【第九話】契機(下)

 その日の晩、夕飯を終えたウェントゥスはシルフィとともに練気塔へ来ていた。その後ろにはリディアと風雲もいて、どうやら学長の許可を得たらしい。二人とも行動が早い。因みに、リディアは入試の件があってから一時期学長に対して負い目を感じていたが、多分学長は全く気にしていないと思うよ、というウェントゥスの言葉に後押しされて、今では学長が教鞭を執る少人数制の特別講義にも積極的に顔を出すレベルになっていた。



 転移門を潜って練気塔の中に入ると、日中学長に連れてこられた時にいた場所と全く違うことにウェントゥスは驚いた。


 今ウェントゥスたちがいる空間は外見からは想像もつかないほど広大な空間となっており、その中央に大きな水晶が鎮座している。そして、壁側には数十の小部屋らしきものがあって、扉が閉まっているのは使用中ということなのだろう。シルフィはウェントゥスの心中を察してか、昼前に来た空間は学長と副学長を含む一部の教員にしか開けない間だという旨のことを教えてくれた。どうやら練気塔は特殊な構造をしているらしい。


 折角の機会と思ったのか、シルフィは続けて練気塔についての詳細な説明もしてくれた。


 七星学院の中心に聳え立つ練気塔。初代学長によって建てられたとされており、その後、歴代学長らの手によって改装等が行われ、現在の姿に至る。


 表から見ると十層に分かれているように見えるが、内部は各層が隔離された独立空間となっており、階段は存在しない。よって、上層へ登るには各層にある水晶に触れることで受けることができる試練をクリアして転送してもらう必要がある。


 因みに、竣工190年来最上層まで辿り着いた者は片手で数えるほどしかおらず、その全員が歴代の学長であったことから、学長の座に就くための試練などと言われたりもしている。


 上層へ行けば行くほど、属性に秘められた力をより開花しやすくなると言われており、一般的に、七星学院の学生は入学2年目から利用を許可されるが、自分(シルフィ)は特別に入学当初から利用を許可され、現在第七層まで辿り着き、そこで第二属性の天啓を得たらしい。


 最後に豆知識として、最上層には碑文と何らかの封印が施された長箱が安置されているということが二代目学長の自伝に記されており、それは初代学長が残したものだと言われているが、現時点で誰もその解封に成功した者はいないそうだ。それで、当の初代学長はというと、練気塔を建ててから程なくして二代目に学長の座を譲ると、更なる探究のため大陸外へ渡ったらしいが、その後の消息は不明とのことだ。


 以上のような内容の話を終えたシルフィは、自分は第七層突破のために籠るからと、軽く挨拶をしてウェントゥスたちと別れた。


 早速、ウェントゥスたちは近くの開いている個室を覗き込んだ。そこには5人分の練気台があったので、3人一緒にそこで練気をすることにした。


 個室に足を踏み入れると同時に全員が微かな各属性の気を感じ、特にリディアと風雲には各々が持つ属性と同じ色の気が自分らの周りにやや凝集しているように見えた。なるほど、この気を練ることで自身の力を高めたりすることができるのかと二人は考えている傍ら、ウェントゥスの周りには各属性の気が凝集することなく、ただ漂っているだけである。ただ、練気し始めれば実技試験の日みたいに何かしら変化を感じることができるかもしれないと彼は考えた。



 3人が練気塔から出てきたのは日付が変わろうとしていた時刻だった。リディアと風雲は確かな成果を感じ取っていたようだが、ウェントゥスの顔色はイマイチ冴えない。


 実技試験当日の朝と同じように、力の共鳴を感じたのだが、自分の体内にある何かが障壁となっているのか、漂っている「無色」の気を練ることができなかったのである。


 リディアと風雲は、得られた成果についての話で盛り上がっていたが、ウェントゥスの様子に気付いて互いに顔を見合わせた。

「先ほどからずっと苦虫を噛み潰したような顔をしているが、どうかした?」

先に風雲が声かける。ウェントゥスはハッと我に返り、二人に余計な気遣いをさせてしまったことを詫びた。リディアはやや呆れた顔をして、

「何言ってるの。貴方のその力の開花に何か役に立てないかと考えて、一緒に練気塔に入ったのだから、遠慮しないで言ってご覧よ。」

と言った。ウェントゥスは一瞬リディアがシルフィに重なって見えた。同時に、二人がどうやって学長を説得したのかを察した。彼は二人の気遣いにお礼を言うと、先程まで考えていたことを打ち明けた。


「うーん、同じかどうかはわからないけど、それに近い感覚なら私も感じたことあるよ。」

リディアはそう言うと、かつて自分が第二属性の天啓を得た際に新たな技を見出そうとして、雷と風の力双方から拒絶された経験を話した。

「リディアさんはどのようにして原因を突き止め、克服したんです?」

ウェントゥスが納得している横で風雲が尋ねると、リディアは少し具体的に話してくれた。


 それによれば、当時の彼女の器が、雷と風の両属性を混ぜ合わせるのに十分な大きさに満たしていなかったのが原因で、力から拒絶されたとのことで。複数の属性を練る合わせる際に必要となる器の大きさは、それらを収納する際の大きさよりも大きくないといけないことを知って、器を鍛えるカリキュラムを強化して、問題を克服したのだと教えてくれた。


