【第七話】契機(上)
実技試験は3人同立1位という前代未聞の結果が教員会議で全会一致により決定された。自ずと学長は3人分の希望を聞き入れる約束を果たすことになるが、ウェントゥスと風雲の希望は予め決まっていたかのように、学院の図書館に収蔵されている古文書への自由観覧であると即答した。一方、リディアは特に希望はなかったが、ウェントゥスと風雲が同じ希望なのを知って、入試における小論文の一件もあって、彼女も同じ希望となった。
例年、七星学院入学試験の実技試験の一部始終は様々な形で虹の大陸全域に伝わるものだが、今年は実技が初の召喚獣対戦、そして合格した3人は同立1位で且つ全員飛び級入学という前代未聞の出来事のため、人々を一層賑わせた。当然ストームウォーカー家も例外ではなく、おかげで大きな変化が起きた。
本家並びにウェントゥス一家を除く分家は、これまでのウェントゥスらに対する態度を大いに恥じて、シルフィの父親に当たる本家当主は一同を連れて、ウェントゥスや彼の両親へこれまでの不遜と無礼を自ら詫びに行き、学院でウェントゥスとシルフィと同学になることを祝福した。対するウェントゥスの両親は、かつてシルフィがウェントゥスを実の弟のように可愛がって面倒を見てくれたことに礼を言い、今後は一緒に切磋琢磨できるとフォローした。
七星学院では明確な学年という概念はない。しかし、一般試験で入学した者は大抵年度単位でグループ分けされている。推薦入学した者もその年度の一般入試者と同じグループに配属されるが、シルフィのような最初から特別なグループに配属されるといった例外もある。
ウェントゥスらが入学した年の推薦合格者は十数人いたが、その中の3人がウェントゥスたちと同じグループに配属されていた。一人は火の国の名門フレイムビート家本家の次男フローガ。彼にはシルフィと同じ年に入学した兄がいる。そして残る二人は、水の国の名門瑠璃家分家の双子姉妹、
勿論、彼らだけではなく、他の推薦合格者たちも、ウェントゥスたちの方が自分たちよりかなり秀でていると感じていた。ブリッツ家のリディアは言うまでもなく、紫家の風雲も実技試験で見せた虹の大陸にはない「暗黒の力」が多くの学生と教員の興味を惹いた。唯一、ウェントゥスだけは評価が分かれていた、というより評価不可能とする人が少なからずいた。レッサーキメラ戦でウェントゥスが発揮した力は殆どの者には見えていなかったのだから無理もない。
七星学院での勉強スタイルはかなり変わっている、というより、かなり自由であると言った方が正しいかもしれない。
学院内での生活はグループ単位で行われるが、どの講義を聞き、何を勉強するのかは個人が選択する形となっている。言い換えれば、各自が目標を建てて、それに合わせた勉学や修練に励む形をとっている。極端な話、全く講義を受けずにひたすら独学で勉強や修練することも可能だ。その代わり、年に一度の筆記試験と実技試験で一定の点数を取れなかった場合は、強制的に補習を受けさせられる。これを2回繰り返すと強制退学になるのだが、元々のポテンシャルが高いためか、創立以来、補習を受けさせられた学生は未だにいない。
また、卒業のためにはきちんと認定が必要なため、ウェントゥスは認定に関係する講義、又は興味持った講義だけ受けて、それ以外の時間は大抵図書館に籠もって古文書の解読をしていた。そして、時々会うシルフィとの会話でも度々古文書の話題が出て、彼女も古文書の世界に引き込まれていくことになる。
ある日の朝、ウェントゥスがいつものように図書館で古文書の解読をしていると、アルイクシル学長が見え、彼に「少しいいかな」という意味のジェスチャーを送った。ウェントゥスは何事かと思いながらも古文書を片付けて、学長の後に付いていったが、書籍を探していたリディアと風雲がその光景を目にし、お互い顔を見合わせた。学長が学生を呼び出すことはあっても、学生のところへ赴くなんて聞いたことがなかったからだ。
