【第十四話】開花

 ウェントゥスがへリオスに弟子入りしたという話はすぐに広まり、翌日、学院内ではその話でもちきりとなった。一番仰天したのはシルフィである。彼女も以前へリオスに弟子入りを希望しようとしたことがあったが、彼に迷惑をかけてしまうと考えて思い止まったので、その話を聞いて嬉しいのやら羨ましいのやら複雑な気持ちでいた。一方、ウェントゥス本人はというと、やらなければならないことが更に増えたことに気が付いて、少し頭を悩ませていた。古文書の解読、練気塔での鍛錬、へリオスに師事する、おまけに授業…、時間をうまく使わないと体がもたないな、などと考えていた。


 幸か不幸か、へリオス自身も召喚獣契約の催しに関する討論をはじめとする様々な会議や、王族としての仕事など多忙な身分であったため、師弟共に空いている時間は夜となっていた。よって、ウェントゥスは、日中は古文書の解読と鍛錬に時々授業、そして不定期ではあるが、夜はへリオスと学ぶという形でこれらをこなした。


 ウェントゥスを気に入ったのか、へリオスは彼に「力を凝る」ということ以外にも、自身の「原初の火」や、得意とする槍術などについても教えた。ウェントゥスはそれらのことについても選り好みすることなく全て吸収していった。なお、「力を凝る」に関して、ウェントゥスが学んだ内容をまとめると次のようなものとなる。


 まず、一般的にいう力は属性などの表に出る力を指しており、「力を練る」ことによってその強さを増すことができる。増強した力は様々な技や術を見出したり、自身の強化に役立てたりする。その機序はこれまでにウェントゥスが学んだものと相違ない。


 それに対して、「力を凝る」とは、力の源を凝集することを指すことである。そのためには、まず自分の内面にある力の源を見極める必要がある。ここで言う力の源とは属性の源を指すのではなく、へリオスの経験を例に出すのであれば、自身の力の器に漂う粒子のようなものを指すのだという。彼はそれを認識してから見えるようになるまで1年近い時間を要したと教えてくれた。


 力の源である粒子は互いにまとまりなく漂っており、それを一点に凝集させるよう意識すると、次第に一定の速度で均衡を保ちながら集結していくのだという。へリオスは一年ほどの時間を費やしてリンゴほどの大きさまで凝集させることに成功したが、その時に「原初の火」を見出したのだという。つまり、属性という力を練り、それと並行して力の器に漂う力の源を凝集させることで、力をより乱れのないものへと昇華させることができるということだ。


 学びの中で、ウェントゥスは以前学長が言っていた島の力と力の源の話を持ち出してみたが、へリオスは島そのものが器の役割をしており、その力の源は島の内側まで凝集されているのではないか、という考えを話してくれた。


 では、力の源を見えるようにするためにはどう鍛錬するべきなのかいうと、へリオスの答えはシンプルなもので、それは練気塔で練気するということである。ただし、力の源が見えたのは第九層に到達してからだったと言い、つまり、まずは属性の力そのものを第九層到達レベルまで研かなくてはならないということである。



 ウェントゥスは、練気塔の第四層までは難なく辿り着けていたのだが、第五層へいくための試練が彼の頭を悩ませていた。それは、上位付呪ハイエンチャントを施した武器で結界を破るという内容だったからだ。


 そもそも付呪エンチャントとは対象を覆うように属性を纏わせることで、その上位互換である上位付呪は対象の内部に属性の力を秘めさせることである。対象の材質にも左右はされるが、通常の付呪と比べて何倍も強力な属性の力を長時間纏うことを可能にする、いわば刻印エンクレイブ(半永久的な付呪)に近いものである。ウェントゥスの場合、通常の付呪すらまだできておらず、上位付呪に至っては彼自身道筋が見出せずにいた。


 ある日の個人講義で彼はそのことをへリオスに打ち明けると、へリオスは少し考えた後で、

「君は自分の力はどのように見えるんだい?」

と尋ねた。ウェントゥスは、自分の力は大小様々な粒子のようなものであること、そんな風に見えるのは自分と学長だけであることを話した。それに対し、へリオスは、自身にもぼんやりとした何かが見えたと話した上で、

「もしかすると、君の力は力の源そのものかもしれない。」

と言い、これまでウェントゥスがどのようにして力を引き出したかや、関連すると思われる出来事を全て尋ねた。


 やがて、ウェントゥスの話を聞いている途中からヘリオスの表情が明らかに興奮したものに変わり、そして全て聴き終えるや否や、

「なるほど、これはとんでもないことになるかもしれないぞ!」

と、珍しく大声を上げた。とりあえず少し調べ物と準備があるからと、その日はウェントゥスを帰した。



 翌日。外で小鳥が囀り始める頃、へリオスがウェントゥスの部屋を訪ねて来た。彼の呼び声に、ウェントゥスは眠い目を擦りながらドアを開けると、何故かアルイクシル学長までもが一緒にいた。外はまだ暗かったが、それとは対照的にへリオスは目を輝かせながら、今日は大変な一日になるぞと言い、状況をまだよく理解できていないウェントゥスを連れて練気塔へと向かった。


