23

 霰はそのまま黒猫のすぐそばにまでやってきた。それでも黒猫は逃げない。霰はそっと、その黒猫の子猫を両手でしっかりと捕まえた。

 その瞬間、霰の中に東雲飾の記憶(それは飾の記憶だとなぜかはっきりとわかった)が流れ込んできた。

 そこには飾がいた。でもいつもの飾じゃないような気がした。それは飾が笑っていなかったからだ。飾と出会ってから、飾はいつも楽しそうに笑っていた。でも、そこにいる今の飾は全然笑っていなかった。口をつぐんで、ただじっとしたを向いていた。なにも見ないようにしていた。髪の毛もいつもの(猫のしっぽみたいな)ポニーテールじゃなかった。今の飾はその綺麗な黒髪をそのまままっすぐにおろしていた。

 飾は一人だった。その周りには誰も人がいなかった。

 霰の中に飾の感情が混ざりこんでくる。それはとても冷たく暗い感情だった。

 ……飾。

 これが本当にあなたの心なの?

 あなたは、……。

 あなたは世界を憎んでいるの? (この世界が大嫌いなの?)

 たくさんの人を恨んでいるの?

 どうして? (飾はあんなにあったかいのに。あんなにやさしいのに。……あんなに、……あんなに楽しそうだったのに)

 あなたにいったいなにがあったの?

 飾は小さな箱をもっている。

 飾り気のない小さな箱だ。

 その箱を飾は両手でもって、じっとその小さな箱をみつめている。霰はその箱の中に、飾の今、霰が見ている記憶のもっと深いところにある、きっと飾自身が自分の奥深くにとじこめてしまっている、(思い出したくない)記憶があることわかる。その小さな箱をあけて、中身を見れば、きっとなぜ飾がこんなにも心を閉ざして、世界を恨んでいるのか、その答えがわかるはずだと思った。霰はじっと考える。私はこの小さな箱を開けるべきなんだろうか? ……それとも、開けてはいけないのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る