【第八話】契機(中)

「では、もう一点についてだが。」

少し間を置いて再び学長が口を開いた。

「実はそのためにシルフィに来てもらっているのだが…」

学長はシルフィの方を一瞥したので、ウェントゥスも視線を彼女に向ける。


「彼女から、かつて君と鍛錬をしていたときに不思議な力を感じたとの話を聞いて、ちょっと確認したいことがあってね。」

おそらく実技試験でウェントゥスが練り出した力のことを学長は予め調べていたのだろう。

「他の教員に尋ねたところ、誰もはっきりとそれを捉えることはできなかったようだ。」

学長の言葉に他の教員が頷いているのが見えた。

「現時点でこの力が見えるのは私と君だけ。シルフィは感じ取ることはできても見えはしなかったようだ。」

と話すと、シルフィや他の教員が再び頷いた。一方のウェントゥスは、今の学長の発言に驚くとともに、

「学長先生には俺、じゃなくて私の力はどんなふうに見えましたのでしょうか。」

と、興奮のあまり、おぼつかない敬語で尋ねた。

「うむ。色が無く捉えにくいものだ。最初はてっきり風属性の秘術かとも思えたが、シルフィが使う無形剣術とも違った。だが確かに何かがそこに存在した。それも無数の大小様々な粒子のようなものでできた何かが。」

学長はシルフィが見出したカマイタチという見えない斬撃波を繰り出す技を引き合いに出して答えた。無形剣術は風の力で色を消すことによって見えなくするが、ウェントゥスの力は最初から色が無いのである。

「それはまさに自分が見たものと同じです!」

ウェントゥスの気持ちが昂る。

「ふむ。その力は君に纏っているように見えたが、それを他の物、例えば武器や触媒に転移させたり、遠くへ放出したりすることはできるかね?」

「それは…、できません。」

「ふむ。実技試験で君は一度もキメラに攻撃することがなかったのは、そのせいかね?」

「そう…ですね。」

ウェントゥスは学長が挙げた疑問を肯定しつつ、これまでの自分の力に対する理解と考察を述べた。それを要約すると次のようになる。


 この力は自身に纏うように発生するが、自分が持つ物への転移や付与はできない。また、力は一方向に集中させたりすることはできても、局所的に集中させることができないので、体術への応用も難しい。


 一方で、その力は純粋な物理的衝撃を防ぐが、何よりも属性の力を分解することができるため、戦闘においては、相手の力が枯渇するのが先か、自分の力が枯渇するのが先かの我慢比べになってしまうということになる。そのため、両親との手合わせの時はウェントゥスの方が最後まで持ち堪えたが、レッサーキメラ戦の時はあわや自分の力が枯渇するところだったのである。


 結果として、自分の力は防御に特化したものであり、攻めに関してはあまり役に立たないと考えている。


 ウェントゥスの話を最後まで聞いた学長は、何かを思い出しながら口を開いた。

「レッサーキメラの様々な攻撃が君のオーラに当たった後にその属性を表す粒子が漂っていたのはそれが理由か。そして、そんな性質を有する力などは伝説でしか聞いたことがない。」

学長の言う伝説とは、虹の大陸有史以前の、つまり遥か太古の話である。


 それは遡ること、虹の大陸で7つの属性が見出されるよりも前の話。


 属性は「無」より見出されたのではなく、ある何らかの「前駆体」に属性の元素が加わり生じたものだと解釈されている。その「前駆体」は現存する記録には一切記載されておらず、「伝説では−」、「言い伝えによると−」など、真偽が明らかでない体で伝わっていた。


 ただし、その中で2つの有力な説がある。一つは、この央の国が建っている島が属性開花の地であり、その前駆体もこの島で見出されたものなのではないかという説。もう一つは、大陸外の力がこの地に伝わる際に7つの属性に分裂した、という説である。


 後者の場合、「前駆体」は大陸外の力ということになるのだが、大陸外への進出は大海原に存在するデッドゾーン(強力な海の魔物が生息する海域)のため、殆ど進んでおらず、真相を確かめるまでに至っていない。一方、前説については、実はそれなりに研究が進んでいる。


 これまでの歴史的文献によれば、央の国が建つこの島は長年の風雨に曝されたにもかかわらず、浸食が全く起きておらず、現在も太古と同じ形状を保っているという。

数千年に渡り、この地に人々が根付かなかった理由として、神聖視され畏れられていたのもあるが、何よりこの地に農耕地を開くことは勿論、建築の土台を築くことも技術的に叶わなかったからだと考えられている。それは、島の加護の力により、島を傷つけることがなかったことに起因するものである。


 現在、この練気塔を除く、央の国に建てられている全ての建造物は、200年前に土の国のロックウェル家が見出した土属性の秘技ソイル・フュージョンと、木の国の柳(リュウ)家が見出した秘術・影縫を応用して、この地に付着させているものである。


 ここまで聞くと、その場にいた全員が察した。学長は、島が持つこの何者にも傷つけられない「見えざる力」とウェントゥスが持っている「無色の力」は似ており、ゆえに、レッサーキメラのあらゆる攻撃が悉く無力化されたのではないかと考えているということを。そして、殆どの人がその力をきちんと捉えることがなかったために、「加護」という言葉で語り継がれてきたのだと考察した。


