【第十五話】黎明

 数日後、ウェントゥスは学長秘伝の刻印術を完全会得していた。それにより、自身の属性の力を物へ刻印できるようになったのと共に、付呪や上級付呪する能力も開花した。


 力の源を凝ることができたことによって洗練されたウェントゥスの力は飛躍的に増強し、多くの技を見出した。彼はそれらを見せびらかすことなく、日頃は敢えて自身の力の色が見えない程度までに抑えていたが、それでも彼の近くにいれば、誰しもがその洗練された力の気配を感じ取ることができた。



 練気塔第五層への試練を突破したウェントゥスは、破竹の勢いで一気に第八層まで辿り着く。少し前にシルフィが第八層へ辿り着いたばかりなのもあって、ウェントゥスに追いつかれただけでなく、その突破速度に畏敬の念すら抱いた。勿論、彼女のみならず、七星学院にいる誰もが前代未聞の勢いで突破していくウェントゥスに同様の念を抱いている。


 時を同じくして、へリオスはついに第十層へ到達した。単一属性のみで第十層に辿り着いたのは彼が初めてである。このことは瞬く間に虹の大陸全土へと伝わり、火の国だけでなく、全ての国で盛大なお祭り騒ぎとなった。一方、当の本人は火の国の王家主催の祝賀会に軽く顔を出すと、すぐさま七星学院へと戻ってしまった。それは、第十層で気付いたことを逸早くアルイクシル学長に相談するためである。



 練気塔最上階に関する詳細は、基本的に踏破した者同士でしか共有してはならないという暗黙のルールのようなものがあって、二代目学長が自伝で碑文と封印の施された箱の存在を記載したのだが、あれが一般に知られている全てである。


 へリオスは歴代の踏破者と同様に、第十層で碑文と封印が施された長箱を目にしたことをアルイクシル学長に伝えた。そして、初めは長箱の封印を解くつもりだったが、碑文を読み終えた後に自分にはできないと察したことも伝えた。一方で、箱に施された封印文字については見覚えがあり、それは、少し前にウェントゥスに見せてもらった彼が刻印した武器の属性文字とかなり似た特徴をしていたというのである。それを聞いた学長は、雷に打たれたような衝撃を受けていた。


 へリオスはこのことをウェントゥスに伝えてよいかどうかを相談したが、内密にするようにとの返事が返ってきた。学長の考えでは、これまでの慣わしというのもあるが、今のウェントゥスの勢いであれば、第十層への到達もそう遠くはないだろうから、敢えて伝える必要はないとのことだ。



 へリオスが第十層に辿り着いたことは、虹の大陸の全ての国にとっても大きな意味がある。それは、「神器の儀」が行われるということだ。


 「神器の儀」とは、伝説級の神器を獲得する大きな催しである。最上級までの神器は各属性において既に鋳造方法が確立されており、そこそこ普及していたが、伝説級神器レジェンダリー・ギアに関しては謎が多く、その由来についても不明な点が多い。ただ、それらを触媒として用いた場合、属性の力が少なくとも10倍以上増強されると言われている。因みに、最上級神器エピック・ギアは最大で5倍程度である。


 言うまでもなく、各国が喉から手が出るほど欲している代物なのだが、鋳造できる神器と違って、伝説級の神器は人が神器を選ぶのではなく、神器が人を選ぶのだとされている。それがよくわかる出来事は今でも語り継がれていて、かつて二代目学長の孫が、練気塔の最終試練で、祖父の遺した伝説級神器を使用した結果、神器から受けた反発の影響により力を全て失い、廃人と化したという話である。


 そんな伝説級神器は7つのスフィアから生成されるとのことで、それは初代学長が残したものだと言われている。その7つのスフィアは央の国の国庫に厳重に保管されており、かつては練気塔を踏破した者のみのために神器の儀が催され、お披露目されていたが、アルイクシル学長が催しを一般解放して以来、多くの人に獲得のチャンスが訪れることとなった。此度、全ての国でお祭り騒ぎになったのはそのためである。尤も、前回はそんなことが初めてだったこともあり、各国が上手く代表を選出できず、伝説級神器を獲得できたのはアルイクシル学長本人のみとなってしまったが。



 へリオスが練気塔第十層到達の知らせが各国に届いて以降、各国では前回の反省を踏まえた上での代表選出が行われていた。勿論、七星学院に所属する生徒と教員もそこに含まれているため、学生たちにとっては学院の敷地から出ることが許される数少ない機会の一つでもある。


 ウェントゥスとシルフィは早速一緒にストームウォーカー家へと向かった。シルフィにとっては実に約4年半ぶりの帰省だったこともあり、一族総出で手厚い歓迎を受けたのは言わずもがな、ウェントゥスもそれに劣らずの歓迎を受けた。


