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「うーん。そうなのかな?」霰は納得していないような不満そうな顔をする。
「霰はさ、今まで生きてきてさ、本当に辛かったな、死んじゃうくらいに悲しかったなって、思ったり経験したことはある?」飾は言う。
霰は思い出してみる。
辛いことや、悲しいことはたくさんあったけど、死んじゃうくらいに辛いことや悲しいことはなかったと思った。それくらいの経験をしたことはないはずだと思い、それからそのことを確認して霰はあらためて家族に心の中で日頃の感謝をした。
「ないと思う」
「ならそれでいいんだよ。それはね、霰。すごく、本当にすごくさ。とても幸せなことなんだよ」とにっこりと笑って飾は言った。
「飾。膝枕して」と霰は言った。
「いいよ。はい。どうぞ」と飾は正座になって床の上に座り直した。
「よいしょと」と言って霰は飾のふとももの上に頭を乗せた。
本当はあんまり甘やかすのは良くないとわかってはいるのだけど飾は霰に迷惑をかけてしまったばかりなので今のところは霰のわがままを聞いてあげることにしていた。
「頭撫でて」
「よしよし」飾は優しい手つきで霰の頭をそっと撫でた。
死とは、おそらくは人が子供から大人になるための一つの通過儀式のようなものだと飾は思っていた。もちろん本当に死んでしまってはいけない。(当たり前だ)そうではなくて死を考えて、死を理解して、死を疑似的に体験することが、儀式となるのだ。それはとても危険な行為だと思う。だからこそ民族や集団の中で、ある程度儀式として体系化されていて、その集団の中の大人が立ち会う下で、子供は儀式を通じて死を体験して大人になる。それが子供から大人になるための儀式であると飾は思っていた。
しかしそれはあくまで本から得た(飾は読書が大好きだった)知識でありみずからの体験を伴っていない。そして飾は永遠にそれを体験することはできなかった。飾はもう幽霊であり、今の年齢よりも大人になることがないからだった。
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