【第十三話】転機(後編)

 いくつか細かい報告があった後、報告会議はお開きとなった。参加者が続々と退出する中、学長がウェントゥスと風雲を呼び止めて付いてくるよう指示した。二人は何があるのだろうと互いに顔を見合わせながらも、学長へ付いていった先は学長用の客間だった。


 部屋に入ると、そこには、ウェントゥスが以前練気塔で見かけた顎髭が整った男がいた。風雲が思わず、あっ!というような顔をしていると、その男は、

「ようっ、風雲、久しぶりだな。色無しの坊主もご無沙汰だな。噂は色々聞いているぞ!」

と、妙に親しげな感じで声をかけてきた。

楽来ガクライ叔父さん!お久しぶりです。」

風雲が挨拶を返す横で、やはり紫家の者だったかとウェントゥスは考えながら笑顔で軽く会釈する。

「楽来先生、帰ってきて間もないのにすまないね。」

学長はそう楽来に声を掛けると、彼について簡単に紹介をした。


 楽来は錬金術・薬学分野の主任教員、及び採取班の班長を勤めている人物で、採取班は錬金術素材収集のためフィールドワークが多く、一度出かけると数ヶ月戻らないなんていうのも珍しくないので、ウェントゥスは学内で全くこの男に会わないことに合点がいったのと同時に、風雲が妙に採取班のことについて詳しいことも納得した。

「まぁ、風雲は生まれる前から知っているし、色無しの坊主は以前練気塔で会っているから、みんな初対面ではないがな。ワハハハ…!」

豪快に笑う男だ。同じ紫家でも風雲とは対照的だなとウェントゥスは思った。

「早速本題に入るが、今回お前たち二人をここへ呼んだのはいくつかの素材についてのことだ。」

学長は頷きながらそう言うと、楽来に此度の採取で得た三種類の希少な素材を取り出してもらった。


玄霊花ゲンレイカ(艶やかな黒色をした蓮の花に似た形をしており、暗いところでは微かに光る)

絶竜胆ゼツリンドウ(竜胆の希少株で、絶竜胆が生えていると付近の竜胆が全て枯れることから名付けられた)

三元草サンゲンソウ(見た目はただの青緑色の葉を持つ多年草だが、一定の大きさまで成長すると百年はその姿を保ち、枯れ際に三段花を咲かせるという)


 これらはいずれも古文書の中にしか記載がない素材である。

「これら素材を言われた分量入手するのに半年近く大陸各地を回ったわ。」

楽来は笑いながらそう言って、素材の簡単な説明を終えた。それに対し、学長は改めて楽来を労うと、

「この功労に対しては厚く恩賞を与える。さて風雲、この3つの素材を見て、何か思うことはあるかね?」

と、風雲に問いかけた。風雲は少し考えてから次のように答えた。

「一族の教えと古文書から得られた情報では、玄霊花と絶竜胆は互いに相反する性質のもので、大昔、それら粉末は劇薬の成分として用いられていたと思いますが、その希少さと扱いの難しさゆえに、現在では扱われていないと記憶しております。」

学長はその返答に頷きながら、続いてウェントゥスに問いかけた。


 ウェントゥスは何かに気が付いたようで、

「三元草はよくわかりませんが、解釈が間違っていなければ、玄霊花と絶竜胆は性質的にそれぞれ幽霊花ユウレイカ(ある種の洞窟の奥深くに咲く青白く光る花)と火藤カトウ(燃え盛る炎のような形の葉をつける藤木)の上位互換だと思います。つまり…」

そこまで言うと横にいた風雲がハッとした。


 幽霊花と火藤は特級召喚石の錬成時に使用される調整液の成分である。火藤は強いエネルギーを秘めており、魂晶石から召喚石へ錬成する際に、その力の付与に不可欠なものである。


 一方、幽霊花は封じる力を大いに秘めており、錬成終盤にその調整液に浸しながら仕上げると、召喚石に注入した力が暴発して召喚石が砕けないように抑制するのに用いられるものだ。


 ウェントゥス自身も話しながら点が線になったような感覚に襲われた。

「そうか!火藤と幽霊花の上位互換である絶竜胆と玄霊花はその力があまりにも強力で制御が難しい故にそのままでは使えない。そこで強力な調和材となる三元草を用いて、それぞれの性質を失うことなく安定した高性能の錬成液が調合することができれば、超位三段召喚石を作ることも可能になるかもしれないということか!」

それを聞いた学長は満足そうに頷いていた。


 当たり前と言えば当たり前かも知れないが、ウェントゥスは自分たちより学長の方がかなり古代錬金術に精通していると確信した。そして不思議だったのが、あたかも開拓調査隊の帰還と報告内容を予見していたかのように、前もって楽来に召喚石の錬成技術向上に役立つと思われる素材収集を命じていたことである。それは風雲と楽来も同じだったようで、彼らは学長に対してただならぬ畏敬の念を抱いた。



