【第十九話】怜悟

 ウェントゥスが七星学院に入学から1年が経とうとしていた。その間、彼はシルフィと共に練気塔第九層へ辿り着いていたため、突破最年少記録を塗り替えていた。勿論、このことは大陸各地へと伝わり、又々彼の名を轟かせることになった。


 第九層への突破試練は自分の分身との戦いだった。試練で出現する分身は自分と全く同じ力量のため、ウェントゥスは自分と同じ属性の相手と対戦するのが初めてだったこともあり、かなり苦戦した。


 それはシルフィも同じだったが、他の属性、例えば風ならば速度や刃の切れ味を上昇させたり、火ならば攻撃の威力を強化したりして、属性を補助効果として利用し、差別化する手段が存在する。しかし、ウェントゥスの力はその性質上、ぶつかり合う上で、結局は最強の矛と最強の盾がぶつかり合うようなものになってしまい、埒が明かなかった。


 戦いの中での試行錯誤の末、彼は分身の力を自分より僅かに多く消耗させる持久戦、名付けて「積土成山戦法」で戦い、ようやく勝利を勝ち取ることができた。


 そんなこんなで、ウェントゥスが練気塔から出てきたのは試練開始から3日経っていた。ずっと出てこないウェントゥスを多くの人が心配し、師匠のへリオスや、一足先に突破したシルフィ、その間に第八層まで辿り着いたリディアと風雲は言うまでもなく、彼と交友関係がある人は皆、空き時間に練気塔の前へ来ては、ウェントゥスが出てこないかと待っていたほどである。


 ウェントゥスにとって人一倍辛い試練となったものの、この試練を通して彼は大きな収穫を得ることができた。


 第九層へ辿り着いてから、彼は試練での戦いを何度も識界で再現しながら見返し、そこから何かを見出そうと練気と力の源の凝集をしていくうちに、試練で対戦したのと同様の分身を作り出す術を生み出すことに成功したのである。


 その分身は、自身の力の半分を消費して作るため、一度に大量に作り出せないものだが、その代わり、時間経過でも消失することはないようで、その上、本人と同様の練気ができる。それはつまり、時間はかなりかかるが、分身を作っては練気を繰り返せば、自分と同じ力量の分身を大量に作り出せることを意味する。


 ウェントゥスはこの分身を使って仕事の分担ができるのではないかと考え、6体の分身を作り出すと、一人一文字といった具合で神器の儀で納めた7つの文字の解読に取り組み始めた。



 大陸の各国では、いよいよ召喚獣契約に関する準備も整ってきて、近いうちに開拓調査隊が発見した例の島で催しが行われることも決定した。その取り決めに関する各国の合同会議も開催頻度が増してきており、大陸中が慌ただしい雰囲気に包まれている。


 自ずと七星学院内でも、どのような霊獣や魔獣と召喚の契りを結びたいかという旨の話が多くなってきたが、ウェントゥスはあまりそのことに興味がないのか、周りがその話をしていても交わろうとはしなかった。


 彼は練気塔第九層に辿り着いて以来、そこへ通う頻度が高くなったこと以外、以前と変わらずの学院生活を送っている。周りの人たちは、きっと第十層への突破を最優先しているのだろうと考えていた。何故なら、ウェントゥスが近々第十層へと辿り着けば、言わずもがな、全ての層における突破最年少記録を塗り替えることになるからだ。


 実際のところ、ウェントゥス自身は決して記録の塗り替えや召喚獣契約に興味がなかったわけではない。ただ、彼が神器の儀で得た7つの文字の解読を開始して以来、幾度か漆黒の球が識界に現れ、例の文字の解読についてのアドバイスをしてくれていたようで、そのせいか、ウェントゥスは寝る暇も惜しむくらい、日々多くの時間を第九層の個人空間で文字の解読に費やしていたのである。



 それから半月ほど経過した頃。召喚獣契約の催しの日程がついに決定し、そのタイミングで、ウェントゥスにも大きな進展が訪れた。彼はついに7つの文字の解読に成功し、それらは各属性の深層的特性と、自身の力との関係性について表したものだということを理解したのである。


 その詳細は以前学長が話していた属性の由来に非常に近しいもので、各元素属性の源に自分の力が関与していること、そしてその力は全ての人に力の源として備わっているが、殆どの人はそれを力として引き出すことはできず、代わりに元素の力を緩衝する役割として用いていることなどである。


 言い換えれば、もともと力の源を力として引き出すことができるウェントゥスの体質は、元素属性を必要としないために祝福を受けることがなかったのであり、へリオスが力の源を凝集することによって属性の力が洗練されると言っていたのは、力の源の影響を小さくすることで緩衝作用が弱まり、より元素の力を引き出しやすくする仕組みだとウェントゥスは理解した。尚、ウェントゥスの場合は、力が力の源そのものなので、凝集することで、力の洗練だけでなく、著しいコストパフォーマンスの改善にも繋がった。


 ウェントゥスは今までこれほど脳裏に電撃が走るような興奮を感じたことがなかった。そんなウェントゥスの識界に再び漆黒の球が出現したかと思うと、彼に第十層で待っていることと、次の試練では彼だけに課される「真の試練」が待ち受けている旨の話をすると、そのまま消えてしまった。ウェントゥスは興奮のせいもあってか、「真の試練」についての意味を深く考えずに、そのまま第十層の突破試練を受けることにした。


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