 その話にウェントゥスは、

「その器の鍛え方、できる範囲でいいから教えてもらうことって可能かな?」

と、お願いしたが、リディアは少し困った顔をしながら、

「ごめんね。ブリッツ家直伝で門外不出なの。」

と、申し訳なさそうに返した。ウェントゥスはガックリ肩を落とす中、リディアが咄嗟にハッとして、少し考える素ぶりを見せてから、

「でも、私なりに見つけ出したヒント的なものなら教えることができると思う。」

と答えた。ウェントゥスにとってみればヒントだけでも十分だと考え、リディアに再三お願いをした。リディアはそんなにお願いしなくても教えるよ、と笑いながら引き受けた。


 一方、風雲は器を鍛えるのに霊薬の力を借りるのも手だと話した。それに対して、ウェントゥスは、既にできる範囲で調合できる霊薬を試したのだが、これ以上突破するのにはもっとランクが高い霊薬が必要で、それを調合するためには少なくとも上級調合器と上級素材が必要だと答えた。風雲は、抜かりないウェントゥスに感心しつつ、

「七星学院の学生ならば上級調合器の使用許可を貰うのは難しくないが、上級素材については問題だな…。」

と呟いた。


 調合器は使用申請を出せば使えるが、上級素材については基本的に学院内に貯蔵されているものは上級生以上から成る採取班が集めた物であり、採取班と一部の教員を除き、使用は認められていない。それもはずで、上級以上のランクの素材の多くはそもそも存在が希少で、且つ採取するにも困難が多く、そう易々と使えるものではない。


 つまり早い話、自分たちで採取しなければいけないということである。しかし、採取班に所属されない限り、学生は、(トラブル回避のため)基本的に学院を出ることが許されておらず、採取班への配属も様々なハードルがあって容易なことではない。


 ウェントゥスと風雲が悩ましい顔をしているところに、

「シルフィ先輩も第二属性の天啓を得ているし、技も見出したのかもしれないから、彼女にも聞いてみるといいかも。」

リディアがその空気を打破した。


 確かにシルフィにアドバイスを伺うのも一つの手だ。何故思い付かなかったのかと自分をやや呪いつつ、霊薬のことは後々考えるとして、まずはリディアからヒントを得たら、それをもとに鍛えてみようとウェントゥスは考えた。



 自室に戻ったウェントゥスは、横になりながら考え事をしていた。

まず、リディアが言っていたシルフィのことについて。ウェントゥスは七星学院に入学してからシルフィと時々話すことはあったが、彼女の第二属性に関する話で苦労話を聞いたことがなかった。


 もしかすると、シルフィは最初から器が大きく、その壁にぶち当足らなかったのかもしれない。尤も、たとえ苦労したとしても、彼女の性格からして自発的に言わないと思われるが。兎に角、次にシルフィと話をする機会に、自分からこのことを切り出してみることにした。


 次に、もう一つのずっと引っかかっていることについて。それはごく当たり前のように感じてか、リディアと風雲に話した際に二人ともそれに特に触れなかったことだ。


 ウェントゥスは練気塔の中に自分と同じ「無色」の気を感じ取っていたのである。その気はどこから生じたものなのか、二人ともそれを感じ取らなかったのかなど、ウェントゥスは疑問を抱かざるを得なかった。そこへ更に、練気塔内の空間は転移門を介して外部から完全に隔離されていることと、この島はその力を共有してはくれなさそうだということが拍車をかけ、ますますわからなくなってきた。尤も、この答えは練気塔を建てた初代学長張本人しか知らないのだろう。ウェントゥスは初代学長について、もっと情報はないか知りたくなってきた。



 突然の自室のドアをノックする音でウェントゥスが我に返る。自室の天体時計を見ると、深夜3時を回っていた。こんな遅くに誰だろうと考えながら、とりあえず彼は返事をして玄関へと向かう。

「私。」

リディアの声がした。


 彼女がウェントゥスの部屋を訪ねて来るのは初めてではないが、言うまでもなくこんな夜遅くは一度もない。少し不思議に思いながらもドアを開けたウェントゥスは、こんな時間にどうかしたのかと彼女に尋ねると、

「明日にしようかなとも思ったけど、部屋の灯りが見えたから…」

リディアは、えへへって感じで笑いながらそう答え、何か巻物らしきものを差し出した。

「これって、もしかして…!?」

「うん。あの後急いで書き出してみたの、器の鍛錬に関するヒント的なこと。多分、貴方ならこれだけの情報があれば何とかなりそうかなって。」

リディアそう話すと、またにっこりと笑った。ウェントゥスは彼女が自分のためにこんな夜遅くまでと厚くお礼を言った。

「この借りはいつか返してもらうね。」

と、彼女はウェントゥスの礼に対して悪戯っぽく返した。そして、

「とりあえず、疲れたから私寝るね。ウェントゥスも明日が休日だからと言わず早く寝なよ。」

そう言ってリディアは踵を返すと後ろ姿のまま手を振る。ますますシルフィ姉さんに似ているなあ、とウェントゥスは思いながらそんな彼女を見送った。

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