【第二十一話】絶対強者(上)

 召喚獣契約の開催日が刻々と近づいている。各国はそこで鎬を削ることになるのは明らかなのだが、ウェントゥスの計らいにより、木の国と毒の国も古代の神器を獲得したことで、少なくとも現時点における各国間の力の均衡は保たれ、不公平はなさそうだ。


 召喚獣契約を催すためには、まず開拓調査隊を再び島へ派遣し、そこについ最近開発した長距離用の転移門を設置しなければならない。各国は大量の人材を派遣するつもりでいるので、央の国を経由して転移門を用いるわけにもいかず、各々の首都から直接派遣できるようにと考えていた。そこで、今回の開拓調査隊は、各国から転移門設置の任務を託された人物で編成することにした。



 火の国と水の国はそれぞれへリオスとヴァルナが前回の経験者として初めから本人らが名乗り出たことで選出されていたが、雷の国はサルディスが自分の代わりにリディアを推薦した。それはリディアの方からお願いされてのことである。それもそのはずで、シルフィが風の国の代表として、風雲が神器の儀での償いという理由で毒の国の代表として名乗り出ており、彼女の性格からして名乗り出ない筈がない。


 土の国からはシンシアが参加することが決まり、それは、彼女の神器「ガイア・コア」に備わっている羅針盤のような能力によって、島までの最適航路を導き出せそうだということが理由である。


 もともと開拓調査隊に選ばれるには七星学院の卒業生で、尚且つ、その中でも群を抜いて優秀だという条件があるが、シルフィとリディアと風雲はまだ卒業していないものの、いずれも歴代調査隊員に勝るとも劣らぬ実力者だということに異論はなく、特例として認められた。


 いよいよ残るは央の国と木の国の代表のみとなったが、前者は参加者が七星学院の関係者だということもあって、誰かがついでにという認識でしかなく、一方後者は、先の第三王子の一件で他国からの信頼の問題もあって、現国王は七星学院出身の花明が最も相応しいと考えていたが、彼女が執政官という立場もあって、新体制となったばかりの木の国を長期的に離れるわけにはいかなかった。


 そこでウェントゥスの出番である。彼は自分が第三王子の一件に関与したことで、木の国の正常化に貢献したことになり、人助けも最後までという気持ちで、央の国の転移門と共に木の国の転移門も設置する任を買って出た。


 相変わらずウェントゥスの常識破りの提案に多くの人々が度肝を抜かれたが、木の国の若き国王は、神器の儀の計らいもあって、彼を非常に信頼していたため、自ら彼の元へ訪問し、任を託した。



 今回の遠征では、各国の転移門の設置という重要な任務もあって、道中のデッドゾーンにおける魔物との戦闘で意外を生じてはならず、不死鳥の他にもう一体、超位三段級の召喚獣をお供にした方が良いという意見が会議で出ていた。だが、そのクラスの召喚獣を有しているのは、各国の王家か七星学院の学長くらいで、へリオスのような例外を除いて、その全員が開拓調査隊に参加できる立場にない。


 皆が何か代替できる良い方法がないかと意見を出し合う中、ウェントゥスは何やら考え事をしていたかと思えば、デッドゾーンでの戦闘はどれくらい続くのかと尋ねた。

「シンシアさんの神器の能力で最適航路をとったとしても、距離的に丸一日は避けられないと思う。」

というへリオスの返事に、ウェントゥスは再び何かを考えるような素振りを見せたかと思うと、

「召喚獣の追加なくとも、問題ないと思います。私に任せてください。」

と言った。彼は詳しくその中身を説明しなかったが、これまでの彼の言動を見てきた全員がその言葉を信じることにした。


 会議を終えた後、ウェントゥスは真っ先に練気塔へ向かい、そして出発日まで、彼は殆ど練気塔に籠もったまま出てこなかった。



 いよいよ出発日の早朝。サラスヴァティーにある開拓調査派遣機関からメンバー全員を乗せたへリオスの不死鳥が島を目指して力強く羽ばたいて飛び立っていった。今回はシンシアの神器の力を借りて目的地への最短距離を割り出し、その上でデッドゾーンと呼ばれる魔物の出現海域が最も狭い場所を通る航路をとるので、全員にとっての初航路になる。


 飛び続けること二日ほど経過して、一行は最も狭いと思われるデッドゾーンへと差し掛かった。そして、そこへ突入して間も無く、不死鳥とへリオスが数多の魔物の気配を感じ取ったようで、

「そろそろ来る。全員臨戦体勢へ。」

というへリオスの掛け声によって、皆が戦闘態勢に入ろうとしたところ、

「皆さんは現地の安全確保のために力の温存をしてください。」

と、ウェントゥスは言うが早いか、自身の力を解放し蒼白いオーラを出現させると、2体の分身を呼び出した。


 全員がその光景に驚愕する中、ウェントゥスは続いてそれらの分身を全て取り込むと印を結び、不死鳥をすっぽり包むほど巨大な半透明の蒼白い球状の防壁を作り出した。


 防壁を形成し終えたタイミングで、果たして魔物の大群が次々と海から出現し、攻撃を仕掛けてきた。ところが、彼らの攻撃は一切防壁を通らず、全て弾き返されてしまう。それでも、小型の魔物の大群が更に大群を呼び、次第に防壁を何重にも囲うほどの数にまで増加していった。


 弾かれようがどうされようが、一向に攻撃の手を緩めることなく、魔物の大群が攻撃してくるのを見て、いつまでこの防壁が持つのか、皆は少し心配になってきた。そんな中、ウェントゥスは頃合いだと思ったのか、異なる印を結ぶと、防壁が光を放ち始めた。


