【第十八話】類稀(後編)

 風雲による暗部部隊に関する報告の後、ウェントゥスは次のように話した。

「暗部部隊の方は既に綿密に計画を練っているでしょう。勿論、我々にはその詳細がわかりません。しかし、もし我々が主導権を握ることができれば、対処は容易になるのではないでしょうか。幸い、我々はその手段を持っています。」

ウェントゥスは、事前に事態をどうこうするのではなく、敢えて暗部部隊に行動させ、そこを起点に第三王妃・王子らを追い詰めるやり方が良いという考えである。無論、召喚石を奪われるつもりなぞ微塵もないので、あくまで暗部たちが召喚石を奪おうとしたところを捕らえるのだとウェントゥスは言った。


 では、どのような手段を使ってそのような状況を作り出すのかというと、ここで登場するのが他でもない究極召喚石である。


 現状、暗部部隊の具体的行動は予測が難しいが、究極召喚石を利用して、あたかも学院側で不測の事態が起きたかのように装い、その対応で手一杯という印象を与えれば、暗部側の行動をこちらの都合がいいように誘導することができるとウェントゥスは説明した。


 そして、その不測の事態が何かというと、結界調整日の前倒しである。具体的には、翌日からウェントゥスと風雲が大量に究極召喚石を錬成するので、それに合わせて学長が僅かながら結界を徐々に弱まるように細工をし、数日後の夕方頃に結界調整が来るように仕向けることである。勿論、暗部たちへ確実に伝わるよう、学院内外に学長直々のお触れも忘れずに出しておく。これで前準備は完了とのことだ。


 誤解がないように言うと、究極召喚石に結界に干渉する特性はない。しかし、このことを知っているのはこれを聞いている者たちだけである。言い換えれば、ウェントゥスたちが「干渉する」と嘘ついたとしても、木の国の暗部含めこの場にいる者以外は、誰もそれを見抜けないだろう。そこへ学長の協力が加われば、尚更見抜くのは不可能に近い。



 緊急会議の翌日、早速ウェントゥスと風雲は開拓調査隊が持ち帰ってきた魂晶石をありったけ使い、究極召喚石を大量に錬成した。そして、それら召喚石が保管されたのを確認したアルイクシル学長は少し経過してから結界をごく僅かに弱めた。その上で、あたかもそれが徐々に進行しているかのように見せるために、一定時間毎に弱まるように結界に細工も忘れていない。


 その後、ウェントゥスと風雲は、へリオス、シルフィ、リディアに声をかけ、神器の力で実技指導をお願いしたいという理由で作戦決行日、勿論本人たちには日時だけ伝えて約束を取り付けた。シンシアとヴァルナには学長や副学長から頼んでもらった。



 いよいよ作戦の大詰めとなった日の夕方、結界に明らかな違和感を感じ取った一部の教員らの提言により緊急会議が開かれたのだが、究極召喚石が原因ではないかということを最初に言い出したのも、即座に結界の張り替えを提言したのも、他ならない学長自身である。


 やがて、緊急会議の内容の旨を記載したお触れが張り出され、約束で練気塔前に集まっていたシンシア、ヴァルナ、へリオス、シルフィ、リディアはお触れを見たウェントゥスと風雲の声かけで一緒に学長室へ向かい、そこで初めて彼らにウェントゥスの作戦内容が伝えられた。それを聞いた彼ら全員が喫驚したのは言うまでもないだろう。


 作戦の続きは学長室という密室内でウェントゥスの口から伝えられた。


 まず、シャーンティ副学長、シンシア、ヴァルナ、そしてへリオスの4人には学院内外にいる学生と職員の対応という体で実行部隊とは別にいるかもしれない暗部たちの捜索と拿捕をお願いした。


 次に、学長にはシルフィとリディアからの合図を待って、結界を元に戻して暗部たちを閉じ込めた後に、先の4人への合流をお願いした。


 そして、シルフィとリディアには実行部隊の奇襲と学長への侵入を知らせる合図のために、時が来るまで保管庫周辺に身を潜めてもらい、風雲と自分は究極召喚石の保管庫で調査する素振りをして実行部隊を迎え撃つことにした。


 通常、結界の調整が早朝から半日以上近くかけて行われることは、在学経験者なら全員知っていることである。数日前から七星学院付近に潜伏していた暗部部隊は、七星学院出身者のメンバーのアドバイスのもと、本来の調整日に各方面から学院内に紛れ込むつもりでいたため、学院内で起きた不測の事態に、彼らは思わぬ幸運が巡ってきたと考えた。無論、多少は疑ったかもしれないが、夜の闇というこの上ない条件が加わったことで、彼らが行動を起こさないはずもなく、結果的に足元を掬われることとなってしまった、というわけである。



 翌日、一網打尽にされた暗部たちは央の国の政府関係者らの手で直接木の国の王府へと移送された。そして、暗部部隊がその場で白状した内容をもとに、指揮権を持つ第三王子の命令がなければ彼らが動けないことを一番の理由として、第三王子を首謀者とし、彼に国家侵入罪をはじめとする数々の罪状が言い渡された。


 そこへ追い討ちをかけるように、柳家をはじめとする国内の数々の名家から、第三王子と第三王妃、および王妃一族のこれまでの権力の濫用や悪行の数々を咎める声が改めて上奏される。第三王子は第三王妃に助けを求めたが、暗部部隊が離反してしまった今、もはや王妃にも成す術はなく、二人して万事休してしまった。



 悪因悪果。間も無く二人とその一族は全ての権力と財産を没収された上で、国賊という烙印を押され、生きては戻れないという辺境の地へと追放されてしまった。


 これほどの転落劇はここ数百年で一度もなかった程だ。尤も、神器の儀でリディアへの祝福を第三王子が邪魔しなければ、彼らがウェントゥスの策に打ちのめされることもなかったのかもしれない。


 結果的に、この一件が原因で木の国の王は病に伏せたために自主退位し、第一王子が若くして王位を継いで、木の国の信頼回復に努めていくのであった。一方、この事件におけるウェントゥスの活躍は瞬く間に大陸各地へと伝わり、図らずして、再び彼の名を轟かせる結果となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る