【第十七話】類稀(前編)

 ウェントゥスが付呪をマスターしてから、召喚石の錬成にも大きな進展があった。彼は付呪から見出した力の伝達を利用して、絶竜胆と玄霊花の粉末を自身の力でコーティングすることに成功していたのである。そして、神器の儀の夜に語り合った際に、風雲から教わった「力を以て力を制する」方法を応用して、そのコーティングを少しずつ解放しながら、それぞれ三元草の粉末を溶かした「魔法の水」との調合を行うことで、素材の持つ性質を一切損なわせることなく、安定した2種類の錬成液を完成させた。


 早速、ウェントゥスは他の皆に声をかけ、開拓調査隊が回収した魂晶石を用いて超位三段クラスの召喚石の錬成を試みた。へリオスをはじめとする開拓調査隊のメンバーと学長や副学長らの協力のもと、予想を遥かに超えたクラスの召喚石が錬成された。


 大勢が成功を喜び合う中、ウェントゥスと風雲はお互いニヤリと笑って拳でタッチをした。実は、今回の錬成過程において、ウェントゥスと風雲による多大な討論を経て導き出された改良点が少なからず含まれていた。二人とも古代錬金術の方面では学院内トップを走っているだけのことはある。


 リディアはそんな二人を羨ましそうに眺めていた。彼女は神器の儀の後、シルフィのいる特別グループへと引き抜かれてしまい、ウェントゥスや風雲と一緒に行動する機会が著しく減っていた。おかげでシルフィとは実の姉妹のような関係を築けたとはいえ、やはりどこか寂しさが勝っていた。



 七星学院で超位クラスをも超える究極の召喚石の錬成に成功したとの話はすぐさま各国へと伝わった。それを聞いた各国の反応は言うまでもなく、召喚獣契約に向けて準備し始めた。中でも木の国と毒の国は神器の儀で伝説級の神器を獲得できなかったのもあって、そのハンディキャップを埋める勢いで準備に勤しんでいた。そんな中、不穏な動きもあった。あの神器の儀に参加した木の国の王子である。


 彼は第三王子なのだが、彼の母親に当たる木の国第三王妃が王に最も寵愛されていることもあって、他の異母兄弟よりも我儘に育てられてきた。そのせいで神器の儀で他の候補者を辞退させるという暴挙も咎められることがなかった。


 第三王子は、神器の儀で選ばれなかった屈辱を晴らすためにも、召喚の契りでは彼が所有する部隊の総力を導入し、他の誰よりも多くの強力な召喚獣を手に入れることを心に決めていた。そのためにはより多くの召喚石が必要となるので、彼はまず配下の優秀な暗部部隊を遣って、七星学院から例の召喚石を盗むことを画策した。これまで我が儘がまかり通ってきた彼だからこそ考えついた愚の骨頂である。


 木の国の暗部部隊を治める者は木の国を治めると言われている。一般的に暗部部隊は現国王の直属のはずだが、第三王妃の口利きによって、その指揮権は第三王子に渡っていた。このことが少なからず他の王子や名家の頭痛の種となっていた。尤も、この暗愚が次期国王になるかもしれないと思うと、木の国の行く先を心配しているのは何も本国だけに留まらないが。



 第三王子の企みを察知した木の国随一の名家である柳家は、先の神器の儀での一件も含めて、このままでは木の国の滅亡は免れないという危機感に襲われた。七星学院に手を出すことは央の国だけでなく、他の全ての国に手を出すのと同等の意味であり、もしこのまま第三王子の暴挙を許せば、木の国はたった一人の暗愚によって崩壊してしまうだろう。


 柳家はこれまでも国王に度々第三王子の所業に関する諫言を上奏してきたが、第三王妃の悪知恵によってはぐらかされ、逆に彼ら母子の目の敵にされていた。幸い、柳家が木の国で最も優秀な名家なだけでなく、央の国の建国にも大いに貢献したことから、国境を跨っての同盟が多く、暗部部隊を持つ第三王子とはいえども、簡単には手出しできなかった。兎も角、柳家は早速内密に央の国と七星学院へ使者を遣わせ状況を報告させた。


 柳家からの密報を受け取った央の国の上層部とアルイクシル学長、シャーンティ副学長らはすぐさま秘密裏で緊急会議を開いた。議論は自ずと木の国に圧力をかけて、第三王子を廃する方向へと向かう。しかし、そのためには各国の王家にも手を回す必要がある。何せ、いくら暗愚だとしても、一国の王子には違いないので、側から見れば内政干渉に他ならないからである。