ウェントゥスは何故呼ばれたのかと考えながら学長の後に続いたが、気が付くと学院内に聳え立つ練気塔へ着いていた。そして、学長に促されるように入り口と思われる転移門(別の空間へ瞬時に移動できる次元扉、今日まで残っている数少ない古代技術の一つ)を潜って中に入ると、副学長や他の何人かの教員、更にはシルフィまでもそこにいた。
ますます状況がわからなくなってきたウェントゥスであったが、シルフィが笑顔でこっちに向かって手を軽く振っているところを見るに、少なくともこれから説教されるのではないということは察した。尤も、ウェントゥス自身に説教される覚えはないが。
「実は二点ほど君に尋ねたいことがあってね。」
お互い軽い挨拶を済ませたところで、学長が話を切り出した。
「筆記試験で錬金術にまつわる小論文を覚えているかね?」
そう尋ねると、ウェントゥスは肯定した。
「あれの採点を行ったのは私だ。」
学長の言葉にウェントゥスは、学長クラスなら古文書の真理に辿り着いても何らおかしくないなと合点がいったと同時に、少しつまらなくも感じた。
「君のあの古代錬金術にまつわる知見はどこから得たのかね?」
引き続き学長が尋ねると、他の教員たちも興味津々な視線をウェントゥスに向けた。
ウェントゥスは風雲に尋ねられた時に答えた内容と同じことを言おうかとも考えたが、相手が相手なので、古文書を自分で解読したこと、央の国の国立図書館に納められた全ての古文書を読破したこと、多くの古文書を読むうちに真理が見えてきたことなど、順を追って丁寧に説明した。
ウェントゥスの話を聞いていくうちに、気が付けば、そこにいた全員が驚きと感心の眼差しを彼に向けていた。そんな中、
「飛び級入学した3人とも、古文書に取り憑かれているかのように読み漁っているわね。とっても良いことだけど。」
そう口を開いたのは教員の一人、シンシア・ロックウェルである。ウェントゥスは何度か彼女の講義に参加したことがあるのでそれなりに面識があった。因みに、シンシアは土の国を代表する名家ロックウェル家本家の若き女性当主でもある。その土の国は、かつて毒の国とともに錬金術で頭角をあらわした国として知られているが、長きに渡る戦乱によって、それらにまつわる多くの知識が失われていた。
「確かに。風雲の小僧もかなりの時間を古文書に費やしているみたいだしな。尤も、彼の目的は別のところにあると思うが…」
それに続いたのは整った顎髭を生やした男だ。ウェントゥスは彼を見たのはこれが初めてのような気がしたが、風雲を呼ぶ口ぶりからして、同じ紫家のものなのだろうか、などと考えていた。
「それはまた別に機会に聞くことにしよう。彼は大陸にない力を秘めているようだから。」
学長は意味深な視線を髭男に送りながら返した。
(大陸外の力。風雲がキメラの動きと攻撃を完全に封じ込めた際に使っていた、あの何とも言えない存在感を放つ力は大陸の外から来た?どういうことだろう…)
「さて、本題に戻るとしよう。古代錬金術の件はわかった。君は既に学内の古文書を解読しているようだし、我々もこれ以上言うことはない。ただ、何か発見した際には是非とも討論会で共有してほしい。」
ウェントゥスが風雲の力のことを考えている中、学長はこの件に関する協力を求めてきた。
学長がいう討論会というのは学内の学術会議の一つで、教員クラスと一部の選りすぐりの学生のみが参加するものである。その討論会に入学間もないウェントゥスが招待されたのだから、彼は少なからず驚いてしまった。ただ、他の教員たちがうんうんと頷いているのを見ると、どうやらこの件は既に学内で決定したことのようだ。同時に、「してほしい」とは言われたものの、果たして自分に拒否する選択肢なんて与えられているのかと、ウェントゥスは一瞬疑問に思ったが、情報を共有し、討論をすることでより新しい事実が見つかるかもしれないと考えると、二つ返事で了承した。
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