【第三話】出逢い(前編)

 七星学院の一般入試時期が近づくにつれて、在学生たちも受験者についての噂で騒がしくなってきた。推薦組は大抵予想が付くのに比べ、一般入試ではどんな凄い可能性を秘めた「掘り出し者」が出現するのかわからないのもあるからだろう。ただ、今年は少々様子が違う。


「ねぇねぇ聞いた?あの名門ブリッツ家のリディアお嬢様が、飛び級の推薦を蹴って、一般入試を受けるんだって!」

「確か、生まれながらにして雷と風の2つの属性の祝福を受け、既に2属性とも天啓を得ているとか。」

「それって、今のシルフィ先輩と殆ど同じレベルじゃない!シルフィ先輩は風と水だけど。」

「それに、シルフィ先輩と同じく、将来が楽しみな美少女だよな!」

「噂だと、七星学院の学長自らが推薦したらしいんだけど。」

「それを蹴ったのは、どうも色眼鏡で見られなくないというのと、一般入試で実力を測りたいんだという噂だ。」

「天下のブリッツ大財閥だもんな。毎年の七星学院への寄付額も大陸一だし。ただ、リディアお嬢の性格からして、何となく気持ちはわかる。」

「どのみち一般合格枠3人のうちの一人は彼女で確定だな。」

など、とある稀代の才女に関する話題で盛り上がっていた。そんな中、

「それより、今年はもっと面白い奴が受けるらしいぞ。」

一人の学生がそう発言すると、噂話で盛り上がっていた他の学生たちが興味を持ったのか、彼のもとへと集まった。

「もっと面白い奴?」

「そう。何でも何の属性の祝福も受けていない、ただの15歳。」

「身の程知らずにも程があるだろ。そもそも何の属性もないって…、そんな奴いるんだ…。」

今の会話に、たまたま近くを通りかかったシルフィがピクッと反応して立ち止まった。

(まさか…ウェン君?)

「まぁ、たとえ筆記試験を通過しても、実技試験で落ちるだろ、そんな奴。」

一瞬盛り上がりかけたこの話題は、ある学生が発したその一言ですぐさま消沈し、再びリディアの話題へと戻ったが、シルフィは、もしかしたらウェントゥスが既に自分の力を見出したのかもしれないと考えながら再び歩き出した、先ほどよりも軽い足取りで。



 七星学院への入試申請を終えたウェントゥスはまっすぐ家に帰ってきた。彼の両親に七星学院の入試を受けたいと申し出た時は驚かれたものの、自分の人生だから悔いの残らないようにと背中を押してくれた。それは我が子を信じる親たる者の性かもしれない。


 思い返せば、ウェントゥスが生まれてこの方、両親が彼の展望や夢に関する言動に対して否定的であったことは一度もなかった。それに、いつ頃からか、彼らも息子の直向きに勉学や修練をする姿を見て、この子の中には常識では推量れない力が眠っているのではないかと考えるようになっていた。



 一般入試まで残り1ヶ月。この頃には、ウェントゥスは既に難なくオーラを引き出すことに成功していた。一方で心配点もあった。シルフィと最後の手合わせをしてから一度も他人と手合わせをしたことがなく、この微弱な無色のオーラに一体どれくらいの力が秘められているのか見当がつかなかったのである。それに、シルフィとの手合わせでも、彼女は属性の力を抑え、純粋な技能のみで臨んでくれていたことから、実際に属性とぶつかり合ったときの把握ができずにいた。そこで、彼はその協力を両親にお願いすることにした。


 ウェントゥスの父は風の天啓を得ており、母は火の天啓を得ている。近年異なる属性祝福の両親をもつ子は珍しくないが、子に引き継がれるのはリディアのような例外を除いて、殆ど父方か母方のどちらかだけである。尤も、ウェントゥスはどちらも引き継がなかったが。