 現在、各国間の平和は絶妙に調整されたバランスの上に成り立っているもので、手回しなしに央の国が強行すれば、ここのバランスが崩れ、これまで努力して築き上げてきた平和に亀裂が生じてしまう可能性が高い。となれば、自ずと各国が納得する根拠が必要となってくるのだが、現状、根拠は柳家からの密告のみであり、幾ら柳家が大陸中で名の知れた名家とはいえ、残念ながら、それだけでは各国の王家を納得させるのに十分とはいえない。


 もっと十分な判断材料が得られることに越したことはないが、暗部部隊がいつ動くかもわからない中では、そんな悠長なことも言っておられず、皆は頭を悩ませた。そんな中、アルイクシル学長がある提案をした。


 程なくして、ウェントゥスと風雲が会議の場に現れた。この二人が究極召喚石の錬成で多大な貢献をしたこともあり、その保管に任命されていたことが表向きの理由だが、学長は常に奇想天外で他人を驚かせてくれるウェントゥスに意見を求めたかったようだ。


 事情を聞いたウェントゥスは、

「アンブだかコンブだか存じ上げ無いですが、敢えて奪いに来させればよろしいかと思います。」

と言い放った。央の国の政府関係者らはその発言に驚いていたが、学長と副学長は冷静沈着である。そして、その二人からぜひ詳細をとのことだったので、ウェントゥスは承諾すると、会議のメンバーを見回しながら、

「まず、この件における相手は木の国の王家そのものではなく、あくまで第三王子と第三王妃の二人だと私は考えております。ご存じの通り、彼らが傍若無人できる所以は、暗部部隊が掌中にあるからでしょう。今回、その暗部部隊がわざわざ出向いてくるのですから、それを利用しない手はありません。ちょうどそのことで、少し皆様のお耳に入れておきたいことがございます。」

と話して、風雲にバトンタッチした。


 風雲は早速、木の国の暗部部隊には七星学院出身者が2名所属していること、その者らはおそらく学院の内部構造やいろんな事情についても熟知していること、そして、他の幾つかの要素を合わせて考えると、決行はおそらく1週間後の結界調整日(調整のために結界が一定時間弱まる、ないし消失する日)の可能性が高いことを述べた。


 ウェントゥスと風雲を除く、この場にいた全員が、何故風雲がベールに包まれた木の国の暗部部隊の構成や、彼らの企てについて詳細を知っているのか、驚愕と疑問が頭の中を駆け巡ったが、程なくして合点がいった。紫家は大陸随一の諜報機関のトップにいることを思い出したからである。


 学長と副学長は長年楽来と接しているうちにすっかり麻痺していたが、彼が誰もなりたがらない採取班の責任者に率先して所属したのは、各国を自由に渡り歩くことができ、諜報活動がしやすくなるからではないかと疑った。だが、それよりも恐ろしいのは、若輩ながらその諜報機関を動かした風雲と、この出来事を予見して行動していたウェントゥスの二人なのではないか。学長と副学長のみならず、その場にいた全員がこの二人に対して畏敬の念を抱かずには得ない。


 その後、落ち着きを取り戻して、再びウェントゥスの説明に戻り、最終的に彼が練った作戦に沿って行動することにした。



 数日経ったある日の午後。学院を守る結界に違和感を感じ取った数名の教員が学長の元へ訪ねて来た。すぐさま緊急会議が行われ、話し合いの結果、おそらく究極召喚石が何らかの原因で干渉しているのではないかという結論が出たため、結界調整日を前倒しして、急遽その日の夕方に実施されることとなった。


 結界の貼り直しはおよそ半日をかけて行われるので、夕方から始まった作業は自ずと深夜へかけて続けられることになる。


 その晩、ウェントゥスと風雲は究極召喚石が干渉しているかもしれないということで、副学長からの依頼に応えて、原因調査のために保管庫の前に来ていた。そして、まさに保管庫の扉を開封したその瞬間、二人の背後に鋭い音がした。 


 二人して振り返ると、そこには見慣れない20人ほどの仮面と全身を包むような黒き軽鎧を纏った者が、半分暗闇に溶け込んでいるかのように浮かび上がっていた。そして、その周囲には何やら暗器の類のものが落ちており、先ほど聞こえたのはウェントゥスが張った見えない防壁がそれらを弾いた音なのだろう。


 その者らは無言のまま再び暗器を投げつけたと同時に武器で斬りかかってきたため、学生相手に情け容赦ないなと、二人はそう思いながらも応戦する。プロの戦闘集団ではあるが、勿論ウェントゥスと風雲も引けを取らない。


 思いの外、簡単には二人を始末できないとわかると、その者らは二人を引きつける役と召喚石を奪取する役で臨機応変に交代しながら強奪する戦法に切り替えた。間も無く、数的に不利なウェントゥス側は自ずと引きつけ役の者らによって保管庫の入り口から引き離されていき、それと同時に、奪取役の者らに保管庫内部へ侵入する隙を与えてしまった。


