【第二話】無色(後編)

 一陣の風が楓の木を通り抜け、葉を打ち鳴らした。

(あれから4年が経ったか…)

シルフィが七星学院へ行ってから4年が経過していた。その間、彼女は一度も戻ってくることはなかったが、彼女の才色を褒め称える噂は度々流れてきていた。


 それによれば、最近はどうも第二属性の天啓を得たようで、きっと近いうちに新たに天啓を得た属性で何かを見出すのだろうとのことだ。


 シルフィを讃える噂を聞く度、ウェントゥスは何だか鼻が高かった。同時に、自分の頑張るモチベーションにも繋がっていた。


 彼はシルフィから教わったことを自分なりに咀嚼して勉学や鍛錬に役立てていた。一時は、シルフィがいなくなってどうなるかと心配していたウェントゥスの両親も、彼の以前にも増しての前向きな姿勢を見て安心し、彼のための出費や協力を惜しまなかった。ウェントゥスはこのことで両親の前で涙を流してお礼を言ったこともあり、シルフィからの期待と合わせ、将来、誰にも馬鹿にされない人物になることを誓っていた。


 一方、他の分家、並びに周囲の人たちは相変わらず陰口を言ったり、無駄な努力などと言って馬鹿にしたりしていたが、次代当主の内定を貰っているシルフィの逆鱗に触れるのを恐れてか、ウェントゥスに直接的被害を及ぼすような何かをすることはなかった。



 才女シルフィが見込んだだけあって、ウェントゥスは自身のハンディキャップを埋めるかのように、並の同年代の数倍も勉学や鍛錬に精を出してきた。生まれ持った洞察力と鍛えた記憶力に加え、シルフィのおかげで培った意志の強さや考察力や常識にとらわれない考えは、彼のこの4年間の勉学のみならず、鍛錬や修練にも大いに貢献した。また、両親が提供してくれた環境は他人の邪魔が入らないように考慮されていたため、彼は十分に集中できた。


 古文書を読むときだけ国立図書館へ立ち寄っていたが、幸い、図書館は彼の家の目と鼻の先だったこともあり、何らか面倒に巻き込まれることもなかった。


 ところで、何故ウェントゥスが古文書を読むようになったかというと、自身の能力を引き出す霊薬を作るために、錬金術の知識を会得しようとしたことに起因する。


 彼は並の錬金術では自身の力を引き出す霊薬は作れないと考え、古代錬金術に着目した。しかし、古代錬金術等が記されているとされる古文書は眉唾物(実際のところ、翻訳と解釈が難しく、手をつけようとした人が殆どいなかった理由が大きい)として、殆ど正規に訳されることがなかった。そこで、ウェントゥスは埃の被った昔ながらの翻訳書をもとに自力で古文書を読み解いていくことになるが、数々の古文書を読破していくうちに、眉唾とされてきた古文書の内容には、今では失われた太古の人々の知恵や物事の真理が隠されていることに彼は気付いた。



 楓の葉が赤一色となる頃。七星学院の一般入学試験の時期がやってきた。


 例年、七星学院は実力や実績をもとに推薦入学を介して選ばれし秀才たちを受け入れているが、数名だけ一般入試のような形で、将来性のある若者の発掘も行なっている。これは、生まれ等の背景に関係なく、全ての人にとっての最も確実な立身出世に繋がる登竜門となり、毎年大陸各地から大勢の人々が受験しに来ていた。なお、一般入試で入学できた者らは「掘り出し者」と呼ばれている。


 ウェントゥスもその一般入試を受けようとしている一人であるが、動機が少々違う。彼が七星学院に入学しようと考えたのは、自身の一番の理解者であり、尊敬するシルフィに会えるからという理由も少なからずあるが、最も大きな理由は七星学院の図書館内に収蔵されている古文書にある。


 七星学院は大陸中から収集してきた膨大な数の古文書を学院内の図書館に収めていて、央の国の国立図書館の古文書を読み尽くしたウェントゥスは、出来るだけ早く七星学院に収蔵されている古文書を解読したいと考えていた。



 話を七星学院の入試に戻すと、合格すれば大きな恩恵を享受できるだけあって、その門はかなり狭い。まず、筆記試験の方で多方面かつ膨大な知識で9割以上点を取ることが求められており、例年、この筆記試験の時点で9割近くの受験者が落とされる。次に、筆記試験を合格した者のみが実技試験へ進み、受験者同士の対戦で勝ち抜き上位3位内に入るということである。そのため、合格率は0.1%を優に切る。


 もう一つ、七星学院一般入試は推薦入試と同じく基本的に18歳以上とされている。しかし、シルフィの例でもあったように必ずしも18歳を満たす必要はない。ただ、前述したその一般入試の難易度があまりにも高く、これまで18歳未満で受験しようとする人は殆どいなかった。ましてや何の色も持たないウェントゥスが、たとえ筆記試験を通過できたとしても、実技試験ではいくらシルフィに鍛えられた技術力があるとはいえ、属性の差分を埋めることができるとは到底思えない。シルフィと同じ年齢で飛び級入学なんていうのは、普通に考えれば無謀どころか、ただの頭おかしい奴としか思われないだろう。


 常人であればそう考えたに違いない。だが、そこは常識に縛られないウェントゥス。彼は自身の学力に関しては自信を持っていた。実際にこの4年間でウェントゥスが学んだものは、古文書のものを含まずとも、同年齢層の十数倍にも上っていた。そして、実技試験に臨むために、今の彼は自身に眠る属性を開花させることに重きを置いている。


 ウェントゥスがその存在に気付いたのは、古代錬金術で学んだ素材の特性をもとに簡易的霊薬を調合・服用してから鍛錬をした時だった。彼は自身を薄らと包む色の無いオーラのようなものが時々出現することを掴んだ。どうも霊薬を服用し、体内で力の錬成を長時間かけて行ってから鍛錬すると出現頻度が高くなるようだ。ウェントゥスは安定してこのオーラのようなものを出現させることに集中した。


 オーラの出現が安定しない可能性として、まず、おそらく霊薬のグレードが低い(=質が良くない)ため十分に体内に眠る力を呼び覚ますことができないのではないかと考えた。だが、高グレードの霊薬を調合するための材料が希少であること、調合にはより多くの知識と高品質の器具が必要であることが大きな壁となっている。特に前者ついては、財力を以てして入手できるような代物ではなく、それらが全て揃っているのは七星学院のみである。よって、現時点では霊薬を用いた改善は望めない。


 次に、体内の力を可視化させて制御しようと考えた。というのも、体内で力の錬成を行うときに、時折自身の力のようなものがぼんやりと脳裏に映ることがあったからだ。ただ、ぼんやり映るというのは少々語弊があるかもしれない。それが無色であるがために、正体を捉えきれないのである。


 ウェントゥスはその力をできるだけ明確に捉えられるようにと考え、瞑想を鍛錬の項目に加えてみた。


 結果は思っていたよりも早く出た。毎度鍛錬の前後に瞑想を行なった結果、半月ほど経過した頃、ウェントゥスは自分の識界(アニムス)(意識世界)に入ることができるようになり、鮮明にではないが、自身の力を見えるようになっていた。すると、ぼんやりとしていると思っていたものは、どうやら散在する大小様々な微かに光を放つ粒子状の集合体のようなものだとわかった。

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