夢のほがらか新聞

茶鏡

夢のほがらか新聞

大手Webメディアの「ほがらか新聞」にWebデザイナーとして入社して、もうすぐ1年か……とふと気づいた。


いまのほがらか新聞編集部は、百貨店での物販イベントで大忙し。社員総出で会場に詰めて準備をしている。私はひたすら、会場のある10Fイベントスペースから、地下2階の段ボール置き場を往復していた。編集部内での激務の中で自分の仕事は、大学生のインターンがやっているような雑務。それで首の皮一枚繋いでいる。


ずっと読者としてファンだったあの新聞に関われる! という夢を、30代の終わりに叶えることができたが、入社したら鳴かず飛ばずという言葉がふさわしく、まず提案が全く通らない。今回のイベントでも、はじめてリードして小冊子を作ったのに調整がつかず結局ボツになってしまった。かつてアシスタントがしていた業務はAIの仕事になっていて、気づいたらやることがなくなり、掃除や雑務ばかり進んでするようになり、今日も大量の段ボールをエレベーターに載せる。それなりに経験は積んできたつもりだったけれど、なんでこうなったんだろう……何度も考えたことをまた思い出したら、地下1階。段ボールを降ろして、10階に引き返すためにすぐにエレベーターに乗る。ひとりだった。知らない間に意識が遠のく。



意識が戻ったとおもったら、事務所の小部屋に社長がいた。

他には誰もいないので、1on1だ。採用面接以来、初めてじゃないかな。

私は緊張で顔がこわばっているのが自分でもわかるけれど、社長はケラケラと笑っていた。


――潮田さんのさ、寝ているときに見てる夢の話、聞いてるよ、いつも最高だよね〜

――でも、そのさ、見た夢の話ばかりしてない?

――かりにもクリエイターなんだからさ


――夢は見せるものだよ



夢は見せるもの。

エレベーターで寝ていることに気がついたと同時に、頬が濡れているのがわかった。


 自分本位の提案をしていなかったか?

 自分が面白いと思っていても、他の人は面白いの?

 雑務に逃げて、本当に首の皮が繋がっているつもり?

 何もできなくてお給料いただいてプレッシャーないの?


そもそも、面白いことを発信するほがらか新聞の社員として必要なものがすっぽり欠けていることに気づく。寝ているのか目覚めているのか虚ろな状態で、ぐるぐると自問自答を始める。そりゃ雑務しかできないわ。これからどうしたらいいんだろう。いっそ転職か? この歳で? せっかくほがらか新聞に入れたのに? ほがらか新聞の社員として必要なものってなんだ?



チーン。という音とともに10階に着いた。

「キャー!潮田さん倒れてる!どうしたの!」

「起きてよ〜!どうして泣いてるの?」

スタッフの声で覚醒した。エレベーターの中で泣きながら大の字になっていて、めちゃくちゃ恥ずかしかった。むしろ、無事に10階までついたの、奇跡?

フニャフニャと愛想笑いでごまかそうとしたら、社長の姿が見えた。

「豪快な昼寝だなわはははは。また夢をみてたのか?」

夢、という言葉にドキッとする。

「それはそうと」

社長は、持っているトートバッグから何かを取り出した。それは、私が制作に携わった小冊子だった。なぜだろう、入稿した覚えがないのに。


「これ、納品されたから、配るよ」


息を呑んだ。

たぶん、他の制作スタッフが共有しているデータを入稿したのだろう。あの小冊子、生きてたんだ――。ほがらか新聞入社の夢から覚めた瞬間だった。もう少し雑務をやると思うけど、組織と自分を信じて、また走り出そうと思った。


そして、現実の世界に夢を見せよう。

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