 しかし、保管庫内へと踏み込んだ者たちは、突如その場で体の自由を奪われたかの如く全く、身動きが取れなくなってしまった。風雲が予め仕掛けておいた罠「秘術・内奥の毒」にかかったのである。


 「内奥の毒」は精神を蝕む類の毒で、通常は立つことすらできないほどの激痛をもたらすが、その特殊な鎧のおかげか、或いは訓練のおかげか、罠にかかった暗部たちは体を動かせない程度で済んでいた。


 他の暗部たちが咄嗟に少し後退しようとしたところ、その背後から突如一筋の強烈な雷光が走る。ウェントゥスと風雲に気を取られていた数名の暗部がそれに反応できず直撃を受け、痙攣を起こしながら倒れ込んでしまった。「イクシード」によって大幅に増強されたリディアの技「ライトニング・アロー」がその特殊な鎧を貫通し、感電させたである。


 勿論、彼女の攻撃を免れた暗部たちもいたが、彼らは行動する暇も与えられないまま、幾つもの連続した二種類の青く光る斬撃の残像に包み込まれた。程なくして、両刃剣形態の「シルフィード&ウンディーネ」を携えたシルフィが姿を現したと共に、まず暗部らの手にあった武器は全て断片となって地面に落ち、時間差で彼ら自身も全身の筋を切られたかのようにその場に倒れ込んだ。二人とも、風雲の罠発動が合図となって、暗部たちに奇襲をかけたのである。


 行動不能状態に陥りながらも、何とか秘密を守ろうと自害を試みようとする暗部たちに対し、

「自ら命を絶って秘密を守ろうとしても、もう貴方たちの正体は知っていますよ。」

と、ウェントゥスは語りかけた。


 暗部らに僅かに動揺が走ったが、侵入したことが何かしらの原因で発覚したとしても、自分たちの正体を知るはずもなく、ハッタリだと思い、とりあえず冷静になることにした。どこの国もだが、暗部の類は、そこに所属した瞬間から、身元特定に関するあらゆる情報を消し去るからである。尤も、毒の国の諜報機関の情報収集力の前には無意味だったようだが。


 そんな暗部同士で、次はどう動くかの目配せをしていると、

「学院周辺に潜んでいたお仲間たちは全員拿捕完了。」

というへリオスの声が聞こえたかと思うと、縛られた十数人の暗部を引き連れてへリオスとシンシアが現れた。

「暗闇の中に上手く溶け込んでいたつもりのようだったのでしょうけど、結構杜撰だったわよ。」

と、シンシアは付け加えた。


 続いて、転移術の紋様が浮かび上がったかと思うと、捕えた大勢の暗部らを連れて、アルイクシル学長とシャーンティ副学長に、ヴァルナの3人がそこから現れた。

「学院内の別動隊も全員拿捕しておるぞ。」

と、学長は話しながら暗部たちをぎろりと睨みつけたので、彼ら全員まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。



 どうやら本当に七星学院とその周辺に潜んでいた暗部は一人残らず捕らえられたようで、リーダー格の一人が思わず動揺して、

「バ、バカな…。こんな…」

と口走ってしまった。そして、ここに現れた面々を見るに、ウェントゥスの言う正体を知っているということもハッタリではないのだろうと彼らは理解したようだ。そんな中、ウェントゥスは溜め息を吐くと、誰にともなく語りかけるように、

「先の神器の儀の時から木の国の第三王子には目をつけていたんですよ。彼のような人間はきっと近々また何かやらかすと。」

と言った。そんなウェントゥスに、学院の面々が一様に感心の眼差しを向ける。特に風雲は、第三王子とその周辺について調べて欲しいと、あの時ウェントゥスから頼まれた際に、彼が理由に挙げた、近々その者がとんでもないことをやらかすかもしれないという言葉がその通りになって、彼はウェントゥスの凄まじい洞察力と先見の明に改めて感服した。


 暗部側にも変化が訪れた。若干15歳の少年から、暗部たちを掌の上で踊らせる程の智謀と、複数の暗部相手にも引けを取らない強さ、そして、これだけの人物を動員させた人間性を見せつけられた彼らは、ウェントゥスを噂以上のとんでもない存在だと認識したようだ。そこへ、タイミングを見計らったかのように、

「木の国のこれからを本当に想うのであれば、何をするべきか、お分かりでしょう。」

と、ウェントゥスが暗部たちに声かけた。その一言に、憂国の想いが一気に溢れ出た暗部たちは、此度の第三王子の企みに関する一部始終を打ち明けた。それによって、第三王子を廃するのに十分な根拠を揃えることができた。


 ところで、どうしてこのような結果になったのかというと、秘密会議があった晩まで遡る…

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