【第二十話】解封

 試練の内容は「武神」との戦いである。その全身を光輝く甲冑で身を包んだかの存在は、前後に二つの頭と左右で計十四本の腕を持ち、七属性全てを使いこなしながら術を中心とする攻撃を仕掛けてきた。だが、いずれの属性攻撃もウェントゥスによって打ち消されると、「武神」は手に持った武器や触媒を捨て、形態変化を起こしながら、各手に伝説級神器を彷彿とさせるオーラを纏った多種多様な武器を召喚して白兵戦を仕掛けてきた。


 一見大量の腕が干渉しあって動きづらそうに思えるが、それも束の間。「武神」は十四種の武器を巧みに用いて、間髪を入れず攻撃を仕掛けてきた。それは前半戦が児戯に思えるほど熾烈で、ウェントゥスはそれを防ぐので精一杯であった。


 この時、ウェントゥスは勢いで試練を受けたために、武器を持ち込んでいなかった。彼は一瞬自身の愚かさを呪ったが、すぐさま、この状況はたとえ武器を所有していたとしても、どうにかできるものではないと理解した。そして、これがおそらく漆黒の球が言っていた「真の試練」というものではないかと察し、この状態から逆転してこそだと思考を切り替えた。



 「武神」からの攻撃を凌ぎながら戦法を練っている彼の脳裏に、ふと、分身を共に戦わせてみるという考えが浮かんだ。実戦でいきなり分身を動かしながら戦えるのか自信がなかったが、少なくとも文字の解読で知見を共有できたことから物は試しだ。


 彼は力を解放して蒼白いオーラを発すると、強力な防壁を築いた。そして、片手でそれを維持して「武神」からの攻撃を受け止め、もう片方の手で召喚印を描き、文字の解読で作り出していた6体の分身を立て続けに素早く呼び出し、間髪を容れず武神を囲むように彼らを展開させた。


 不思議なことに、ウェントゥスが脳裏で動きを思い描くだけで、以心伝心かのように分身たちはその通りに動いてくれた。また、先程までの戦いでウェントゥス本人が把握していた「武神」の動きも分身たちに共有できたことから、全員で「武神」の動きを乱し、隙を作り出すように働きかけた。そして、「武神」に僅かな隙が生じた際には、一人と6体のウェントゥスが的確且つ迅速な連携攻撃を差し込んでいった。



 立場が逆転するのにそれほど時間を要しなかった。今や「武神」の方が熾烈な攻撃を受ける立場にいる。幾度もの連携攻撃を受けるに連れて、「武神」は徐々に力を奪われ、それに合わせて動きも鈍っていく。そして、いよいよというタイミングで、一人+6体のウェントゥスが最大級の波動攻撃を放った。


 悉く直撃を受けた「武神」は間も無く崩れ去りながら光の粒子となって消え、時を同じくして、練気塔から最終試練の突破を知らせる音が鳴り響いた。へリオスが突破してから約半年後のことである。


 練気塔の音に学院内の全員が集まってきていた。誰もがきっとウェントゥスが突破したのだと確信し、彼が出てくるのを待っていた。その頃、本人はと言うと、これまでにない達成感と疲労感で少しばかり放心状態となっていた。ただ、この試練を通して、彼は分身を巧みに操って戦う術を身に付けることができた。とりあえず、ウェントゥスは気合を入れ直すと、第十層で彼を待っている何かのもとへ向かうことにした。


 第十層にたどり着くと、そこは第九層の個人空間とさほど変わらない広さの空間で、その中央には碑文らしきものが刻まれた石が浮いており、その下に何やら封印が施された長箱がこの空間に固定されているかのように少し浮いていた。ひとまず、彼は碑文に何が書かれているのかを読んでみることにした。

「かつてこの地に、一振りの剣が刺さっていた。その剣は見慣れぬ素材でできているだけでなく、とてつもない何かが秘められているようだ。それは、私がこれまで見てきたものなど取るに足らないほどのものだろう。


 私は、自分が如何に小さき世界に閉じ篭っていたかを思い知った。もっと視野を広げなければならない。ゆえに大陸を出ようと思う。


 ここを去る前に、私がこの剣から引き出した知識をもとにこの剣を封じた。いつか、この封印を解ける者が現れたのなら、どうかこの剣に秘められしものも解き明かしてみてほしい。初代七星学院学長 アルフレッド・シーザー。」

(シーザーってもしかしてっ!ここを出たらアルイクシル学長に初代学長のことについて聞いてみよう。今はそれよりも…)

ウェントゥスは碑文を読み終えると、先ほどから自分を呼んでいるように感じている長箱に視線を移した。


 碑文によれば、この中に入っているのは一振りの剣らしい。そして箱の封印を見ると、それは神器の儀で得た7つの文字だった。

(もしかすると、この中に封印されている剣は自分の力と関係するのか…)

(あの漆黒の球は、この剣に宿る存在なのか…?)

