【第十二話】転機(前編)

 ウェントゥスとイグニスの試合から1週間が経とうとしていたある日の朝。水の国の象徴とも呼べる都サラスヴァティーにある開拓調査派遣機関から、一通の電報が七星学院に届いた。その内容は、開拓調査隊パイオニアが間も無く帰還するというものである。来たる報告会議のために、学長がすぐさまその知らせを各国の関係者に伝えた。


 開拓調査隊とは、七星学院の卒業生の中でも選ばれた人材らによって編成された大陸外調査隊のことである。危険度が高く、それなりに人材や物資が揃っていないとできないことであるため、派遣は不定期であり、此度の開拓調査隊が派遣されたのは2年前である。そのメンバーとして、リディアの叔父に当たるサルディス、シャーンティ副学長の娘のヴァルナなど、これまで派遣経験がある者たちが殆どなのだが、一人歴代最年少で初参加した者もいた。


 かの者は火の国王家フェニックス家の長男(第一王子)のへリオスという文武両道の美男子である。彼は生まれながら火の国で最も強力な火の祝福を受け、シルフィよりも年少で七星学院へ飛び級入学し、在学期間内に練気塔第十層にあと一歩まで上り詰めた鬼才である。そんな彼は尊い身分にも関わらず、生死に関わるほどの危険がある開拓調査隊に自ら志願したのであった。



 便りが来た次の日の早朝、大きな火の鳥が海の彼方から央の国の方向へ向けて飛んでいくのを、サラスヴァティーの人々が目撃した。間違いなく、それはフェニックス家が有する霊獣(霊力を有する獣、比較的穏やか)、不死鳥である。


 昼過ぎに不死鳥は七星学院前へ到達すると、そこに乗っていた開拓調査隊の全員が多くの人々に出迎えられながら七星学院の中へと入っていった。



 数時間後、学院内の最も大きな会議室で開拓調査隊による報告会議が始まった。それには学長と副学長をはじめ、各国の代表や機関の者の他、派遣隊員の親族らの参加が認められていたが、ウェントゥスと風雲は何故か学長に呼ばれて一緒に参加していた。


 学長からの簡潔な労いの言葉の後、早速本題に入った。

「此度は例の大陸についてではないですが、いくつか重要な情報を携えて帰って参りました。」

隊長を務めたサルディスがそう言って最初の報告を行った。要約すると次のような内容である。


 今回、不死鳥に乗って初の空路で初代開拓調査隊が発見した大陸に向かったのだが、デッドゾーンの上空を飛んでいたのにも関わらず、海の魔物たちが飛んで襲って来たとのことだ。


 交戦しながら進むこと数日、どうやら航路を大きく外してしまったことに気付いたが、遠方に大きな島を発見したため、隊内での話し合いの末、ひとまずその島に立ち寄ることにした。


 未踏の地ということもあり、当初はすぐに立つ予定だったが、島には独自の進化をしたと思われる生物たちが生息していることを発見したため、簡易的な調査を行うことにした。


 まず、島の外周は、央の国よりも一回り大きく、島の中心あたりに大きな山が聳え立っていたという。その山へ向けてもう少し調査をしてみたところ、超位クラスの力を有する霊獣や魔獣(魔性の力を有する獣、霊獣と比べると好戦的)が多く生息しているのが見受けられ、これらの霊獣や魔獣は虹の大陸にいる個体と同じような属性を持っているものもいれば、未確認の属性を有するものもいたらしい。


 これほどの霊獣や魔獣が密集して生息しているのはこれまでにみたことがなく、再度話し合いの末、麓より少し引いた地点に拠点を築いて引き続き詳細な調査を行うことにしたとのことだ。


 霊獣や魔獣は召喚の契りを結ぶことができる対象である。超位クラスが数多く生息する地が存在するということは、それだけ強力な召喚獣を多く獲得できる可能性を秘めている。より強力で、それも希少な召喚獣とくれば、それを所有することは他国よりそれだけ優れていることを意味しているため、この報告を聞いた各国がどう考えるかは言うまでもないだろう。


 案の定、会議室内が騒がしくなり始めた。そんな中、サルディスは一旦静かになるように求めた。そして、

「皆さんが霊獣や魔獣についてかなり興味があるのはわかりますが、気になる点も御座いました。」

と言って、続きを話し始めた。



 本来の目的地と異なったこともあり、1年ほどで帰還する予定だったが、ある事件が原因で、その対応のために帰還が更に1年近く伸びたのだという。これがもう一つの重要な報告と関係するとのことだ。要約すると次のような内容である。


 調査開始してから1年ほど周辺調査も含め特に目立った出来事はなかったが、報告のため帰還の準備をし始めた頃に事件が起きた。


 ある日の早朝、拠点からやや離れた場所で魔獣の群れと霊獣の群れによる大規模な戦闘が勃発したそうだ。お互い高ランクというのもあって、その影響はかなり凄まじく、力と力がぶつかった際に生じた衝撃波だけでなく、戦闘により我を忘れた一部の魔獣と霊獣が拠点の方に押し寄せて来たため、総力を挙げて拠点の防衛に当たったのだという。幸い、戦闘はその日のうちに収まったものの、拠点の安全を考え暫く滞在して様子を見ることにしたそうだ。