 道中、へリオスは学長と何やら熱心に話し込んでおり、

(朝早くから元気だな、この二人…)

と、ウェントゥスはまだ眠気が取れないのか、やや置いてけぼりを食らったかのような感覚に陥っていた。


 練気塔に辿り着き、転移門を潜った先は、以前学長がウェントゥスを連れて行った空間だった。どうやら内密にする要件らしい。なるほど、夜も明けぬ内に呼びにきたわけだと、ようやく完全に目が覚めたウェントゥスがそんなことを考えている中、

「ここへ来てもらった理由は、学長先生から刻印術を伝授してもらうためだよ。」

へリオスはそう言うと、学長に指導の願いをした。


 どうやら彼は学長と師弟関係にあり、刻印術を教えてもらう約束を以前していたらしい。そこへ、ウェントゥスの現状を聞き、もしかすると第五層への突破試験通過のための手がかりが得られるのかもとへリオスは考え、ウェントゥスも講義を受けられるよう、昨晩無理して学長にお願いしてくれたようだ。


 通常の刻印術は「刻印筆チゼル(筆の形をした鑿のような物)」を用いて属性文字を物に刻印するもので、その物の本質に属性の力を秘めさせるものである。言うまでもなく、属性文字を知らなければ刻印はできない。一方、これから学長が教える刻印術は、自身の力がさえいれば、それを対象に送るような形で刻み込むことができるものらしい。つまり「刻印筆」もいらなければ、文字を知っている必要もない、むしろ文字を見出すことができるものだという。


 これだけ聞けば、通常の刻印術の完全上位互換のように思えるが、欠点もある。ある一定の力に達した者(この場合は力の源を制御できる者)にしか習得できない上、たとえ習得しても刻印が成功する確率は通常のよりかなり低いことである。尤も、へリオスとウェントゥスはそんなことを心配している様子はなく、どちらかというと選択肢が一つ増えたといった感じで前向きに捉えていた。


 へリオスは、ウェントゥスの力が力の源そのものであると考えており、学長の刻印術を習得できるのであれば、刻印と類似する上級付呪の試験を突破できるのではないかと考えていた。また、それだけでなく、ウェントゥスが自身の力の文字を見出すことができるかもしれないとも考えたのである。因みに、アルイクシル学長は、ウェントゥスの力が力の源そのものだというへリオスの考えに、自身もそのように考えていたらしいが、如何せん前代未聞のため、自信を持てなかったのだと話してくれた。


 当初、へリオスは自身の第十層突破のために(属性文字を知らない)「原初の火」を刻印した神器を造ろうと考えて学長に教えを乞いだのだが、いつの間にか自分のことよりウェントゥスの可能性について考えることが多くなっていた。昨晩の電撃訪問、そして今朝の練気塔への道中でも、へリオスはウェントゥスの可能性ばかりについて話していた。弟子のことを自分のことのように真剣に考える師、アルイクシル学長は改めてへリオスの人柄に感心していた。


 もともと師弟関係にないウェントゥスに、自身が編み出した秘術とも言える特別な刻印術を伝授するつもりはなかったが、へリオスの人柄と熱意に押されて、学長は承諾したのであった。



 学長の刻印術を伝授してもらって間も無く、へリオスは既に自分の力の源を制御できるようになっていたため、すぐさま例の刻印術の形ができていた。一方、ウェントゥスは力の源をまだ上手く制御できていなかったので、まずはその制御に意識を傾けていた。彼は以前やったように自分の識界に入り、力を拡大して見ながら、その大小様々な粒子を動かしてみようと意識した。


 どれほど時間が経過したのだろうか、いつの間にか、ウェントゥスは識界の中に完全に溶け込み、徐々にではあるが、力の器の周囲に散らばっている力の源を、規則性ある球体にまで整理することに成功していた。それは外部からでも感じ取れることができたようで、学長とへリオスは、ウェントゥスの力が次第に洗練されていくのを感じ取った。彼らは、ウェントゥスが力の源を制御できるまでにまだ時間を要すると考えていたため、その習得の速さに驚きを隠せずにいた。


 そんな彼らの反応をよそに、ウェントゥスは続いて力の源を凝集させるために自身の力を練り込んだ。彼の力と力の源は同一のもののため、互いが互いを誘導する形で力の器の中心へと引き寄せていった。やがて、へリオスと同じようにリンゴほどの大きさにまで凝集させた頃、これまで無色だと思っていた自身の力の色が僅かに蒼白く色付いていることに気が付いた。


 ハッとウェントゥスが目を開く。彼は初めて天啓を得た時の感覚を味わった。横にいる学長とへリオスもウェントゥスの力の色が見えたようであり、その不思議と人を魅入らせるような色に見惚れていた。

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