第一章 七星学院

【第一話】無色(前編)

 虹の大陸。人間族が暮らすこの大陸は、太古に火、土、雷、木、風、水、毒のそれぞれに秀でた者たちにより7つの国が建国された地であるとされている。


 各属性の祝福を受けた者が発するオーラの色がそれぞれ、火=赤、土=橙、木=緑、風=青、水=藍、毒=紫の7色であることが虹の大陸という名前の所以である。

各国の国力が増大していくに連れ、自ずと国間での摩擦も大きくなり、実に1000年以上に渡って断続的に戦争(大陸戦争)が行われてきたが、決着は付かなかった。その一方で、長きに渡る戦乱によって、多くの命だけでなく、知識や技術も失われてしまった。


 200年ほど前、一人の英雄の出現と、その者に心を突き動かされ、志を共にした各国の名家によって、大陸の中央に位置する神聖な島に「中心」と「中立」を意味する央の国ミッドランドが樹立された。例の人物を中心に、央の国はその圧倒的な軍事力、財力、人脈を以て、各国間の衝突を抑えることと、相互を尊重することに尽力した。その結果、数年の後には各国間で半永久的和平条約が結ばれるまでに至った。



 時は流れ、各国の交流の中心地となっていた央の国は、その恩恵により虹の大陸で最も進んだ国となっていた。


 ストームウォーカー家。1000年に渡る戦乱を生き抜き、且つその戦争を終わらせ、央の国建国にも携わったという数少ない名家の一つで、風の国の出である。かつての戦争での功労や、央の国での為政による多国間の均衡維持に尽力したこともあり、風の国のみならず他国の名家からも一目置かれている。そんなストームウォーカー家に生まれた者は風の国の中で最も強い風の祝福を受けることも少なくなく、巷では、最も強い風の力を有する風の国の王家に勝るとも劣らずと言われている。側から見れば、その家系に生まれることは大変栄誉なことのように思えるが、そう思わぬ者もいる。


 ウェントゥス。ストームウォーカー家の分家生まれの彼がその一人である。彼は受けて当然とも思える風の祝福を受けることがなかった。大抵の人は何かしらの属性の祝福を受けるのだが、彼の場合は風のみならず、虹の大陸で見られる7つの属性いずれの祝福も受けなかった。そんな事情もあり、彼は物心がついた時からこのことが原因で少なからず悩んできた。また、例に漏れず、何の属性色も持たぬ彼を、ストームウォーカー家を含む多くの人々が奇異な目で見ていた。


 ストームウォーカー家の本家生まれで、ウェントゥスの4つ上に当たるシルフィは、6歳の時に風の天啓を得て、12歳で無形斬撃・カマイタチを見出した、最も風属性に愛されし乙女の称号を持つ才色兼備の少女である。彼女は不出来なウェントゥスを小さい頃から実の弟のように可愛がり、自分が学んだ知識や見出した剣術を彼に教えたり、「無色」に悩む彼の相談に乗ってあげたりしていた。そんなシルフィという姉のような存在が、塞ぎがちだったウェントゥスの心を次第に開き、彼女のおかげで、ウェントゥスは悩むことはあっても、決して落ち込むことなく、前向きに生きるようになっていった。



 ウェントゥスが15歳になった日の夜。彼は一族の敷地内にある一番大きなフウの木の下に来ていた。ここはシルフィのお気に入りの場所で、最後に来たのは4年前の今日だった。


「私、七星学院へ飛び級入学することが決まっちゃった。」

その晩、シルフィが発したこの一言に、ウェントゥスは脳天をトンカチで叩かれたような衝撃を受けた。


 七星学院は央の国が創立した虹の大陸最高峰の学府で、大陸中から選りすぐりの逸材たちしか入学できない。ウェントゥスは風の噂で一人の若き逸材が飛び級で七星学院へ入学するらしいということは聞いていたが、まさか、それがシルフィだとは思いもしなかった。


 大陸全域を見渡せば逸材と呼べる存在は他にもいたし、何より自分の一番の理解者が七星学院に行ってしまうのは、次いつ会えるかわからないことを意味しており、よりによって誕生日に、この最悪なサプライズを受けたウェントゥスの頭の中は真っ白になってしまった。

「あれって、シルフィ姉ちゃんのことだったんだ…」

ウェントゥスは何とか言葉を捻り出した。彼にとっては急すぎた話。シルフィの才能を以てすれば18歳になった時に七星学院へ推薦入学することは予想できたが、まさか15歳で飛び級入学するとは考えもしなかったからだ。そもそも七星学院への飛び級入学自体が稀で、七星学院が創立してから約200年弱、これまでシルフィの年頃で飛び級入学した人は片手で数えられる程度しかいない。