 次の瞬間、激しい衝撃波とともに、これまで魔物の大群によって光が遮られて暗くなっていた辺りが、あっという間に明るくなったかと思うと、キラキラ光る粒子が付近一帯に漂っていた。ウェントゥスは自分と同程度の力を持つ分身2体分の力を練り込んだ防壁を爆破させたことで、その威力により、密着していた魔物たちを消し飛ばし、その外周にいた魔物たちを吹き飛ばしたのである。


 今の攻撃で怖気付いたのか、吹き飛ばされた魔物たちや、海面付近にいた魔物たちは命からがら海の方へと引いていくのが見えた。だが、それで終わりのはずもない。へリオスやヴァルナは経験者ということもあり、この後に待ち受けているであろう展開を皆に共有した。



 急いでデッドゾーンを通り抜けるために、不死鳥が速度を上げて突き進むも、程なくして、

「無数の小さい反応と、巨大な反応が…4つ!こちらへ急接近っ!」

今度はシンシアが神器を凝視しながら注意を呼びかけるも、ウェントゥスは、

「大丈夫です。対応可能です。」

と冷静に言いながら、分身を5体呼び出した。


 皆はウェントゥスが先ほどよりも多く呼び出したのを見て、彼が一体どれくらいの分身を隠して持っているのかを不思議に思いながら、成り行きを見守ることにした。そんな中、ウェントゥスは分身を不死鳥の前後左右に1体ずつ配置させると、それぞれの分身が印を結び、半透明の蒼白い円柱状結界を展開させ、残る1体に自分の力を注ぎ始めた。



 そうこうしているうちに、頭領クラスの魔物が無数の手下を引き連れて現れた。頭領クラスの魔物はいずれも不死鳥と同じくらいの大きさで、力もそれ相応に強いように見える。そして、手下たちが大きく不死鳥を囲うように陣取ったのを見届けると、彼らは四方面から不死鳥へ向かって攻撃を仕掛けて来た。


 それら攻撃の凄まじさは、先ほどの魔物たちの総攻撃が児戯に思えるほどの熾烈なものであったが、ウェントゥスの分身が展開した結界も先ほどの防壁とは比べ物にならないほど頑丈で、びくともしない。


 頭領たちは、どうやら通常の攻撃ではウェントゥスの結界を破れないと察すると、互いに合図を送り合い、合同で巨大な召喚陣のようなものを不死鳥の正面に描き出した。そして、そこから次々と独特なオーラを纏った巨大で見慣れぬ形をした武器を召喚すると、結界に目掛けて放ってきた。それら武器は結界とぶつかって弾かれては、また結界にぶつかって来ていたが、魔物たちの攻撃と違い、確実に結界にダメージを与えているように見えた。


 やがて、その数がかなり増えてくると、少しずつ結界へ伝わる衝撃も強くなっていき、このままだと結界が破られるかもしれないと思ったウェントゥスは、力を注いでいた分身を出撃させた。


 妨害行動を仕掛けてきた分身に対して、4体の頭領のうち1体が対処に回る。奴は分身など簡単に潰せるとでも考えていたようだが、分身は思っていた以上に俊敏で、一人では手に負えなかった。


 応援の呼びかけでもう1体の頭領も分身の対処に当たるが、2体でも分身を抑え込むには至らず、仕方なく残りの2体も召喚陣を解いて全員でその分身へと攻撃を仕掛け始めた。その結果、繰り返し結界にぶつかって来ていた武器たちはそのまま海の方へと落ちていくか、もう一度結界に弾かれて、そのまま明後日の方へと飛んで行ってしまった。そして、ここからの展開はかなり早い。


 ひとまず結界が破られる心配はなくなったので、ウェントゥスはすぐさま次の手の準備をし始めた。彼は更に2体の分身を呼び出すと、再び自分に取り込んだ。それと同時に、交戦していた分身は頭領たちを不死鳥の上空へと誘うようにヒットアンドアウェイで翻弄し、挑発した。


 ある程度の上空まで引き付けると、分身は下向きに巨大な窪んだ形の防壁らしきものを展開した。頭領たちは、逃げ腰の分身がついに覚悟を決めたのだと考えたのか、一気に畳み掛けようとしたその時、力を吸収し終えていたウェントゥスが不死鳥の上方に出たかと思うと、分身の防壁と向き合うように巨大な魔法陣を描き、吸収した2体の分身の力をそこに練り込んだ。そして、魔法陣が光ったのと同時に極太の光柱が防壁へと伸びていった。


 刹那の出来事だった。光柱が発生したのと同時に、射線上にいた2体がそれに飲まれて消滅し、分身が展開した防壁に届いた光柱は無数の光線シャワーとなり、一帯を包むように大きく放物線を描きながら魔物たちへと降り注いだ。それらは分身の近くにいた残りの2体の頭領の体に原形がわからなくなるほどの風穴を開け、外周にいた手下の殆どを貫いていった。


 生き残りたちが状況を理解した頃には、辺り一帯に蒼白い光の粒子が漂っているだけで、それまでいた大勢の味方と頭領たちの姿はどこにもなかった。その後の彼らが取る行動はただ一つ、一目散に深海へと退散することのみである。



 それから再び魔物が来襲することもなく、一行は無事デッドゾーンを通り抜けることができた。丸一日はかかると思われていた魔物との攻防戦はたったの数時間足らずで幕を下ろした。


 不死鳥の上ではウェントゥスのオーラの色や一連の攻撃について盛り上がっている。何と言っても、次から次へと出てくるウェントゥスと同等の強さを持つ分身に皆が興味を惹かれないはずもなく、彼は分身に関しての質問攻めに遭っていた。ウェントゥスは今後のことを考えて、分身の由来や性質について簡単に説明し、ずっと練気塔に籠もっていたのは分身を作っては練気をして、その数を増やしていたからだと皆に話した。

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