 結局、大規模な戦闘のそれぞれ発生地点は異なるが、短期間で計3度起こり、その3度目の戦闘で霊獣と魔獣双方に甚大な損害が生じたところで、ようやく終息したのだという。その後、開拓調査隊は最後の戦闘が行われてから半年近く時間をかけて拠点と結界の強化を行い、帰って来たとのことだ。


「その3度目の戦闘に関しまして、へリオス隊員から重要な報告があります。」

サルディスはそう言うと、へリオスにバトンタッチした。

「はい。では私の方から。毎度、戦闘後に戦闘地点周辺で偵察を行っていたのですが…」

と話し始めたヘリオスの報告は次のような内容になる。


 毎度戦闘後に拠点周辺の安全確認も兼ねて、へリオスは不死鳥に乗って偵察をしていたが、3度目の戦場だけ異様な光景が広がっていたのだという。


 まず、明らかにこれまで2回の戦闘とは比べ物にならないくらい多くの魂晶石ソウルクォーツ(霊獣や魔獣が絶命した後に残る物)が落ちていたとのことで、その上、それらはいくつもの直線状に酷く焼かれたような跡に沿って落ちていたという。

次に、焼かれた痕跡の所々に漆黒の炎のようなものが残っていたことを挙げた。ただ、その炎のようなものは直感でかなり危険なものだと察したゆえに、詳しい調査はできなかったそうだ。


 そして、ここからが肝心で。注意深く周辺の様子を偵察していると、何かが高速で山の方面へ飛んでいったような形跡(木々が一方向にへし折られている状態)を見つけたので、不死鳥で跡を辿ってみたところ、突然何らかの存在を感じたのか、そわそわし出したという。


 その不死鳥の見つめる先に目を向けると、山の方で黒い飛竜ワイバーンらしきものが飛んでいるのが見えたらしい。尚、発見時刻と特徴からしてその飛竜を夕闇の飛竜トワイライト・ワイバーンと命名した。


 飛竜自体はこの虹の大陸の一部地域にも生息していて、決して珍しいとは言えないが、遠くからでもその飛竜が赤く輝く目をしているのが認識でき、羽ばたく度に目の赤き残光と全身の残像を残しながら、異様な軌道と速さで山頂付近一帯を巡回するかのように飛行しているのが見えたらしい。


 フェニックス家が有する不死鳥は超位三段クラス(強さでいうとアルイクシル学長よりも上)であり、その不死鳥が遠くからでもその存在を畏れていたのを考えると、その飛竜の力は計り知れないものだろう。


「その飛竜と3度目の大規模戦闘の結果との関連性について、詳細はまだよくわからないのですが、タイミングを顧みるに、霊獣や魔獣の大量死と無関係とは言い難いと考えています。ですので、召喚獣の獲得に関する催しについては、機会を改めてきちんと討論することを希望します。」

へリオスはそう締めくくった。


 再び会議室内がざわついた。今回の調査報告が各国に持ち帰られれば、きっと大規模な召喚獣契約の催し(以降、召喚獣契約)を開くことを要求するに違いない。だが、誰の手にも負えない脅威が存在するのであれば話は別である。


 もともと高ランクの霊獣や魔獣との召喚獣契約は死傷者が付き物というほど危険度が高いものだ。そんな霊獣や魔獣たちをも一掃できるほどの力を持つ存在がいるとなれば、召喚獣の契約どころではなくなるの明白だ。へリオスの報告は完全に催しに釘を刺す形となった。



 アルイクシル学長はひとまずへリオスの申し出を承諾する旨を伝え、静粛を求めると共に報告の続きを促した。

「では、私の方から引き続き報告致します。」

ヴァルナがその任を受けた。


 彼女は次元指輪(物を保管できる空間が封入された指輪、今日まで残っている数少ない古代技術の一つ)から数多の大小様々な魂晶石を取り出した。これらは3度の大規模戦闘跡地から回収したものであり、その多くは超位三段クラスのものであることを説明すると、再び会議室内が騒がしくなった。ヴァルナはその中でも一際強く輝く大きい2つの魂晶石を示しながらこう話した。

「この2つの魂晶石は3度目の大規模戦闘跡地に落ちていたものです。霊獣と魔獣のどちらのものかはわかりませんが、その大きさと輝きから推測するに、超位三段級とは比べ物にならないくらい強力であると考えられます。」


 ヴァルナが提示したこれらの魂晶石には二つの意味が含まれている。一つは、島の霊獣や魔獣は超位三段級やそれを超えるものも少なくなく、たとえ見初めても、その個体と召喚の契りを結ぶ手立てがないということ。もう一つは、自ずと夕闇の飛竜の強さを改めて認識させられたことである。



 虹の大陸では、火の国のフェニックス家のように、各国の王家は超位三段クラスの召喚獣を有しているが、それらと召喚の契りを結ぶ際に使った召喚石はいずれも太古に錬成されたものだ。しかし、長年の戦乱によりその技術は失われ、今の虹の大陸が有する技術では超位一段クラスまでの召喚石(特級召喚石)しか作ることができない。


 勿論、吉報もないわけではない。召喚石の主成分は霊獣や魔獣の魂晶石であることから、今回開拓調査隊が持ち帰った数多の高ランク魂晶石は錬成技術向上の研究に大いに貢献しそうだということは大いに前向きに捉えることができる。

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