【第十話】対決(前編)

 リディアから巻物を貰ってから程なくして、ちょうどシルフィと落ち着いて話す機会があった。


 器のことについて尋ねたところ、彼女は自分で器の鍛錬法を見出したことを教えてくれた。また、器の最適な鍛錬法はその人が持つ属性の力によって異なるから、自分で見出した方が良いとも話してくれた。


 ウェントゥスはそれもそうだと思い、かつてシルフィが教えてくれた知識や剣術を自分なりに応用した時のことを思い出しながら、早速リディアの書いてくれたヒントをもとに試行錯誤を繰り返した。



 数週間後。彼はついに自分に適した器の鍛錬法を見出すことに成功した。やがて、器の鍛錬をしながら、練気塔で練気をすることを何度か繰り返すうちに、塔内に漂う無色の気を纏えるまでに至った。そして、外部から自身へ力を纏えるとなると、次はこれを応用して自身の力を何かに纏わせることもできるのではないかとウェントゥスは考え始めていた。



 シルフィとリディアはお互いに似ているところがあるせいか、二人ともウェントゥスが寝る時間も惜しまず勉学や鍛錬に精を出していることに感銘を受けつつ、彼のことを大層気遣っていた。ここで問題になってくるのが、世の中には、自分が得ることが叶わぬなら他人が得ることも許せない者の存在だ。それが、もともと対象を快く思っていない者なら尚更である。


 七星学院の二大才色兼備と称されるシルフィとリディアがウェントゥスに関心を寄せれば寄せるほど、学院内でそれを快く思わない男子学生も増えていった。


 ウェントゥスと同期のフローガの兄イグニスは、シルフィが振り向いてくれないのはあのウェントゥスのせいだと考えていた。もともと火の国の人はその属性の特性もあってか血気盛んな性格な人が多く、そのことが余計にその感情を悪化させていたようだ。また、フローガの方もリディアに思いを寄せていたが、自分では釣り合わないと諦めつつも、ウェントゥスが彼女と近しいことをあまり快く思っていなかった。それは兄のイグニスに愚行を起こさせる後押しになってしまう。



 ある休日の昼前、ウェントゥスが練気塔から出てきたところに、赤髪の青年が彼の前に立ちはだかった。面影はフローガに似ているが、眉目秀麗で女子学生たちからモテそうな顔立ちだ。おそらくいつか彼から聞いていた兄だろうとウェントゥスが考えていると、

「弟のフローガから話は聞いているよ。リディアと宜しくやってるらしいな。そればかりかシルフィとも…この身の程知らずが…」

と、その青年は捲し立てた。ウェントゥスは、彼が一体何を言っているのか一瞬わからなかったが、すぐさま察した。青年はそんなウェントゥスの反応を待たずして、

「今日の午後3時に闘技場へ来い。ちょっくら先輩として教育してやらんとな。」

そう言うと、右手で何かの紙をヒラヒラさせた。よく見ると、それは闘技場の使用許可書で、使用申請者の名にイグニスとウェントゥスと書かれていた。どうやったのかはわからないが、ウェントゥスに無断で試合を申し込んだらしい。


 若輩を虐めるとか、見た目に反してみっともない奴だなとウェントゥスは思い、一旦断ろうとも考えたが、そういえば試したいことがあったから丁度いいかと考え直した。

「イグニス先輩、でしたっけ?お付き合いしますよ。では。」

彼は爽やかに返事すると、そのまま何食わぬ顔で昼食の炊事へと向かった。一方、イグニスはウェントゥスの態度に拳が出そうになったが、グッと堪えた。

(平気を装っていられるのも今のうちだ!)



 既に噂が広まっていたのか、ウェントゥスが炊事場に着くと、あちらこちらで彼の方を見ながら何か話をしている。そしてグループの元に辿り着く頃、リディアと風雲は勿論のこと、これまであまり会話を交わしていなかった双子姉妹の碧と翡翠までもが駆け寄って来た。一方、フローガは少し離れた場所でこちらに背中を向けて昼食の準備に勤しんでいる。

「ウェン。」

背後からシルフィの声がした。心配で来たのかと考え振り向くと、

「遠慮はしなくていいから、イグニスの奴、ボッコボコにしちゃってね。」

と、笑顔で言われた。どうやら心配は全くしていないらしい。すると風雲が、

「一応イグニス先輩の実力について言うけど、彼は上位者九段、実技試験で戦ったレッサーキメラと同等と考えていい。それと、最近強力な火属性の奥義を見出したらしいから気を付けてね。」

と説明してくれた。


 ウェントゥスは風雲の情報提供に感謝しつつも少し違和感を覚えた。風雲は心配をしているようで、その口調からはどこか楽観さが感じ取れたのである。ウェントゥスの心中を察したのか、

「貴方の力は私たちには見えないけど、日進月歩に強くなっていっているのは感じているよ。だから、貴方に近しい者は誰一人心配してないんじゃないかな。」

リディアが付け足した。


 どうやら気休めではなく、少なくともシルフィ、風雲、リディアの3人はウェントゥスのことを相当買っているようだ。そんな場の空気に影響されてか、碧と翡翠は互いに顔を一瞬見合わせた後に声を揃えて、

『ウェントゥス君、頑張ってください!怪我しても大丈夫なように私たちが待機しています!』

と話した。ウェントゥスは双子の一語一句揃った言葉に思わず笑いが出そうなのを堪えながらお礼を返す。



 突如、ボッとフローガの方から火が上がった。おそらく調理の火加減を間違えたのだろう。ひとりだけ場違いのような存在の彼を少し不憫に思い、

「あー、お昼の準備フローガさんに任せたままだった。」

ウェントゥスはそう言って、率先してフローガの方へと向かった。その際、ふと横目でフローガを見ると、彼は何か言いたそうな顔をしていたが、グッとそれを堪えているように見えた。


 その日の昼食は、フローガがいくつかの素材を灰にしてしまったせいで量が少なかった。しかし意外にも、フローガは自分の分をウェントゥスに分け与えた。周りがその光景に驚いていると、

「ごめん…」

フローガは少しぎこちない口調で呟いた。ウェントゥスは、

「気にしなくていいですよ。」

とだけ返したが、彼にはフローガの謝罪に二つの意味が含まれていることを理解していた。


 周りの皆も少し遅れてそれを察し、各々が優しく微笑んでフローガに声をかけていき、結果的にその日の昼食はこれまでで最も賑やかなものとなった。

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