 ウェントゥスは合点と疑問が同時に湧いた。合点とは、実技試験の前に練気した際に、自身の力の増大を感じたのはこの地の力と共鳴したせいだったからではないかということだ。ただ、共有はしてくれなかったみたいだが。一方で疑問に思う点は、自分の力と類似しているのなら、何故今現在も自分にも見えていないのかということだ。


 彼の心中を察してか、

「君はきっと島の力が見えていないことを不思議に思っているのではないか?」

学長は尋ねた。ウェントゥスは肯定した上で尋ね返した。

「学長先生には見えているのでしょうか?」

「いや、私にも島の力は見えてはいない。ただ感じ取ることはできる。」

学長はそう返して、この力の正体を確かめるために古文書を解読し、手がかりが隠されていないかどうかを探したが、未だはっきりとした記述は見つかっていないという旨の話をした。とは言っても、七星学院に収蔵されている古文書の数は膨大なので、まだ希望はあると付け加えた。因みに、そんな古文書を解読しているうちに、ウェントゥスと同様に古代錬金術にまつわる真理を発見し、その重大さに気が付いたため、入学試験問題に載せることを決めたらしい。



 少なくとも自分の力がこの島の力と類似している可能性が高いことがわかり、ウェントゥスはその理解に一歩近づいた気がした。ただ、同時に少しがっかりもした。


 先ほど学長の話にもあったが、島の力は防御に特化した力のようであること。つまり、自分の力は何かから守ることはできても、現時点で攻めの手段に使えるという希望が殆ど見えてこない。


 実技試験で、リディアと風雲はそれぞれ観衆の度肝を抜く大技を発動して、結果としてレッサーキメラを倒せた。もし、自分の力のみだった場合、十中八九キメラに力負けしていただろう。また、たとえ通常の対戦型の実技試験だった場合、果たしてあの二人の力が枯渇した時に自分はまだ立っていることができたのだろうかと疑いもした。


 学長は再びウェントゥスの心中を察してか、彼はこの場を指しながら、

「君が何を悩んでいるのか、大体察しはついているが、君の力もこの島の力もまだまだわからないことだらけだ。この練気塔の使用を許可するから、時々自分の力に向き合ってみたり、島の力との共鳴を試みてみたりするといいだろう。」

と提案してくれた。どうやら学長は最初からウェントゥスにこの練気塔を使わせるつもりでここへ連れてきたようだ。

「有難うございます!図書館に籠ってばかりいないで修練にも精を出します!」

ウェントゥスは礼を言うと、早速練気したいと考えたが、もうすぐお昼時間になるため、ひとまず炊事の準備に行くことにした。


 七星学院では毎日の昼の炊事をグループ毎でこなす習慣になっていたからである。彼は学長や他の教員に挨拶を済ませると、シルフィと一緒に練気塔を後にした。



 炊事場へ着くと、もう他の人は作業を始めていたので、ウェントゥスとシルフィは互いに軽く挨拶を交わすと、すぐにそれぞれ自分のグループへと向かった。


 ウェントゥスは遅れたことを他のメンバーに詫びながら自分の分担に取り掛かったが、言うまでもなく、朝ウェントゥスが学長に連れて行かれるのを目撃したリディアと風雲が寄って来た。どうやらその理由に興味津々のようだ。仕方ないなと言いつつ、ウェントゥスは大体のことを要約して二人に話した。


 入学以来、彼らはよく三人で行動を共にしている。推薦入学組と溝があるわけではないが、実技試験でも見られたように、この三人は妙に息が合うのである。守備のウェントゥス、補助の風雲、攻撃のリディアという、チームの最小単位が整っていたというのがあったからかもしれない。


 二人は黙ってウェントゥスの話を最後まで聞いた。そして、

「なるほど、確かにこの島は太古より何らかの加護によって守られていることは伝わっているが、まさかウェントゥス君の力と同じものかもしれないというのは…」

そう風雲が口を開くと、リディアも後に続いた。

「うーん、正体はよくわからないけど、ウェントゥスも力の器を鍛えれば、もっと他の技などが見出せるかもしれないね。」


 リディアのいう「力の器」とは言わば力を溜め込む容器を指しており、器が大きければ大きいほど使える力が増加するというものである。雷属性の技は他の属性よりも大幅に力を使うことから、彼女は小さい頃から力の器を拡張させる修練を行っていたのだろう。尤も、リディアが風属性を用いて雷属性を更に強化して使用する点から、その器の大きさは計り知れない。


 一方、風雲の方は、自身が持つ全貌が掴めない「暗黒の力」を有していることから、同様に得体の知れない力を有するウェントゥスに親近感を抱いていた。彼がウェントゥスと同様に古文書への自由観覧を希望したのは、ウェントゥスの錬金術に関する知識量に焦りを感じていたというのもあるが、自身に備わるその力についてもっと知ろうと考えていたからというのが一番の理由だ。

「とりあえず、今日放課後に練気塔へ行って修練をしようと思う。」

ウェントゥスがそう話すと、リディアと風雲は揃って同行できるよう学長に掛け合ってみると話した。

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