 シルフィはそんな動揺するウェントゥスを一瞥して、

「びっくりだよね、私もびっくりだよ…」

と言った。どうやらシルフィも自ら望んでのことではないとウェントゥスは察した。

「お父さんがね、ここにいては私のためにならないって…」

シルフィは明言こそしなかったが、ウェントゥスはその発言に隠された意味を容易に理解できた。


 シルフィはストームウォーカー家本家八十七代目当主の長女、かつ歴代稀に見る才女である。彼女が時間を割いてストームウォーカー家の恥とも言うべき自分の相手をしていることを、一族の多くの人たちが快く思っているはずがないことは、子供のウェントゥスでも十分わかっていた。


 シルフィは自身の勉学や鍛錬に支障が無いようにやりくりしてくれていたが、逆にそれはストームウォーカー家の他の分家から不満と嫉妬を買うことに繋がってしまったのだろう。

「どうして私がこれまでウェン君に拘っていたか分かる?」

突如、シルフィが話題を変えた。そして彼女はウェントゥスの返事を待つことなく続きを話し始めた。

「名家に生まれるということは、その恩恵(色)を享受する代わりに、それを一生背負って行かなければいけないという責務があるの。ウェン君は生まれながら色がないのは生き辛いことに思えるかもしれない。でも言い換えれば、それは何にも縛られることはないと、私は思う。」

ウェントゥスはハッとした。

「本家生まれというだけで、風属性に愛されているからというだけで、その重荷を背負い、ストームウォーカー家のためという名のレールの上でしか生きていくことを許されない。私は、ウェン君が羨ましくて仕方がなかった。」

シルフィは少し笑ってウェントゥスを横目で見た。そんな彼女の視線から羨望を感じ取ったウェントゥスはサッと視線を落とした。


 シルフィがこのようなことを打ち明けるのは初めてだった。今まで自分が相談することはあっても、シルフィから相談を受けたことは一度たりともなかった。同時に、理由は違えども、彼女もストームウォーカー家に生まれたことを喜ばしく思っていないのではないか、という共通点にウェントゥスは何とも言えない安心感を覚えた。そんな複雑な感情が絡み合った状態で、ウェントゥスは何と返したらいいのかわからずにいた。

「ごめんね。…ウェン君の誕生日なのに…」

シルフィのその謝罪の言葉には複数の意味が含まれていた。

「ううん…いいよ…」

これ以上の言葉を捻り出すことができなかった。ウェントゥスはまだ気持ちの整理がついていない。それだけ彼にとってシルフィの存在が大きいのである。



 暫く互いに無言のまま時間が過ぎた。ウェントゥスが何とか自分を落ち着かせて、シルフィにかける言葉を捻り出そうとしていたところ、急に彼女は体ごとウェントゥスに向けると、

「さてっ!ちょっと真面目な話をするよ。」

と改まった。ようやく少し落ち着いてきたウェントゥスは再び脳天に衝撃を受けた。今までは真面目な話じゃなかったのかと。でも、いつものシルフィに戻っている気がした。

「自分で言うのもあれなんだけど、これまでウェン君を無下にする奴は、私が容赦しないって明言してたし、実際何度かそのような場面で助けてあげたよね。」

「うん…。」

「でも、七星学院に入ってしまったら数年は会えないと思うし、ここぞとばかりにウェン君に手を出す奴が出てきてもおかしくないと思うの。」

「そのためにシルフィ姉ちゃん、僕に剣術とか色々教えてくれたんでしょ。」

「うん。そうなんだけど。同じ攻撃でも、属性の力の有無で、その威力は数〜数十倍は違うのことを教えたよね。」

「うん。それは僕も悩ましいところだよ。」

「でも最近思うんだよね。ウェン君は色が無いんじゃなくて、私たちには見えてないだけじゃないかって。」

「どう言うこと?」

「私には見えない。ううん、多分、殆どの人には見えないと思うんだけど、ただ確実に感じたの。手合わせをするときに、かすかにだけど、今までにないタイプの力を感じた。だから、ウェン君は何の力も持っていないわけではないと思う。それは単純な属性の力ではない故に、見出せるかどうかは君自身にかかっているけどね。」

「えー、そんな属性色を見出した伝説の先人たちじゃあるまいし…」

ウェントゥスはそう言ってシルフィの方を見たが、彼女にふざけた感じはなく、至って真面目な視線で此方を見ていた。

「え?」

「私信じてるから、ウェン君のこと。」

「え?どういう…」

「ずっと一緒に学び歩んできた私だから言えることだけど、ウェン君持ってると思う!うまく言い表せないけど、君の中に不思議な力のようなものが眠っている気がする!だから、自分を信じて努力して、追い求めれば、いつかきっと、その力を見出せると思うの!」

そう話すシルフィの目は輝いていた。もしかすると、暫しの別れの涙で少し潤んでいたからだったかもしれない。ただ、シルフィのこの発言は、ウェントゥスにとって一番の誕生日プレゼントになったのは間違いない。

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