたもののようだということである。



 皆は、一体どのような力があれば、このような地形が創られるのか意見を出し合った。


 その結果、以前風雲が使用した「暗黒裂空」のような類の技であれば可能ではないかという意見が出たが、この規模のクレーターを生じさせるほどの威力は自分が百人束になっても成し得ないレベルだと風雲は話す。


 今の風雲の実力は超位一段に位置し、ウェントゥスは超位三段以上であるが、一体何体の分身を用意すれば風雲百人分を超える力に対抗できるのか、ウェントゥスは底知れない不安感に襲われた。勿論彼のみならず、皆も同様の不安感に襲われたのか、自ずと例の夕闇の飛竜に話が移る。


 前回、へリオスたちが報告した、霊獣と魔獣の大規模戦闘が夕闇の飛竜によって鎮圧された可能性があるということを踏まえると、拠点周辺の戦闘の形跡を見るに、今回も少なからず、あの夕闇の飛竜が関与している可能性が高い。そして、この状況下で召喚獣契約を催した場合、大勢の人々がここで霊獣や魔獣と大規模戦闘を繰り広げることになるのは想像に難くなく、それを嗅ぎつけた夕闇の飛竜が襲ってこようものなら、全滅も免れないだろう。


 結局、一行は各国の首都へ通ずる転移門を結界の外部周縁に設置(転移は結界を通り抜けることができないため)したものの、それを起動させることなく、央の国へ続く転移門のみを開通させて一旦報告に戻ることにした。



 一行が戻って数日後、央の国では再び大規模な会議が開かれていた。無論、召喚獣契約の開催の是非について改めて討論し合うためである。


 ヘリオスたちの報告書を読んだ各国の参加者らは、夕闇の飛竜という脅威を改めて認識したものの、この召喚獣契約のために各国が半年以上に渡って準備に尽力してきたことや、誰も夕闇の飛竜の攻撃そのものを目撃していないことなどを理由に、開催を叫ぶ者が少なからずいた。それだけに止まらず、終いには、夕闇の飛竜を討伐ないしは召喚の契りを結ぶなどと主張する者まで現れる始末である。


 火の国の第二王子がそれを駆り立てた張本人で、彼は人一倍野心が強い人物であるゆえに、第一王子のへリオスが王位を継ぐ意思を見せていないのにも関わらず、父王から不死鳥が譲与されたことを快く思っておらず、此度の催しで不死鳥以上の召喚獣を手に入れることで力を示し、自ら王位継承第一位に上り詰めようと考えていた。


 表向き、各国が均衡を保っていると言われはているが、現状、央の国を除く七カ国の中で、火の国が最も力がある。火の国から開催を要望する声が大きくなると、自ずとそれに負けじと、他の国の代表も開催に傾いていった。勿論、へリオスやウェントゥスをはじめ、何人かが幾度か制止しようと試みたが、ヒートアップした状態では焼け石に水であった。


 結局、会議に参加した人の大多数が開催賛成か賛成寄りへと回ったため、統括の役割を担う央の国も参加せざるを得なくなり、最終的には霊獣や魔獣との戦闘はできる限り分散して、且つ夕闇の飛竜がいると思われる山付近での戦闘は厳禁という条件付きで、召喚獣契約を開催することが決定された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る