 ウェントゥスとシルフィが帰省した次の日、央の国の政府関係者と風の国の国王が直に訪ねてこられ、二人に代表になってほしいとの打診をされた。国のトップがわざわざ訪ねてくること自体滅多にないのだが、それだけ、この二人への期待が大きいということなのだろう。尚、シルフィは風の国の代表として、ウェントゥスは央の国の代表としてである。勿論、二人は断る理由もなく、謹んでそれを引き受けた。


 本来は選考会を開いて代表選出を行うため、早々に代表に決定した二人は、神器の儀が開かれるまで、暫しの休暇としてそれぞれ実家で寛ごうと考えたが、連日のように開かれた歓迎会や代表の祝いがそうはさせてくれなかった。


 ようやくそうした催しもひと段落し、二人ともそれなりの自由時間を確保できるようになったある日の夜、久々に例の楓の木の下で語り合うことにした。

「なんだかここに来ると、あの頃に戻ったような感じだね。」

「うん…。あの頃はシルフィ姉さんを目標にひたすら頑張っていたなあ。」

「ふふ。それが今じゃ追いつかれて、あっという間に追い越されそう。」

「これも、シルフィ姉さんが居てくれたからこそだよ。……本当に…、僕の恩師だよ。」

ウェントゥスは、シルフィという、両親以上に自分を理解してくれている存在がいなければ、きっと彼は今頃落ちぶれた人生を歩んでいたに違いないと考えていた。シルフィはそう話すウェントゥスの目が少し潤んでいるのを見て、彼の気持ちが伝播したのか、釣られて涙が出てきてしまった。


 思えば、前回この楓の元で語り合った後、ウェントゥスは休むことなくひたすら走り続けてきた。この場所、このひとときが彼の緊張の糸をほぐし、いろんな思いが涙と共に一気に溢れ出しきたのだろう。

「ウェンがストームウォーカー家出身じゃなかったら、私きっと旦那候補にしてたと思う。」

シルフィは目を潤せたままにっこりと笑う。ウェントゥスは急に何言い出すんだというような顔をしていると、

「でも、貴方にはリディアちゃんがいるもんね。」

と続けた。ウェントゥスは、滅多に涙を見せないシルフィが気恥ずかしさを紛らわすために言ったのだと思い、何も言わずに笑った。ただ、本当のところ、シルフィの発言は少なからず本気だったのをウェントゥスは知らない。一方、シルフィの言うように、リディアはシルフィに負けないくらいウェントゥスのことを気にかけているのは言うまでもなく、お互い満更でもないため、シルフィの後半の発言に対しては、敢えて異議を唱えなかった。


 その後、二人は暫く止めどの無い話をしていたが、季節的に夜が冷え始めた時期だったこともあり、適当なところで切り上げて家に帰って休むことにした。



 神器の儀の当日、各国で選ばれた代表の者たちと大勢の見物人たちが央の国の「集いの広場ユニオンズスクエア」に集まっていた。ここはかつて乱世を治めようと各国の名家が会合し、建国宣言をした場所、いわば央の国の始まりの地である。


 央の国の政府の者たちが始めの挨拶を軽く済ませた後、何やら不思議な装飾が施された7つの箱が運ばれてきて、アルイクシル学長がそれらの封を切ると、中から各属性を表す色をした輝く光の球が宙に浮かび上がってきた。どうやらこれらが例のスフィアのようだ。


 此度の参加者代表はへリオスであるので、彼が一番に7つの光の球(=スフィアズ)の前に出た。すると、赤い光の球が反応したかと思うと、その光の球の中から一本の槍が姿を現し始めた。すかさず広場から感嘆の声が湧き上がる。


 その槍は、彼が見出した「原初の火」のようなオーラを纏った鋭く尖った真紅の穂を持ち、逆輪(長柄の先にはめる鐶)は飛竜の角を模した形状をしていた。また、柄の部分には飛竜らしきものが巻き付いており、へリオスはそれを手に取ると、槍のオーラがその飛竜の部位を伝って、彼に馴染んでいくように見えた。どうやら所有者として認めたようだ。



 続いて土の国代表として、ロックウェル家の若き当主であるシンシアがスフィアズの前に立った。すると、橙の光の球から発した光が彼女の左腕に纏わり付いたかと思うと、その光は紫色の腕輪へと形を変えた。装飾がされたその腕輪には大きな楕円形の橙色の宝石が填められており、羅針盤のようなものが内側に封入されていた。また、腕輪の装飾を展開・変形すると、弓の形状を取ることができ、弦を引くと、自ずと土属性の光の矢が番えられるようになっていた。そんな腕輪の美しさと変形機構に再び広場に感嘆の声が湧き上がった。