 早速、ウェントゥスと風雲は古代錬金術に記された処方に則り、細心の注意を払いながら玄霊花と絶竜胆と三元草の粉末化を試み始めた。


 一連の作業には人手も必要で、ウェントゥスと風雲がプロトコルを組む傍ら、リディアとシルフィ(不定期参加)が古文書解読の手伝いを、フローガは粉末にする際の火力制御を、そして碧と翡翠は後々使用する溶媒の調製を担った。


 そのどれもが重要な役割であるのは言うまでもなく、作業の危険度も高い。例えば、玄霊花のような強力な力を有する素材は、ほんの僅かでも扱いを誤れば、材料が有する性質が消失するだけでなく、その際に起こる急激な力の放散が身体に直接的な被害を及ぼすことがある。そのため、錬金術や調薬術に長けた学生が役割を担っても良かったが、日頃の炊事やグループ行動を続けてきたことでお互いの勝手がわかるという理由で、ウェントゥスと風雲は敢えて自分らのグループで実施することを選んだ。勿論、それぞれのパートを担うメンバーの一人一人が意欲的に取り組んだ。


 凡そ1週間の時間をかけて、絶竜胆と玄霊花と三元草の性質を損なうことなく全てを粉末化することに成功した。一方、溶媒については碧と翡翠が個別にシャーンティ副学長やヴァルナに教授してもらったこともあり、用途万能な「魔法の水」と呼ばれる、最上級クラスの溶媒の調製に成功した。


 残るは互いをどのような配分で調合するかのみだが、ここが一番の難題である。古文書の解読が進まない一番の理由にも関係するが、これまでに解読した各素材の特性についての記載がされた古文書には、どのようにそれらを使用すべきかについての記載は全くなかったのである。つまり、また膨大にある未解読の古文書の中から、使用方法に関する記載を見つけてくるか、自分たちで使用法を見出すことが必要になってくる。


 そんなわけで、ひとまずウェントゥスたちは各素材を魔法庫(物質の性質の劣化を防ぐ保存庫)に一旦保管して、どこかに調合のヒントがないか、皆で手分けして探ることにした。ウェントゥスと風雲とリディアはめぼしい古文書の解読に当たり、フローガと双子姉妹は学長と楽来に火藤と幽霊花の調製液の使用許可を貰い、従来の錬成法を用いて実際に召喚石を錬成し、何か手がかりが得られないかと色々試すことにした。



 ウェントゥス、風雲、リディアの3人は図書館に連日で泊まり込んで古文書解読をしていたのもあって、久々に体を動かそうと彼らが外に出たところ、前方に見覚えのある人物がこちらを見ていることに気が付いた。