 そんな彼の申し出に両親は七星学院を受けるということ以上に驚いていた。というのも、現時点におけるウェントゥスの両親の実力は、下位・中位・上位・超位というランクの上位(九段階あるうちの)七段レベルに位置しており、それは、この大陸の大多数の人ができれば手合わせしなくないほど強いことを意味しているから無理もない。だが、息子の真剣な眼差しを見て二人とも決心がついたようだ。そして、他の者たちに悟られなくないというウェントゥスの要望に応えるため、彼らは敷地内にある武闘場を密閉した上で手合わせを行なった。



 半時間近くの手合わせの末、両親は立ち尽くしながら武闘場を後にする息子の背中を見ていた。力を出し切ったというのもあったのだが、何よりも、その全力を受け止め切った息子が颯爽と出ていくのを見て、彼にはやはりとんでもない力が眠っていることを確信したからという理由が大きい。対するウェントゥスは、自身が練り出したこの微々たる無色のオーラがとんでもないものだと確信し、此度の七星学院入試の合格に確実に近づいた気がした。



 一般入試当日、七星学院の正門前には例年以上に人集りができていた。七星学院の入試は推薦や一般問わず、虹の大陸の全ての国にとって一大イベントであるが、今年は例の推薦を蹴ったリディアという名の美少女を一眼見ようと集った人々が多かった。


 ウェントゥスは注目を集めているリディアらしい子にちらっと視線を移した。見た感じ自分と同い年のようで、確かに異性だけでなく、同性の視線をも集める程の容姿をしていた。


 当の本人はというと、彼女は別の一点にちらちらと視線を向けており、その視線の先を辿ると紫黒色の髪をした少年がいた。その人物は落ち着いた雰囲気のせいか、自分よりも年上に見えたが、見物人たちの話からして同い年のようだ。そんな彼からは紫のオーラと、もう一つ尋常ではない何かを感じた。ふと、他にも何人かの人がその紫黒色の髪をした少年を注視していることに気が付いた。自分以外にも彼から何か引っ掛かるものを感じているのか、などと考えていたが、人混みが鬱陶しかったので、さっさと七星学院の正門を潜った。


 正門を潜って間も無く、

「おい、アイツがお前の言っていた色無しか?」

「そう、シルフィさんの後ろに隠れてコソコソしてた腑抜けさ。」

という会話が聞こえてきた。チラッと声の方へ目を向けると、敢えてウェントゥスが聞こえるように、ストームウォーカー家の違う分家の年長者と見知らぬ奴が大声で話していた。どうやら彼らも七星学院を受験するらしい。ウェントゥスはそんな彼らの戯言をどこ吹く風かと聞き流すように、澄まし顔で通り過ぎていった。


 受験会場の建物に入るまでの通路には在学生や教員が受験生を一目見ようと集まっていたが、その中にシルフィの姿はなかった。ウェントゥスにとって、このことが少しショックだった。では、当のシルフィはというと、彼女は自ら進んで実技試験の準備担当となっていた。

(実技試験、最高のステージを用意して待っているから!)

と、内心思いながら準備に勤しむ彼女であった。



 今年の筆記試験の内容には、例年通りの言語学、数理学、薬学などの基礎科目、属性に関する歴史学と論理学、武術知識全般の他、錬金術に関する小論文が含まれていた。ウェントゥスにとって特に苦労する科目はなかったが、入試で錬金術に関する小論文があることについては妙だと感じていた。無理もない。なぜなら、そのテーマがよりによって「古代錬金術について」であったからだ。学院内に古代錬金術を重視している教師がいるのか、それとも受験生を落とすための単なる意地悪問題なのか、誰よりも早く全科目を回答し終えたウェントゥスは退室時間までそんなことを考えていた。


 筆記試験は朝から夕方にかけて行われ、翌日の午前中には点数と合否が掲示されることになっている。それまで受験生は外部との接触は一切禁止され、試験後は各自の個室で待機することを要求された。ただ、それなり快適な食住が保障されているため、受験生にとって決して悪くはない。


 そういうわけで、学院の個室で夕食を満喫したウェントゥスは、早速明日の実技試験に向けて力の錬成を開始した。筆記試験はかなり手応えを感じており、全く心配などしていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る