などと考えていたが、考えてばかりでは仕方ない。


 ウェントゥスは再び6体の分身を呼び出し、それぞれに預けていた文字を取り出させると、封印と対応する文字をそれぞれ重ねていった。そして全ての文字を重ね終えた瞬間、それらが共鳴したかと思うと、床に魔法陣らしきものが出現し、そこから蒼白い光柱がきらきら光る粒子を伴いながら天井に向かって伸びていき、そして練気塔の天辺から更に天を貫くようにまっすぐ登っていった。


 光柱は遠くからでも確認できるほどのもので、それを目にした人々は、上手く言い表せない魅力を持つその美しさに見惚れた。


 暫くして、光り輝く粒子を残して光柱は消えた。魔法陣に反応して咄嗟に引き下がっていたウェントゥスは光柱の眩しさでずっと目を瞑っていたが、光柱が消えて目を開くと長箱は消えており、代わりに一振りの漆黒の大きな長剣が宙に浮かんでいるのが見えた。剣としてはかなり大きな部類である。


 彼は剣に歩み寄り、恐る恐るそれを手に取ってみると、剣は浮力を無くしたかのように彼の手に沈んできたが、思いの外軽かった。


 剣身をよく眺めてみると、何やら文字が刻印されている。それはウェントゥスの属性文字と似ていたため、彼が解読を試みようとしたところ、再び頭の中に声が響いてきた。それは、

「満ちる…月…照る…地…導く…星々…力…宿す…名…月影」

と言っているようだ。なお、各言葉が発される度に、対応すると思われる文字が光ったことから、これは剣身に刻まれた内容だと理解した。


 整理すると、「満月が照らす地へ導く星々の力を宿した剣で、名は月影」といったところか。満月が照らす地はこの島のことなのだろうか、星々の力とは何なのか、力の源を指しているのか、色々はっきりしなかったが、少なくともこの剣の名前は「月影」というのは間違いないようだ。


 ウェントゥスはもう一度碑文の方を見た。おそらく初代学長は、星々の力は人智を超えた何かというものだと考えて、このように碑文に残したのだろう。そして、その力とこの剣を創った者に関する手がかりを探しに大陸を出たのではないか?つまり、大陸外の者がこの地に来ていたということなのか?など、いろんな疑問がウェントゥスの頭に浮かんできたが、ひとまず剣を背負って練気塔を出ることにした。


 練気塔を出たウェントゥスは大きな歓声に出迎えられた。風雲、リディア、シルフィたちは言うまでもなく、学院総員と言わんばかりの人々によるものである。そして彼らは、ウェントゥスが背負っている見慣れない大きな剣に気が付くと、先ほどの光柱のこともあって、それは第十層に封印されているものだと察した。また、短期間に二人もの第十層到達者が出現したことと、前代未聞の第十層にある封印が解かれたことのダブルパンチで、大陸中に再び震撼が走った。



 程なくして、ストームウォーカー家で一族の会議が開かれ、満場一致でウェントゥスを特別当主とし、その権限を本家の当主と同等にすることが決定された。その影響もあってか、ウェントゥスは色んなところから祝賀会の招待が来たが、彼は最大限の謝意を示しつつもそれらを辞退し、家族や友人たちと小ぢんまりとしたお祝いパーティーを開いた。そして、それを終えると、彼は早速アルイクシル学長のところを訪れ、初代学長について尋ねてみることにした。


 学長の話によれば、初代学長は彼の曾曾曾祖父に当たるそうで、彼以前にシーザー家に関する記載は一切見つかっていないため、シーザー家の開祖とされているという。なお、正確な理由は不明であるが、シーザー家の神格化を防ぐためか、書物に記されている彼の名前は全てアルフレッドのみで、そればかりか、肖像画の類のものも一切残っていないほどのミステリアスな存在だという。


 かの人物は央の国建国の父であり、そのカリスマ性と圧倒的な強さにより戦乱を収めた張本人ということが歴史書等に記されているが、もとはどこ出身なのか、シーザー家がどれくらいの歴史を持つかなどは現学長含め、それを知る者はおらず、彼が残した二大神秘と言われる練気塔と古代の神器を出現させる7つの光の球についても同様に一切の記録が残っていないとのことだ。因みに、現在の開拓調査隊は、例の碑文を読んだ二代目学長が、初代学長の探索と、その助力を目的として編成された調査隊に由来すると教えてくれた。


 ウェントゥスが練気塔を踏破したことで、再び神器の儀が催されるのかという話になったが、前回からそれほど時間が経っておらず、またウェントゥス本人も「月影」を手に入れていたこともあり、あまり乗り気ではなかった。ただ、前回の神器の儀で、木の国ではきちんと選抜がなされなかったことと、風雲がしたのもあって、木の国と毒の国にもう一度機会をという名目で、その二カ国のために開催することにした。


 結果だけいうと、木の国、毒の国はそれぞれ伝説級の神器を得ることができた。木の国は、柳家本家当主の長女にして木の国の執政官を務める花明ホァミンが、強力な治癒力を宿した柳の枝の形を象った笛「息吹」を獲得し、毒の国は、王家夜夢ヨルム家第一王女のハルが、数多の毒属性の刻印文字が封入されている、翼を生やした厳つい毒蛇の形を象った魔法の杖「ヨルムガンド」を獲得した。因みに、遥と風雲は幼馴染みであり、彼女の才をよく知る風雲が、前回の神器の儀に関する自身の事情を説明した上で彼女を推薦したようだ。


 何はともあれ、木の国と毒の国はこの一件で、ウェントゥスに対して大きな恩義を感じ、それに報いなければと考えていた。

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