第2話 カルマ

「お〜い!セツナ〜!」



アリサは先に私の前へと駆け出し、瓦礫の上に立って「はやくきて!」と言わんばかりに手を振っている。




「もっとゆっくりいこうよ、アリサ。」



「だってだって...。」




アリサは口をモゴモゴとしている。

それもそうか、アリサは初めて見回りに行けるのだから。


私だって最初はすごく楽しみにしていた。私にしかできない特別な任務だと思った。



でも現実は違った。



私じゃなくても、誰でもよかった。


私の代わりなんていくらでもいるし、特に幼い子となると元より足でまといだ。つまり捨て駒の中でも最下辺の捨て駒の私は、まんまと政府の手の上で踊り狂い、勝手に絶望しているだけなのだ。



アリサが飼い犬なら私は迷い犬なんだろうな。



アリサは大きく割れたコンクリートが散らばる道をスキップで進む。




冷たい風が、私の背中を押し出した。






☆ - ☆ - ☆






私たちは一面を見渡せる崖まで来ていた。



家を出た時の太陽はもう赤色に染まっていて、奥に見える湖がそれを反射している。



まるで桃源郷のようだった。



割れたガラスも、崩れた瓦礫の中にある錆びた鉄筋も、すべてがこの景色をつくっている。



隣をゆっくりと歩いていたアリサは「よいしょ...」と崖に座ってこちらに視線を送った。




「セツナ、ラジオでなにか流そうよ。音楽とかさ…雰囲気ほしくない?」




そういえば、私たちのバッグには万が一の備えとして色々なものが詰めてあった。


政府に用意されたものだったから、何が入っていたか忘れてしまっていたけど。




「うん、アリサの好きなチャンネルでいいよ。」




アリサはやった、というようなガッツポーズをすると、ラジオをカチャカチャといじる。




「ねぇ、これ…どうやってつけるの?」



「アリサ。ラジオくらいは1人で付けられるようになってよ…。とりあえず、私のやり方を見て。」




私はアリサからラジオを借り、細い棒を真っ直ぐ伸ばして側面のボタンを適当に押す。


何度か繰り返しても、ラジオは付かなかった。




「あれ、おかしいなー?壊れてるのかな…。」



「ええっ!やっぱり?」



「アリサ……どうしよう…なんかまずいかも。」



「ぇ。んーと…、叩いてみたらどうかな!」




少し悩んだかと思ったら、アリサは脳筋の選択肢を私に勧めてきた。



私が躊躇っているとアリサが横からラジオに振りかぶろうとする。



すぐに私はアリサの手首を掴んで止めようとした。



「だめだめだめ!アリサは加減を知らないんだからっ!」





精一杯腕を伸ばしたり、背中に回したり、傍からみたらバカバカしいような取っ組み合いを私たちはやっていた。



いつの間にか落ちかけていた深紅の太陽は、深い紺色に飲み込まれてしまっていた。



私たちは顔を見合わせた。




「ふ……あははっ!」


「冷静に考えて、わたしたちなんでこんなので本気になってるの…っ!」


ほんとうに馬鹿らしくて、惨めで無意味なことに本気を出すことが...なんでこんなに楽しいんだろう。





「わぁ!雪が降ってきたよ!」



白くてふんわりとした灰色の雨が、私の手に乗った。



「ほんとだ!きっと、初めての旅をカミサマが祝福してくれてるんだよ。」





「すごいね。」とアリサと私はさっきまでの出来事がなかったように、雪を眺めた。


ちょっぴり寒かったから、アリサにはブランケットを羽織るように言った。



ブランケットは後ろに置いたカバンに入ってるみたいで、アリサはスキップでそっちに向かった。




懐かしいな。

私がアリサと初めて組んだ日が。



あの日に比べて私たちの関係は明らかに変わった。


まるで本当の家族のように接せるなんて、私にとって光栄なことなのだろうか。




違う。







___私たちははじめから出会うことが運命だった








アリサも…同じこと考えてるんだろうな。






だってアリサと紡いできた日々は、2人の手を合わせても数えられないくらいだから。






「アリサ、一緒にいてくれてありがとう」


「これからもずうっと…ううん。最期まで、一緒いようね」




アリサの方へ振り返る。


視界には灰色に包まれた町以外映らなかった。

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