【第五話】共闘(前編)

 筆記試験不合格者も一応実技試験の観覧を許されていたが、多くの受験生は結果に消沈しており、それどころではなかった。一方、昨日ウェントゥスを馬鹿にしていた例の二人は、筆記試験で落ちたことを棚に上げて、ウェントゥスが実技試験で醜態を晒すのを観ることで鬱憤を晴らそうとしていた。

「ウェントゥスの奴、筆記ではどんな卑怯な手を使ったかは知らんが、実技の方は見ものだなぁ!」

などと二人は無駄に盛り上がっていた。それとは別に、他の学生や教員も、ウェントゥスから何の色も見えてこないことから、彼が一体どうやって実技で他の二人と戦うのか不思議に思っていた。


 そんな他人の考えをよそに、ウェントゥス、リディア、風雲の3人にとっては実技で何位になろうとも既に合格が保証されていることから、実のところ、あまりモチベーションは高くない。

「今年は筆記試験を合格した者が3名しかいなかったため、実技試験の内容を変更する。」

大勢がざわついている中、初老の男が口を開いた。七星学院五代目学長、アルイクシル・シーザーだ。かの者は火・水・土の3属性の天啓を得たのみならず、全てマスターした超位三段の強者(現時点で認定可能な強さの最上位)である。彼は続けて、

「これより上位八段級召喚獣を召喚する。その召喚獣を相手に3人で力を合わせて一定時間戦ってもらい、その中で活躍した順に順位を決めるものとする。」

と発言した。それに対し、横にいた副学長のシャーンティ・ミストウェアが思わず口を開いた。

「学長先生、本気ですか!?」

同様に驚いた他の教員と学生も再びざわめき出した。無理もない。召喚獣の上位八段は、人間の強さでいう上位者最上段の九段に相当する。分かりやすく言い換えるのであれば、ウェントゥスの両親クラスの実力者10人が全力を以て臨んでも勝てるか怪しいレベルであり、判断をミスれば、学長の言葉通り、死が待っている。


 言わずもがな、リディアと風雲の顔が険しくなっていく。

「もしや、リディアちゃんが推薦を蹴ったことを根に持っているのか…?」

といった声も所々聞こえてきた。そんな中、静粛を求めるように学長がわざとらしく咳払いをすると、

「ここにいる3人はいずれも飛び級入学をしようとしており、これまでの受験者と比べても非凡であることは明らかだ。このままでは彼ら3人がこの実技試験で本当の実力を発揮しないかもしれない。そこで、上位八段級の召喚獣が相手であれば、本気を出さなければ死が待っているというプレッシャーを与えることで、彼らの底力を試させてもらう。」

と言い放った。


 リディアはこの発言を自分が学長の推薦を蹴ったことへの報復だと捉えたようで、一旦悔しそうな表情を浮かべるが、すぐさま、

「ごめんなさい。私のせいでこんなことになってしまって…」

と、申し訳なさそうにウェントゥスと風雲に顔を向けて詫びた。そんなリディアの方に学長は顔を向けながら、

「何か言いたいことがあるのかね?」

と、わざとらしく尋ねたが、リディアと風雲は何か言いたそうな顔をしたまま俯いた。ところが、まさかのウェントゥスがここで手を挙げた。

「君は確か満点とったウェントゥスか。言ってみよ。」

学長は少し好奇な様子でウェントゥスに発言を促した。すると、

「倒しちゃってもいいんですよね?」

ウェントゥスがあまりにも平然と言うものだから、学長自身も一瞬何を言われたのかを理解できなかったようだ。勿論、リディアと風雲も例外ではなく、二人してキョトンとした顔でウェントゥスを見ていた。


 会場にいるほぼ全員が、「あいつは一体何を言っているんだ!?」と言うニュアンスの発言が相次ぐ中、シルフィだけは何故かウェントゥスならやってくれそうだという予感がした。そんな中、学長は再び静粛を求めるかのように咳払いをし、

「ウェントゥスよ、倒せるのなら倒してしまっても構わない。なんなら倒した者を無条件で1位とし、入学後に希望を一つ叶えて差し上げよう。」

と、改まった口調で言うと、二弁三重召喚陣を呼び出した。


 召喚陣の数は召喚獣のランクに比例している。ランクが高ければ高いほど召喚陣が二重、三重と外周が増えていく。また、召喚陣の最外周に小さい紋様が付随することがあるが、召喚陣に付く花びらのように見えることから、それを弁と数える。弁の数は召喚陣と同様に強さと数は比例しており、最大で5つ出現する。例えば二重召喚陣と三重召喚陣の間には一弁二重召喚陣から五弁二重召喚陣の5つが存在する。


「出でよ!レッサーキメラ!」

学長の呼び声に応じて召喚陣が光るのと同時に背中に羊の頭、尻尾に毒蛇を持つ獅子が現れた。レッサーキメラは土の国の固有種で、通常のキメラよりも色合いが暗く、サイズもやや小さいが、一方で怒りやすく、また怒り時はかなり機敏になる。


 ウェントゥスがそのキメラを観察していると、先ほどまでキョトンとしていたリディアと風雲はいつの間にか臨戦態勢に入っていた。キメラの気迫がそうさせたのか、あるいはウェントゥスの発言によって引くに引けなくなったのだろう。


 早速、リディアは持前の風と雷の力を解放し、何かの技を発動しようとしていた。一方、風雲の方は紫色のオーラを発しながら何かの呪文を唱えていた。そして、キメラがまだこちらの様子を伺っている中、

「ライトニング・アロー!」

リディアがそう唱えたのと同時に彼女は雷と一体化した次の瞬間には、目にも止まらぬ速さでキメラを貫いていた。


 会場に歓声が湧き上がる。しかし攻撃を受けたキメラはその場で一瞬よろめいただけで、すぐに体勢を持ち直した。そこへ、

「鬼手!」

風雲がそう発声したのと同時に、地面から紫色の半透明の刺々しい手が出現し、その手はキメラの表面をすり抜け、体の内から力の塊のようなものを掴んで引っ張って出そうとした。再び会場に歓声が湧き上がる。しかし、キメラの抵抗は激しく、その一環で尻尾の毒蛇が風雲に向かって毒液弾を吐いた。咄嗟に避けた風雲だったが、同時に鬼の手も消失してしまった。


 気を取り直して、リディアは引き続き電撃でキメラを貫こうとしたが、今度は背中の山羊頭が唱える波動に阻まれてしまった。一方で、キメラの獅子頭付近では瘴気のようなものが凝集し始めていた。

「あの山羊頭が唱える波動はバリアみたいなものね。」

「力の強さもだけど、三頭三様が互いをカバーしているせいで、攻防一体型になっていて、かなり手強い。」

そう話すリディアと風雲の二人は心なしか、少し腰が引けているように見えた。

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