「あれは確か開拓調査隊にいたへリオス王子じゃない。なんだか、こっちを見ているみたいよ。」

リディアはそう言うと、肘でウェントゥスを突っつきながら、

「もしかして、先のイグニス先輩との試合で貴方が火の国に一泡吹かせたから、仕返しに来たのかも。」

などと冗談を言った。

「火の国の王子だからね。その可能性は大いにあると思うね。」

風雲も悪ノリする。だが、もし本当なら状況はかなり不味い。


 そんなやりとりをしていると、へリオスがこっちに向かって歩いてきた。ウェントゥスもまさかと考えていると、

「君がウェントゥス・ストームウォーカーかい?」

へリオスが問いかけてきた。リディアと風雲も冗談が本当になるかもなどと考えながらウェントゥスの方を見た。

「はい、そうです、火の国のへリオス王子。開拓調査隊でのご活躍、耳にしております。」

ウェントゥスが丁寧にそう答えると、へリオスは少し笑って、

「それはどうも。と言うか、報告会にいたよね、君。まあ、それはそうと、私がいない間に、イグニスを叩きのめして、火の国に一泡吹かせたようだね。」

と捲し立てた。これはますます不味い状況になるのではないかと3人に緊張が走ったが、

「ああ、誤解しないでくれ。君がそういうつもりではなかったのは承知だから別に気にしていないよ。」

ヘリオスが察して付け加えた。


 どうやら汚名挽回のための試合を申し込まれるわけではないとわかり、ウェントゥスがホッと胸を撫で下ろすが、

「それより、ちょっと手合わせをお願いできるかい?」

へリオスのこの一言にそれが一瞬で吹き飛んだ。

「へリオス王子と、手合わせ…ですか…」

ウェントゥスがそう答えると、

「ハハハ、揶揄ってごめん。実は、学長先生から君の力のことを聞いて、少し確かめてみたいことがあるんだよね。力を借りるだけだから安心して。」

へリオスは再び笑いながらそう言うと、続けて風雲とリディアに向けて、

「何なら心配そうにしてるそこの二人も付いてきていいよ。」

と言った。二人は勿論と言う顔で返事をすると、ウェントゥスも承諾してへリオスに付いて行くことにした。



 道中。

「あ、そうそう。王子って呼ばれるのあまり好かないから、基本的に先輩でいいよ。」

と、へリオスはあまり堅苦しくしたくないのか、そう声かけた。彼がかなり強力な火属性を持っているのにも関わらず、その影響を全く感じ取れないくらい落ち着いた性格をしていることや、いい意味で火の国の王位継承順位最上位の身分だと思わせない朗らかな言動など、3人は彼に妙な親近感を抱き始めた。



 へリオスに付いて行った先は、実技・武闘練習の場として使用される練武広場だった。そこでへリオスはウェントゥスに向かって、

「君の力は相手の攻撃を打ち消して無効化にすることができると聞いているんだけど。それを私が見出した原初の火プリミティブファイアと名付けた、ちょっと変わった火にぶつけてみてくれないかな。」

とお願いした。


 ウェントゥスの承諾を確認したヘリオスは印を結ぶことなく掌に一握りの蒼い火を出現させた。不思議なことに、その火は猛々しさが全くなく、寧ろ魅入られそうになる優しさを放っている。ウェントゥスはそれに衝撃を受けながらも、すぐに精神を再度集中させた。


「へリオス先輩。危ないと思いますので、その火から離れることは可能ですか?」

準備を終えたウェントゥスがそう言うと、へリオスはその火を空中へと漂わせ停滞させた。まるで体の一部であるかのように、軽々とそれを操るヘリオスに畏敬の念を抱きながらも、ウェントゥスはその一握りの火に向けて、見えない力を撃ち出した。一方のへリオスは、ウェントゥスから放たれた力を見て、目を細めた。


 結果は驚くべきものだった。ウェントゥスが放った力はへリオスの出した火にぶつかったかと思うと、やや拮抗した挙句、消失してしまったのである。へリオス以外全員が愕然とした。これまでウェントゥスの力は何かを打ち消すことがあっても、逆に打ち消されたことがなかったからだ。ましてや小さな一握りの火に負けるなんて想像できなかっただろう。


 この結果に、へリオスは少し考える素振りを見せてから、今度はもっと強い力を放つようお願いした。そこでウェントゥスは、試合で放ったものにも負けないほどの威力の力を放ち、それは周囲の空気を激しく振動させながら火へとぶつかった。すると、火の勢いはかなり減衰したものの、またしてもウェントゥスの力の方が消失してしまった。


 ウェントゥスとリディアと風雲の3人が衝撃的な結果に固まっている中、

「ふむ。なるほど…。面白い力だね。ただ、まだまだ粗いね。ものすごく可能性を秘めた力だけど、上手く凝られてなくて、その真価を発揮できていない。逆にその力を上手く凝ることができれば、おそらく途轍もなく強力なものに化けるかも知れない。」

と、へリオスは興味津々ながらも冷静な口調で話した。ウェントゥスはハッと我に帰って、ひとまず驚愕を頭の片隅に置くと、へリオスの言う「凝る」という言葉の意味について尋ねた。へリオスは暫く考えてから、

「うーん。君が良ければの話だけど…、私のところに弟子入りしないかい?」

と返した。どうやら簡単な内容ではないのだとウェントゥスは察した。


 七星学院の卒業生は基本的に七星学院の生徒と師弟関係を結ぶことが許されている。これまで多くの生徒がへリオスに弟子入りを希望してきたが、彼は誰一人として取らなかった。王子である身分が故かどうかは分からなかったが、卒業してから程なくして開拓調査隊に志願した理由の一つに、日々弟子入りを懇願されることから解放されたいという思いが少なからずあったからかもしれない。


 そんなへリオスが自ら、ましてや新入生を弟子に取るとは誰も思いも寄らなかっただろう。いつの間にか物珍しさで集まってきていた多くの学生と教員の全員が違う衝撃を受けて固まっていた。そんな周囲の反応をよそに、

「つまり、へリオス先輩に弟子入りすれば、力を凝ることを教えて頂けるということでしょうか。」

ウェントゥスは確認のために聞き返すと、へリオスはうんうんと頷いた。

「へリオス先輩から弟子入りを誘われるなんて、すっごーい!」

リディアが興奮した様子でそう口に出すと、隣で風雲も驚きを隠せない様子で頷いていた。そんな中、ウェントゥスは二つ返事で弟子入りを承諾すると、

「では、早速明日から始めるよ。」

へリオスは笑顔で告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る