 シンシアの次はリディアの番だ。彼女がスフィアズの前に立つと、黄と青の光の球が反応した。それぞれから出た光が彼女の前に交叉したかと思うと、一本の短剣を形作った。その短剣は雷の形を象った琥珀色の鋭利な刃と純白に輝く湾曲した柄を持ち、全体に雷の力と風の力を纏っている。


 もれなく一際大きな歓声があがる。だが、そんな祝福の空気をぶち壊すかのように、自分の番が待ちきれなかった木の国の代表がずかずかとスフィアズの前に立った。見物者の話だと、かの者は木の国の王子の一人で、自ら代表になるために、権力に物を言わせて代表選出を取り止めたのだとか。そんな声がウェントゥスの耳にも入った。


 案の定と言うべきか、彼が神器に選ばれることはなかった。その者は舌打ちをして、悪態をつきながら会場を後にする。会場にいる大勢から顰蹙を買ったのは言うまでもないが、リディアの見せ場を邪魔されたのもあってか、去っていく木の国の王子一行の背中をウェントゥスは無意識に睨んでいた。一方のリディアは案外冷静で、取るに足らないと言わんばかりに、何事もなかったかのようにその短剣を収めた。



 仕切り直して、シルフィがスフィアズの前に立った。すると、青と藍の光の球が反応し、それぞれから出た光は混じることなく、一振りずつの剣となった。一本は風の力を、もう一本は水の力を纏っていて、剣の刃はそれぞれ透き通った青と藍色をしており、黒く長い柄が付いていた。そして、シルフィが2本の剣を手に取ろうとしたところ、二本の剣は柄の末端で合体し、鍔が変形したと同時に刃の形状が変わり、一本の両刃剣となった。どうやらこの神器には変形・合体機構が備わっているようだ。先ほどの反動もあって、今までで一番大きな感嘆と歓声があがった。



 そんな余韻が収まらない中、今度は水の国の代表で開拓調査隊にいたヴァルナがスフィアズの前に立った。すると藍の光の球が反応し、彼女の右手の人差し指に翡翠色の指輪を出現させた。遠くからは彼女のその人差し指から煌々たる藍光を放っているようにしか見えなかったが、彼女の目にはその指輪に彼女自身が見出したものも含め、びっしりと水属性にまつわる細やかな刻印が施されているのが見えた。間を置かずして、その指輪は水属性にまつわる術を瞬時に唱えることを可能にするものだと彼女は理解した。再び広場は大きな感嘆の声に包まれた。



 続いて、毒の国の代表として風雲がスフィアズの前に立った。すると、紫の光の球が反応したが、別の何かに拒絶されたようで、結果的に何も具現化せずに終わってしまった。広場にいた人々はやや騒めくも、一部から落胆の声が聞こえた。そんな中、

「やはり選ばなかったか…。」

と、楽来が呟いた。



 いよいよウェントゥスの番だが、ここまでの流れで彼は嫌な予感がしていた。ここにある伝説級の神器を出現させる7つの光の球は、それぞれの属性にまつわる神器を実体化させてきた。たとえ二属性のものでも完全にその属性が融合することはなかった。先の風雲のこともあり、7つのどの属性にも属さないウェントゥスに対しては神器が出現することはないのではないかと彼は考えていた。


 期待しないながらも、ウェントゥスはスフィアズの前に立った。すると、7つの光の球すべてが反応し出した。ウェントゥスを含め広場にいた全員がまさか!と思っていたところ、それぞれの光の球から見慣れない文字が出現した。だが、その文字はただそこに漂っているだけなので、程なくして広場中の感嘆が困惑に変わる。このような神器は誰も見たことがなかった、というより、果たして神器なのかどうかも謎である。ただ、アルイクシル学長とへリオスの二人だけは、これまでにない驚愕の色を顔に浮かべながら、互いに顔を見合わせていた。


 浮かび出てきた文字が無反応だったのもあって、ウェントゥスはそれらの文字を注意深く観察してみた。すると、それらが自分の属性を刻印した際の文字と似ていることに気が付き、きっと何か重要な意味があるのだと考え、すぐさま刻印術を応用して、その7つの文字を自分の識界に仕舞い込んだ。


 広場にいる殆どの人たちはその光景にどう反応していいのかわからず困惑したままだったが、学長とへリオスの二人は、ウェントゥスが教わった術をこんなにも早く自己流に応用できるようになっていることに改めて驚いていた。

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